第73話 花火め!
翌日の日暮れの少し後――
俺達は、エスタ湖に浮かぶ船の甲板にいた。
これから、湖上に花火が上がる。水神様の祭りの目玉である。
それを特等席で見物するべく、タラップさんが手配してくれた遊覧船で湖に繰り出していたのである。
周囲には俺達の他にも花火見物にやって来た船が集まっていた。
「わー! まだかなまだかな!」
俺の右肩に座っているリーリエが、目を輝かせて湖上の星空を見上げていた。
「子供なんだから。待っていればすぐよ」
左肩の上のユーリエはお澄まししていた。
「だって子供だもん。すぐっていつなの?」
「すぐはすぐよ」
「いくつ数えたら?」
「二十ね」
「じゃあわたし三十!」
「いいわよ」
「じゃあわたし数えるから、いち、に、さん、よん、ご、ろく――」
リーリエは矢継ぎ早に二十までを数えて行った。
「にじゅう! にじゅうい~~~~~~~ち」
「あ、ズルい! 同じ速さで数えなさいよ!」
俺としては花火そのものよりも、花火を前にはしゃいでいる子供達を見ている方が楽しめる。
二人を交互に見ながら目を細めていると、視界の端にこちらを見て微笑んでいるヒルデガルド姫が映った。
昨日あの後、二人だけで話をしたが――俺は再度の姫の申し出を受けずに旅を続ける事を選んだ。
まだ子供達の行きたい所に行っていないし、俺達三人は旅を続けたかった。
それにいくら子供達も王家に受け入れるとなっても、戻ればやはり子供達との時間は十分に取れなくなる。
王家に入ったのならば、当然国のために働かねばならないからだ。
俺は国のためよりも子供達のために生きたい。申し訳ないが、国のために割ける時間は無いのだ。
だから戻れない。戻らない。
ヒルデガルド姫はその俺の返答は予想していたらしく、仕方がありませんねと寂しげに微笑んでいた。
そしてこうも言っていた――
あなたの側にいたいのならば、全てを捨てて付いて行く覚悟が無いと無理だが、自分には生まれ育ったアクスベルを捨てられない――と。
本当にそうする事もあり得ると悩みながら来たものの、やはり土壇場では自分はアクスベルの王女なのだと分かったそうだ。
だから気持ちはすっきりしていると、うっすら瞳に涙を浮かべて言っていた。
俺としては済みませんと謝る他は無かったが――
姫は俺が思うよりは強かな人だったようで、何も悪い事ばかりでは無いとすぐに気持ちを切り替えていた。
曰く、今回の事でリジェールとフリットが失脚したため、望まぬ相手との結婚は避ける事が出来たそうだ。
俺が出奔してしまえば、あの二人は有力な候補だった。家柄的にはむしろ俺よりも相応しいだろう。
元々姫としては自分の相手は自分で選びたかったそうだ。
相手が俺なら周囲の空気と自分の意志がぴったりと合うのでそれで良かったが――
そうでないなら、嫌なものは嫌だと言いたい。
今回の事で、言うまでも無く問題は一先ず解決されたのでほっとしていると言っていた。
そういう話をする事自体、俺に罪悪感を抱かせないための姫の気遣いだったかもしれないが――
何にせよ国を出る前とは姫の印象が大分変わっていた。
花のような見た目よりも、ずっと強かで計算高い。
そういう所はアルバート陛下譲りだ。
以前は遠慮がちにおずおずと話しかけてくるだけで、そういう面が全く見えなかった。
「姫様。そのう……先程から少々飲み過ぎではありませんか?」
レティシアが姫を制止していた。
先程から視界の端に映るヒルデガルド姫は、ワインをなみなみと注がれたグラスをくいくいあおっているのだった。
船上には酒や食事も用意されている。花火を肴に宴会というわけだ。
「大丈夫ですよ。うふふ――これがやけ酒というものですね」
「そうですのぉ! いやいや見事な飲みっぷり。ささもう一杯!」
「ええ頂きますね」
姫に酒を注いでいるのはフェリド師匠だった。
大丈夫なのだろうか――
「御爺様! お止め下さい!」
「いいではありませんか、今日はお祭りですし。レティシアももうわたくしに遠慮する事はありませんよ? ご自由になさいませ」
「な、なななんの事でしょうか……!?」
と、向こうでやっている間にリーリエが数を数え終わっていた。
「さーーーーんじゅう! あーどっちもはずれだったぁ!」
「きっとズルしちゃだめって神様が言ってるのよ」
「うーん……待ちくたびれたよぉ。まだかなーまだかなー」
と、そこに花火の代わりにタラップさんが顔を見せた。
「リーリエちゃん、ユーリエちゃん。ほらお菓子も持って来たよ」
姫やレティシア達のいるテーブルに、タラップさんが菓子類が満載されたバスケットを置いた。
「わーい食べるー♪ ユーリエ行こっ!」
「もう……はいはい。花より団子なんだから」
「今回は合っている」
「やった♪」
いつも間違うが、たまには合っている時もある。
ともあれリーリエがユーリエの手を引いて、俺の肩から降りて行った。
肩に乗せて花火を待機していたのは何だったのだろう。
この娘達は本当に無邪気で、移り気で、見ていて飽きないのだ。
子供達がテーブルのお菓子を探りに行くと、入れ替わるようにネルフィが俺の隣にやって来た。
ワインの入ったグラスを二つ持ち、一つを俺に手渡してくる。
