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第80話 母性なるもの

 さて道中思わぬ事件はあったが数日後――

 俺達はとうとうリードックの街の近くまで到着していた。

 明日の朝にはもう、街に到着できるだろう。

 家族旅行の最初の目的は『浮遊城ミリシア』の観光をすることだ。

 このリードックの街で見学の申し込みをすれば、それができるはず。

 一つの目的がここで果たせる。

 『浮遊城ミリシア』の『水晶の花園』を見た子供達はどんな顔を見せてくれるだろう。

 今からそれが楽しみで仕方がない。


「んーむむむむ……!」


 リーリエは難しい顔をして、俺の前にトランプの裏側を並べて持っている。

 眠る前の一遊びとして、御者台にいるアイリンを除いた馬車内の皆でトランプのババ抜きをやっているのだが――


「はい、エイスくんの番だよっ!」


 俺はリーリエのカードの一番右端に手をかける。

 リーリエの顔がぱっと嬉しそうに輝く。


「……」


 その隣のカードに手を移す。

 リーリエの顔がむむむ、と難しい顔に変化する。

 何がどうなのか、これでは丸分かりだ。


「……」


 俺は一番右端のカードを引き抜く。

 カードの中身は想像通りのジョーカーである。


「! うふふふっ……!」


 リーリエは嬉しさをこらえ切れず、少し笑い声を漏らしてしまう。

 ……これでは俺にジョーカーが渡った事が周囲から丸分かりである。

 だが仕方がないな――この表情が可愛らしいのだから。

 嬉しそうなリーリエの顔が見られるなら、俺はどうしても丸分かりのジョーカーを引いてしまうだろう。今のこの嬉しそうな顔は格別なのだ。

 『浮遊城ミリシア』の『水晶の花園』に連れて行けば、きっとこれ以上のものが見られるだろう。早くその日が来ないだろうか。


「……エイス。お前ってやつはホント親馬鹿だなぁ」

「……問題ない。別にそれによって俺が負けているわけではないからな」

「そうなんだよなあ。すぐこっちにババが来やがるんだよ」


 申し訳ないがそれには少々秘密があった。

 ごくごく単純な話なのだが――ヨシュアが俺からカードを引く際、目にも留まらない速度でジョーカーのカードをスライドさせて掴ませているのだ。

 瞬間的に風纏(ウィンドコート)気装身(アグレッサー)神閃(ディバインスラッシュ)を重ねて発動すれば、見えない速度でカードをスライドできる。

 ヨシュアには済まないが――

 俺が負け続ければ、リーリエに俺がわざとジョーカーを引き受けていると感付かれるかも知れない。そうすると気にしてしまうだろうから、俺は負けるわけには行かないのだ。

 果たしてこの勝負も、ジョーカーを掴んだヨシュアが負ける事になった。


「あー負けだ負け!」

「パパ弱ーい!」

「おかしいな……? 俺はギャンブル運は強いはずなんだが――」

「まあこういう時もありますよ、ヨシュア」


 と、ステラさんが優しく慰めていた。

 彼女のような妻がいるのだ。トランプの負け程度、押し付けても構わないだろう。


「ママー。もう眠ーい」


 と、リコが眠たい目を手でごしごしと擦る。


「そう。じゃあもう寝ましょうね。こっちに来なさい」

「うん……」


 ステラさんがリコの頭を優しく撫でつつ、自分の膝に誘う。

 リコはステラさんの膝枕で、気持ちよさそうに目を閉じていた。


「エイス君、あたし達ももう寝るね」

「お休みなさい。エイスくん」


 うちの子供達もそう言い出して、思い思いに布に包まって寝転がった。

 だが寝つきは良くないようだ。いつもはもっと寝入るまでが早いのに――

 ちらちらと、ステラさんとその膝枕で眠るリコを見ているからだと思う。

 どうも、身近にいる母親という存在が気になるようだ。

 特にステラさんは柔和で優しそうな雰囲気を纏っているため、余計に意識するのかも知れない。

 賢いあの子達は寂しいとか、羨ましいとか、そう言った事を口に出したりはしない。

 言っても俺を困らせるだけと考えているのだろうか――

 流石に俺にもあの子たちの母親を、エイミー姉さんを連れてくる事などできない。

 姉さんはもう遠い世界へ旅立ってしまったのだから。


「リーリエちゃん、ユーリエちゃん。よかったらこっちにいらっしゃい。リコと一緒に寝ましょうね?」


 子供達の視線を感じたのか、ステラさんが笑顔でそう申し出てくれた。


「「……」」


 二人がちらりと俺を見てくる。


「構わないぞ。お言葉に甘えても」

「「うん……!」」


 二人はいそいそとステラさんの膝に頭を乗せて、目を閉じる。

 やがて三人が規則正しい寝息を立て始めた。


「いい光景だねえ。三人揃ってると可愛らしさも三倍だなあ」


 と、ヨシュアが目を細めていた。


「本当ですねえ。可愛いです」


 御者台から顔を覗かせるアイリンも笑顔を見せていた。

 リーリエとユーリエの寝顔も、どことなく嬉しそうでもある。

 やはり、俺一人では母性への飢えというものは埋められないものなのだろうか――

 アクスベルの王都にいた頃は、まだマルチナさんがいてそのあたりを埋めていてくれたのかも知れない。


「助かります、ステラさん。やはり男親だけでは満たされないものがあるらしい」


 と、俺はステラさんに丁寧に礼を言う。


「いやエイスお前、それが礼を言ってる顔かよ……とんでもなく恨めしそうだぞ。ステラを睨むな睨むな」

「む……? これは済みません。ステラさん」

「い、いいえ――ご迷惑でしたでしょうか?」

「いえ滅相もない……あなたが羨ましかったのだと思います。俺にはないものをあなたは持っているようですから」


 俺は俺一人だけで、子供達の全てを満たしてあげたいのだ――

 心安らかに、笑顔で、幸せに毎日を過ごせるように――

 それが母性などという得体の知れないものであったとしても、子供達が必要とするならば俺が何とかしたいのである。


「お前も嫁さんでも貰ったらどうだ? そうすりゃ母親役をやってくれるだろ。ほらそこに可愛い子がいるぞ、なぁアイリン?」

「へ、変な事を言わないでください……! わ、私なんかがあのエイスさんに釣り合うわけがありませんよ……っ! ね、ねえエイスさん?」

「そういう問題ではない。俺は俺自身の手でこの子達が求める者を全て与えてあげたい。妻を貰ったからとて、それは俺自身ではないからな」

「いやそりゃ無理だろ。お前が女にでもなるってのかよ――」

「なれるものならな」

「あははは。エイスさんの奥さんになる方って……」

「苦労しそうですよね――」


 そうやって、道中最後の夜は更けて行った――

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