第71話 国外追放
「お久しぶりですね。エイス殿」
と、ヒルデガルド姫が俺に笑顔を向ける。
手には何か包みのようなものを携えていた。
「はい――お元気そうで何よりと存じます」
俺は席を立ち騎士の立礼で応じた。
もう騎士では無いのだが、やはり長い習慣がそんなに早く抜けるわけではない。
「あ、アクスベル王国の姫君でございますか!? このようなむさ苦しい場所にご足労頂き――」
思わぬ人物の来訪に、タラップさんは慌てた様子だった。
逆にネルフィは落ち着いたもので、姫を目の前にしても落ち着いて礼を取っていた。
「ヒルデガルド姫様。スウェンジー王国の将軍職を任されております、ネルフィリア・リノスと申します。狭苦しいですが、よろしければどうぞこちらに」
と、席を勧めた。
普段の普通の町娘のような印象はそこには無く、堂々としたものだった。
そういう立場の人間と接する事に慣れているのだ。
やはり単なる冒険者ギルドの受付嬢ではなく、スウェンジーの将軍なのだ。
以前に会ったと言うのは、申し訳ないが印象に無かったが。
あの時俺は子供達の事で頭が一杯だったのだ。任務は果たしたが、そこで会った人間の顔は覚えていない。
どこかの国でエルフの将軍に会ったような記憶はあったのだが――
それがこのスウェンジーで、相手がネルフィだと結び付かなかった。
俺は元々人の顔を覚えるのが苦手なほうだ。他人に興味や関心をあまり持てなかったからだ。
正直言って、公務上の人付き合いだの何だのは、面倒なのでレティシア達に甘えて任せていた面がある。
「では失礼致しますね」
気品の溢れる花のような所作で、姫は勧められた席に着く。
ちょっとした立ち振る舞いにも、王族として育てられた者としての上品さが出ている。
「こんにちは、リーリエさん、ユーリエさん。ごきげんよう」
姫様がうちの娘達に、にこりと笑顔を向けて会釈した。
「わぁ――はい、ごきげんようっ!」
「ご、ごきげんようですっ!」
目の前に現れた本物のお姫様に、リーリエは興奮気味ユーリエは緊張気味だ。
ただ、二人とも憧れに目を輝かせている。
田舎育ちの成り上がりだった俺には、姫の上品さは堅苦しく思えるが――
うちの娘達がこういう振る舞いを身に着けてくれる分には、いいかも知れない。
姫を見ていてそんな事をふと思った。
今度二人に礼儀作法の修練を受けるように勧めて見ようか。
「この度の使者の本来の目的は、お前に姫様とのご婚約を再考させ、国に連れ戻すためのものじゃった」
と、姫の隣に着席したフェリド師匠が切り出す。
その事は聞いていたので、俺はええ、と頷き返した。
「姫様はそれを人任せにするのが嫌だと思いなされてな。密かに使者の後に付いて来なさったのじゃ!」
「姫様が私に願い出られて――私の独断で手引きをしました。護衛は御爺様に頼んで」
レティシアが師匠の後を引き取って言った。
「……なるほど――な」
如何に師匠が護衛に付いているとは言え、姫様がそこまでするとは思い切った行動である。
しかしそうして貰っても――
「ええ――ですがその前に、わたくしもわが父の……王命を果たさねばなりません」
「王命?」
どういう事だ。姫様は独断で行動したのではなかったのか――?
「姫様、王命と仰いましたか? どういう事なのです?」
「済みませんレティシア。あなたには黙っていましたが――我が父には使者への同行の許可は得ております。本当にわたくしが独断で行動すれば、何かあれば後にあなたが罪に問われます。それは出来ませんから」
「は、はぁ……では一体どのような王命で――?」
「密かに使者に随行し、後で言い逃れが出来ぬようこの目で事の成り行きを確かめ、必要あらば父の名代を果たす事です」
ヒルデガルド姫は、拘束されているリジェールとフリットに目を向けた。
それを見て、俺に頭の中には閃くものがあった。
「……なるほど、陛下のお考えが分かった」
「ええ先輩」
「泳がされたのう、お主ら――」
師匠の言う通りだ。
陛下はこの二人がまともに使者を務めるつもりなどないと、初めから疑っていたのだ。
あえて泳がせ、王命に背く所を姫が確認し、その場で処断するつもりだったのだ。
姫が隠れて随行して直接見ているのだから、言い訳はできない。
相手が俺ならば、この二人が何を企んでも大丈夫だろうというわけだ。
全く俺にとっては迷惑な信頼である。
だが俺がいなくなった後の国内状況を鑑みて、必要だと判断したのだろう。
彼等は貴族の名門の出だ。
俺がいなくなれば、彼等を梃に鼻持ちならない貴族達が跋扈する余地を与える。
逆に彼等を処断する名目を得れば、それを口実に貴族達の頭を押さえつける事が出来る。
元々陛下と彼等の関係は、決していいとは言えない。
穏健派でアクスベルの対外拡張を望まない陛下を、彼等は弱腰と批判してきたのだ。
「まあ、今更別にどうだっていいさ」
「我等はどんな処罰でも受けよう」
二人は淡々と応じてくる。
「……どういう風の吹き回しだ?」
騎士学校で出会って十年以上、手を変え品を変え散々俺を倒そうと拘ってきた二人が、やけに潔い態度なのだ。
「……もうお前を潰すのは止めだ。やったらつまらねえ事になるからな」
「そういう事だ」
二人して肩を竦めている。
それを見たネルフィが一声かけた。
「あんたら、リーリエちゃんに助けられて反省したってわけね? エイスさんを倒しちゃったら、リーリエちゃんが悲しむもんね? そりゃもうできないわよねー?」
「フン……知るか!」
「ご想像にお任せしよう」
そこで、ヒルデガルド姫がすっと立ち上がる。
その手には、携えていた包みから出したものが握られている。
黄金の、やや短い杖だが――俺達には見覚えのある品だった。
アクスベルの王権の象徴たる、王錫だった。
姫がこれを持っているという事は――国王陛下に成り代わり、命を下す事ができるという証明だった。
国王陛下が姫に託したのだろう。
「国王アルバートの名代として――わたくしが両名に裁定を申し渡します。異論はありませんね?」
花のようなたおやかさは消え、人の上に立つ者の威厳に満ち溢れた姿だった。
俺は姫様のこういう姿は初めて見たかも知れない。少々驚きだった。
彼女が俺を呼びつけるのは、こういう厳しい場面ではなく、もっとのんびりとした平和な所だったからだ。
俺達は、姫様の言葉に頷いて頭を垂れる。
「では――リジェール、フリットの両名は国王陛下の命に背いた罪により、全ての騎士としての位を剥奪。国外への追放を申し渡します」
「……御意」
「……異存はございませぬ」
姫の裁定に――リジェールとフリットが頭を垂れた。
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