第74話 出会いと別れ
「わー! こんなにすごい花火、見た事ないかも!」
「うん――凄いわね……!」
夜空を彩る花火に、子供たちの瞳が輝いていた。
そう、そうやって嬉しそうにしている顔を見せてくれれば、俺も嬉しい気持ちになれる。
俺が一人でこの光景を見ていても、特に何も思わなかっただろう。
素の俺自身は面白みも何もない、無感動で無感情な人間だ。
子供たちという鏡を通してはじめて、俺にも何かが綺麗に見える。
不思議なものだ。どうしてそうなのかは俺にも分からない。
だが、悪くない。そうであることに感謝をしたいと思う。
「ねえねえエイスくん、高い所で見たい! また肩に乗せてー!」
「あたしもあたしも!」
と、まとわりついてくる子供たちをもう一度抱え上げようとした時――
「よっ! エイスさん! 遅ればせながらご相伴に預かりに来たぜ」
馴染みのある男の声がした。
「ロマークさん。今日は来られないものかと――」
先程船に乗る時にいなかったので、まだ動けないのかと思っていた。
であれば明日街を発つ前には会いに行こうと思っていたのだ。
「いやあ悪い。まだちょっと慣れなくて、動き辛くてな。普通に遅れちまった」
「なんで小舟を借りて追いついてきました」
と、ロマークさんと共に現れたピートが補足した。
「おじさん! もう怪我は痛くないの?」
と、リーリエが心配そうな顔をした。
その手は、自分の右腕の所を押さえている。
そう、リュックス邸への襲撃で右腕を失ったロマークさんの重傷の事を言っているのだ。
俺も話には聞いていたが、こうして右腕のないロマークさんを見るとやはり痛々しい。
これを治癒魔術で治療したのがリーリエだったのである。
「ああ。痛かねえよ。おかげで命拾いしたぜ、ありがとうなお嬢ちゃん」
今回は俺達がいない間に、リーリエは大活躍だったようだ。
ロマークさんや、フリットもリーリエが大怪我を治している。
ロマークさんは命を拾ったし、フリットも同じく。
フリットに関しては、リーリエの行動に感じ入って改心までしたというのだから、この天使の持つ力は俺の想像以上だ。しかもリジェールまでも巻き込んでいる。
彼らを改心させるなど、俺には十年来できなかった事だ。驚くほかはない。
そしてリーリエの素晴らしさを理解できる彼らとならば、俺も分かり合えるかも知れない。
スウェンジーのネルフィの元で一兵卒からやり直す事になるであろう、彼らの未来が明るい事を秘かに願っておこうと思う。
「ごめんなさいおじさん。わたし、傷を塞ぐことしかできなくて……無くなった腕も元に戻せたらよかったのに――」
「いやあ、そんなモン大人の治癒術師でも聞いたことがねえよ。これで十分さ」
「ううん、できるはずなの。わたし達の力がもっと強ければ――ねえ、ユーリエ?」
「うん。多分――できるようになると思う……今はムリだけど」
リーリエの言葉にユーリエが頷いた。
「だから、できるようになったら治しに来るから、それまで我慢してね?」
「約束します。必ず」
真摯な二人の視線を受けて、ロマークさんは破顔した。
「ありがとうな。じゃあ楽しみにしてるよ」
「ロマークさん、俺もあなたに謝っておかなくては」
「うん? 何がだい?」
「俺が守護紋に頼らず気を使う闘法を教えていなければ、あなたは戦いをするような依頼を受けてはいなかったはず。であれば、こんな重傷を負うこともなかった。その怪我は俺のせいでもあります。済みませんでした」
しかし頭下げる俺にも、ロマークさんは笑みを返してくる。
「へっ。止してくれよエイスさんのせいじゃねえさ。俺がヘマしたってだけでな。だけどよ、悪い事ばっかりじゃなかったぜ?」
「というと?」
「ああ、見ててくれよ――」
と、ロマークさんは大きく一つ深呼吸すると、右足で床を蹴った。
するとその体は高々と飛び上がり、花火が彩る夜空に舞った。
「――!」
この跳躍力は、普通の人間の体でできることではない。
