第5話 罠
リジェール殿が俺を見る目は冷たい。
このような事態になっている事を、ざまを見ろとほくそ笑んでいるかのようだ。
彼とはまだ子供の、俺が10歳でこの王都アークスに移住してきた当初からの知り合い
なのだが――彼は俺に何の親愛の情も無いようだ。まあ、俺も無いが――
どうも昔から俺は、彼に嫌われている。
俺が10歳で騎士学校に通い始めた時――
13歳だった彼は三つもの守護紋を持つ神童だと持て囃されていた。 同い年で同じく三つの守護紋を持つライバル――フリット・リットノートとの双璧と言われ、将来の国を担うと期待されていた。
ちなみにフリット殿は、王国騎士団の一つである青竜牙騎士団の現在の団長だ。
何はともあれ10歳の俺は、13歳の彼等を――
入学初日に完膚なきまでに叩きのめしてしまった。
有力貴族の子弟で気位も高い彼等は、10歳のそれも平民の子が白竜牙騎士団長フェリド・レンハートの口利きで入って来た事が気に入らず、俺に因縁をつけて来た。
俺は無視し続けていたが喧嘩を吹っ掛けられたので、仕方なく軽く相手をしたら完全に叩き伏せて泣かせてしまったのだ。それも、二人纏めて。
それ以来、それまで犬猿の仲だったというリジェール殿とフリット殿は俺憎しで結託するようになり、いつの間にか親友同士となったらしい。
そして俺は彼らに嫌われたままである。別にどうでもいい古い話だが……
「エイス殿。よくお考え頂こう――私は近衛騎士だ。すなわち、国王陛下や王家の方をお護りする役目を頂いているのだ」
「……それは承知しているが。それとこれと何の関係がある?」
「ふん――だから貴公は分かっておらんと言うのだ。お護りするというのは、単に賊やモンスターなどからその身を傷つけられぬようにするだけではないぞ。その気高きお心や、世の中での名声も、傷つけられぬようにするのが我が務め」
「……口先だけは立派な心掛けだ。それで?」
「貴公の話は耳に入っている――ヒルデガルド様との婚約を蹴るそうだな。平民出の田舎騎士などに袖にされたとあらば、あの方の名誉が傷つくのだよ」
「……確かにそうかも知れんな」
リジェール殿の言う事も、あながち間違いだらけではないだろう。
確かに俺がヒルデガルド姫との婚約を蹴る事により、顔に泥を塗ってしまう。
それは動かし難い事実である。
俺がどうしても我が家の天使達と一緒にいたいのだという本当の事情は、そこには出てこないだろう。
世間の噂とはそういうもの。
面白おかしく、王女が俺に懸想したが全く相手にされなかったと伝わるだけだ。
「だろう? それは近衛騎士長として度し難い。故にこういうのはどうだ――? 王はエイス・エイゼルの数多の功績に報いるべく、ヒルデガルド様との婚礼をお認めになった。が――その事に増長したエイス・エイゼルは事もあろうか国の乗っ取りを画策し、あえなく王への忠誠篤き近衛騎士達に討ち取られた……とな」
にやり、と蛇の眼のような鋭い笑みを浮かべるリジェール殿だった。
「バカな!? 団長にそのような野心はありません! ただ純粋に――」
レティシアが俺を庇おうと抗弁する。
が――俺は腕を彼女の前に差し出して止めた。
「止せ。レティシア」
「し、しかし団長――!」
「いいから、ここは俺に任せてくれ。済まんな」
俺はもう、白竜牙騎士団長でも筆頭聖騎士でも無くなる身だ。
あまりここで彼女が抗弁すると、俺が出て行った後の立場に差し支える。
ひょっとしたらこのリジェール殿が、白竜牙の騎士団長になる可能性もあるのだ。
彼の実力は決して低くはない。
精兵揃いのこのアクスベル王国の中でも、五本の指に入るだろう。
ただ申し訳ないが、第一本目の指である俺とは開きがあり過ぎるだけで――
俺さえいなければ、筆頭聖騎士すら争える力だ。
「リジェール殿。貴方の思う通りになれば、確かに王家の方々の名誉は守られるかも知れん。だが――一つ聞きたい……」
俺はリジェール殿に向け、二、三歩と前に踏み出す。
一歩ごとに殺気を少々、解放しながら――
「誰がそれを為す? 誰が俺を討ち取るんだ……?」
言いながら、戦士の神フィールティと剣神バリシエルに共通の技能【鬼気縛】を発動し、周囲に展開する。
俺の気に慄いた者の動きを縛る効果がある。
この【鬼気縛】のように、性質の近い神には共通の能力が存在する事は珍しくない。
ただ、神は真理。神は法則である。
同じ現象が結果的に起きたとしても、根柢の法則は別物なのだ。
だから世界にとってそれは別物。別の通り道、別の回路だ。
つまり、同時に重ね掛けする事は無効ではない。
むしろ相乗効果で威力が跳ねあがる事になる。
「あ……う」
「うぅ……」
周囲の近衛騎士が呻き声を上げている。
【鬼気縛】が効いて動けなくなっているのだ。
「フン……」
と、リジェール殿が腕を組む。
流石に彼ほどの実力の持ち主には、このような虚仮脅しの技は通じない。
「エイス殿。貴公……亡くなられた姉上の双子の娘を引き取って育てているらしいな」
奴の意図を把握するのは、その一言で十分だった。
「……」
「ここに貴公を通したのは何の為かな――? 頼りになる右腕たちも雁首を揃えているようだ――が……っっ!? かっ……!」
リジェールが苦しそうに言葉に詰まる。
俺は一瞬でヤツの眼前に踏み込み、無造作に喉元を掴んで締め上げていた。
ヤツの体は宙に浮き、苦しそうに足をバタつかせていた。
「さあな……俺には分らんな。俺に殺されるためか……?」
「かっ……! ぐぅ――! ぐぁ……!」
「一言だけ言っておく――俺に貴方を殺させるなよ? これでも十年来の知己だ。心が痛まないわけではないんでな……」
「だ、団長そのくらいで……それ以上は死んじまいまさぁ」
バッシュが俺を制止してくる。
「いや、リジェール殿なら大丈夫だ。この程度で死ぬほどヤワじゃない」
何ならもう少々力を加えて丁度いい位だろう。
俺はリジェール殿の実力は評価しているつもりだ。
人の能力を正しく見る目が無ければ、騎士団長など務まらないのだ。
と、そこに慌ただしく広間に入り込んでくる人影が。
新手かと思ったが――それは違っていた。
「そなた達! 何をしておるか――! この謁見の間での乱暴狼藉は許さんぞ!」
「国王陛下――」
俺は思わずそう漏らす。そう――
現れたのは、アクスベルの国王アルバート・ロウ・アクスベル三世陛下だったのだ。
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