「はいどうぞ、エイスさんも飲みましょうよ」
「ああ。済まないな」
「はい乾杯ー」
「ああ」
カチン。と軽くグラスが触れ合った。
「君には子供達が随分世話になった。礼を言わせてくれ」
この祭りが終わった明日、俺達は街を出るつもりだ。
随分長居してしまったが、当初の予定通り『浮遊城ミリシア』を見に行くつもりだ。
ネルフィは姫と共にスウェンジーの国王陛下に謁見しに行くため、こちらも明日街を出る予定だそうだ。
フェリド師匠やレティシアも姫の護衛としてそれに随行する。
だから今日が、ゆっくり話ができる最後になる。
ネルフィには色々世話になった。礼を言っておかねばなるまい。
「いいのよ、好きでやった事だしこっちもお世話になってるし。だけどお礼を言ってくれるなら、代わりに私にも手紙を書いてね? 私も例の文箱を使わせて貰うから」
「そうなのか? 分かった。子供達も喜ぶだろう」
「ねね、エイスさん。ちょっと耳かして」
「?」
ネルフィは俺の耳元に顔を寄せて、小声で囁く。
「私ってね、エルフだし自分で言うのもなんだけど一途なのよ?」
「……どういう事だ?」
「エルフは寿命が長いからね。このまんまでずっとエイスさんを待てるって事よ。今はそんな気しないでしょうけど、頭の片隅でいいから私の事を覚えておいて? それで、いつかリーリエちゃんとユーリエちゃんが独り立ちして――寂しいなって思ったら、私の所に来て? 今のまんまの若さで迎えてあげるから」
ネルフィはどこか余裕を漂わせた微笑を浮かべる。
「そう言われても、どうにも答えようがないが」
正直に言ってしまえば、恋人が欲しいと思ったことが全く無いため、何とも思えないのである。
子供達への愛情は溢れんばかりに感じるのだが――
人にも物にも無感動無感情な俺の唯一の例外が、我が家の娘達なのだ。
もっと年を取れば、俺の心持ちももっと変わるのだろうか。
「いいのよ、覚えておいてくれればいいの。ああ勿論、今すぐあの子達の母親になれって言われても、うまく――きゃっ! ちょっと邪魔しないでよレティシア!」
ネルフィが文句を言ったのは、言葉の途中でレティシアによって俺から引き剥がされたからだ。
「あまり先輩に近寄るな、破廉恥な。子供達も見ているんだぞ」
「ちょっと耳元で話しをただけでしょ! どこが破廉恥なのよ」
「お前の目つきや表情がだ」
「そう。じゃあエイスさんちょっとあっちに行きましょ。見えなければいいんでしょ、あんたはついて来ないでよ」
「ダメだ。許さん」
「何の権利があって? エイスさんはあんたとはもう何の関わりも無いはずよね? ああ、あんたもエイスさんのこと好きだから嫉妬してるの? そうならそうって言いなさいよねー」
「まさか。レティシアに限ってそれはない。あまり適当な事を言わない方がいいぞ、ネルフィ」
と、俺はレティシアに代わって答える。
彼女との付き合いは長いが、そんなそぶりは感じた事が無い。
騎士学校から同じ釜の飯を食って来た仲間としての、親愛の情はお互いに持っているが。
「ふふふ――そ、そうねエイスさん。悪かったわね、レティシア――ぷ……くくくっ」
ネルフィは謝罪をするのだが、何故か笑いを堪えていた。
「せ、先輩……! 私に恥をかかせないで下さいっ!」
レティシアは何故だか顔を真っ赤にして俺を怒るのだった。
「……? ああ、済まない」
首を捻る俺の耳に、子供達がひそひそ会話しているのが聞こえて来た。
「ねえユーリエ。ネルフィお姉ちゃんもレティシアお姉ちゃんも喧嘩ばっかりしてるね?」
「そうね――大きい声じゃ言えないけど、ちょっとみっともないわね……」
「好きな人が重なっちゃうと、ああやって喧嘩になっちゃうのかなあ……」
「どうかな。人によるんじゃないかしら――」
「ねえユーリエは好きな人っているの?」
「え? あたし? リ、リーリエは……?」
「いなーい。そういうの、まだ良く分からないの。ユーリエは?」
「あ、あたしはいるけど……」
何だと――!?
これは聞き捨てならない――!
俺は声が出そうになるのを必死で我慢した。
子供達に気取られぬよう、表面上は無反応。
あくまで目の前のレティシアとネルフィに気を取られているふりをしつつ、全力で聞き耳を立てる。
済まないが聞かせて貰い、善後策を検討させてもらおう。場合によっては、武力行使もやむを得まい。
「え、誰々? 誰にも言わないから教えて?」
「ホ、ホントにナイショだからね……! あのね――…………」
その先は、俺には聞き取れなかった。
ぴゅ~~~~~~! どど~~~~~ん!
夜空に響く大音声。ぱっと輝く光の華。そして歓声――丁度花火が始まったのだ。
「貴様ああぁぁぁっ!」
聞きたい所を聞けなかった俺は思わず、夜空に向けて声を荒げていた。
花火め――! 何という事をしでかしてくれた!
「え……? ご、ごめんなさいエイスさん! ちょっと調子に乗り過ぎたみたい……」
「も、申し訳ありません先輩! 先輩は何も悪くないのに、声を荒げてしまって……」
何か勘違いしたネルフィとレティシアが、俺に向かって頭を下げて来た。
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