戦士の神フィールティの技能気装身を使ったかのようだ。
だがロマークさんの守護紋は商売人の神のもの。気装身は使えない。
つまりこれは、俺が教えた技能に頼らず気を操り身に纏う制御法が
扱えているという事になる。
俺がこれを教えたのはつい最近のことだ。
この短期間でここまで扱えるとは、驚異的である。
「……どうだい? 結構使えてるだろ?」
「ええ。驚きました」
「おじさんすごいね!」
「うん、エイス君みたい!」
子供達も驚いている様子だった。
「リュックスの屋敷でピートがヤバかった時さ、いつもの俺なら到底間に合うような距離じゃなかったんだ。で、無我夢中で咄嗟にこれが出来るようになりやがった。おかげで割って入れてさ、何とかこいつを助けられたよ。エイスさんのおかげさ、礼を言うのはこっちだよ」
「そうですか――そんな事が」
子供を守るためならば、親というものは死力を振り絞って想像以上の力を発揮するもの。
ロマークさんはそれを体現したのだ。尊敬に値することだ。
「片手は失ったけどよ、気が直接制御できるようになった以上、むしろ俺自身は強くなったぜ。昔諦めた壁ってやつを越えられたよ。だから悪い事ばっかりじゃねえ、これからはこいつにこれを教え込みながら鍛えていくさ」
と、ぐりぐりとピートの頭を撫でながら言う。
「止めろよ! ちょっとうまく出来るようになったからって、調子に乗りやがって――!」
「ははは。では、これは必要なかったかも知れませんね」
と、俺は懐から一通の手紙を取り出しながら言った。
「この間言った、白竜牙の副団長のバッシュへの紹介状です。気の直接制御は彼が第一人者ですから、その気があるなら彼に教われるようにと。俺は明日には街を発ちますし、基本的なこと以上は教えられませんから」
「ええっ!? 本当かい!?」
「ありがとうございますエイスさん! 俺頑張ります!」
「悪いなぁエイスさん。こんな事までしてもらって……」
「いえ。これも何かの縁です。バッシュには俺からも話を通しておきます。レティシア、バッシュへの言伝を頼めるか?」
「はい、お任せを!」
少し離れて見ていたレティシアが請け負ってくれた。
「バッシュもいい年で独り身だ。弟子でも取った方が張り合いがあるだろう」
「ふふっ。それもお伝えしましょうか?」
「任せる」
「はい! ピート君、腕を磨いて白竜牙騎士団に相応しい騎士になってくれれば歓迎する。頑張って欲しい」
「は、はい!」
「ああん? 何を赤くなってんだてめえ、このマセガキがよ!」
「うっせえ!」
「あ~あ。将来有望な騎士候補を引き抜かれちゃったのかな~?」
「いやあネルフィリア様、そりゃあ買い被りですぜ」
「それは分かりませんよ、ロマークさん。全てはこれから次第でしょう。可能性に満ち溢れているという事は、素晴らしい事です」
「フッ。誰よりもとんでもない可能性を無駄遣いしておるヤツも、ここにおるがのう」
聞いていたフェリド師匠が横槍を入れてきた。
「無駄遣いではありませんよ。単に生きたいように生きているだけです。趣向の違いというものでしょう」
ある意味最も贅沢な生き方だろう。俺はそれでいい。
最強の男になりたいわけでもないし、地位や名誉が欲しいわけでもない。
ただ子供達と思う存分一緒にいられればいいのだ。
「ま、お前は子供の頃から変わっておったよ! さぁ、今宵はとことん飲もうぞ! お前が国を出た時には、別れの盃も酌み交わせんかったからのう!」
「ええ、お付き合いしましょう」
俺達はその後、子供達が眠ってしまうまで宴を続けた。
最後は眠ってしまった二人を抱えて宿に戻り、最後の宿泊をして――
朝を迎えると出立の支度をし、ビュービューの牽く幌馬車で街の外に出る門に向かった。
同時にスウェンジーの国王との謁見に向かうヒルデガルド姫達が乗る馬車も門に出てきていた。
あちらは姫の護衛にフェリド師匠にレティシア、それにスウェンジー側の担当としてネルフィもおりリジェールとフリットも連行している。
その二組を、タラップさんやロマークさんにピート、冒険者ギルドの面々が見送ってくれた。
「みんなー! ばいばーい!」
「また来ますねー!」
子供達は馬車から身を乗り出し、一生懸命見送りの人々に手を振っていた。
「ねえエイスくん! またここに来ようね?」
「あたし達がもっと治癒魔術が上手くなったら、ロマークさんを治しに行くの!」
「ああ。じゃあ早く来れるように、頑張って魔術の練習をするんだぞ」
「「うん!」」
「クルルゥ! クルルゥ!」
子供たちの返事につられてか、クルルも声を上げていた。
「あはっ。クルルもまた来たいのかな? ねえユーリエ」
「そうね。でも結局クルルの家族は見つからなかったわね――ごめんね、クルル」
「クルルゥ♪」
小さくなった翠玉竜の子は、ふるふると首を振ったように見えた。
気にするな、と意思を示しているのだろうか。
「でもちょっとだけ嬉しいかも、もっとクルルと一緒にいられるもん」
リーリエがクルルをぎゅっと抱きしめる。
「そういう問題じゃない気が――でも、うん。あたしも嬉しいっ!」
レイクヴィルの街を出て俺達だけに戻るが、子供たちは相変わらず賑やかだ。
暫くヒルデガルド姫達の馬車と俺達は並走していたが、やがて街道の別れ道に差し掛かった。
スウェンジーの王都に向かうあちらと、『浮遊城ミリシア』観光に向かう俺達はここで向かう方向が別々になる。
俺達はそこでいったん止まり、最後の挨拶を交わした。
「ごきげんよう、皆様。どうかご達者でいて下さい」
ヒルデガルド姫は優雅に会釈をする。
「エイスさん、リーリエちゃん、ユーリエちゃん、みんなまたね~! 手紙書いてね~!」
ネルフィは明るく、手をぶんぶんと大きく振ってくれた。
「お元気で……! お便りをお待ちしております!」
レティシアは生真面目に、深々とお辞儀をして見せた。
「はーっはっはっは! ほれ、下手をすれば今生の別れじゃ! ようワシの顔を見ておけよ、エイスよ! 次会うときはワシは棺桶の中かも知れんからのう!」
師匠は馬車の上に乗って腕組みし、大声で笑っていた。
「ええ、よく見えますよ師匠。それでは失礼します」
俺は一礼し、ビュービューをゆっくりと進み出させた。
「みんな、さようなら~! ありがとうございました!」
「うぅぅぅ……! ふぐぅぅぅ……!」
ユーリエは強く手を振っていたが、リーリエは涙を大きな目に一杯にためていた。
俺とユーリエが街を離れている間、リーリエはネルフィやレティシア達に助けてもらっている。
その分、思い入れが少々深かったのかもしれない。もともと感情豊かな子でもある。
「はいリーリエ、泣かない泣かない。よしよし」
「うわあぁぁぁん! ユーリエぇぇ……!」
リーリエを慰めるユーリエの目にも、少しだけ涙が滲んでいた事に俺は気づいた。
だが、それを言うのは止めておこう。
涙が出るほど名残惜しい別れだという事は、いい出会いだったという事だろう。
この街での出来事は、二人の中にずっと残る思い出になってくれただろうか。
これから先にも、こんな出会いがあるだろうか。願わくば、あってほしいものだ。
俺はそう願いながら、ビュービューに足を速めるように指示をした。
別れ道の向こうに行ったあちらの姿は、もう見えなくなっていた。
以上で第一部完となります。お疲れさまでした!
作者的に振り返ってみると、後半のバトル部分がちょっと長くなり過ぎたかなぁと。。
もっと早く終わるはずだったんですが、相変わらず書いてみないとわかりません。
この先はもっとほのぼのさせて行きたいです。
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少し間をおいてまた再開しますので、その時はよろしくお願いします。
とりあえずは、VRMMO学園の方を更新頻度を上げていきたいと思っています。
それでは、また。




