表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/127

第71話 国外追放

「お久しぶりですね。エイス殿」


 と、ヒルデガルド姫が俺に笑顔を向ける。

 手には何か包みのようなものを携えていた。


「はい――お元気そうで何よりと存じます」


 俺は席を立ち騎士の立礼で応じた。

 もう騎士では無いのだが、やはり長い習慣がそんなに早く抜けるわけではない。


「あ、アクスベル王国の姫君でございますか!? このようなむさ苦しい場所にご足労頂き――」


 思わぬ人物の来訪に、タラップさんは慌てた様子だった。

 逆にネルフィは落ち着いたもので、姫を目の前にしても落ち着いて礼を取っていた。


「ヒルデガルド姫様。スウェンジー王国の将軍職を任されております、ネルフィリア・リノスと申します。狭苦しいですが、よろしければどうぞこちらに」


 と、席を勧めた。

 普段の普通の町娘のような印象はそこには無く、堂々としたものだった。

 そういう立場の人間と接する事に慣れているのだ。

 やはり単なる冒険者ギルドの受付嬢ではなく、スウェンジーの将軍なのだ。

 以前に会ったと言うのは、申し訳ないが印象に無かったが。

 あの時俺は子供達の事で頭が一杯だったのだ。任務は果たしたが、そこで会った人間の顔は覚えていない。


 どこかの国でエルフの将軍に会ったような記憶はあったのだが――

 それがこのスウェンジーで、相手がネルフィだと結び付かなかった。

 俺は元々人の顔を覚えるのが苦手なほうだ。他人に興味や関心をあまり持てなかったからだ。

 正直言って、公務上の人付き合いだの何だのは、面倒なのでレティシア達に甘えて任せていた面がある。


「では失礼致しますね」


 気品の溢れる花のような所作で、姫は勧められた席に着く。

 ちょっとした立ち振る舞いにも、王族として育てられた者としての上品さが出ている。


「こんにちは、リーリエさん、ユーリエさん。ごきげんよう」


 姫様がうちの娘達に、にこりと笑顔を向けて会釈した。


「わぁ――はい、ごきげんようっ!」

「ご、ごきげんようですっ!」


 目の前に現れた本物のお姫様に、リーリエは興奮気味ユーリエは緊張気味だ。

 ただ、二人とも憧れに目を輝かせている。

 田舎育ちの成り上がりだった俺には、姫の上品さは堅苦しく思えるが――

 うちの娘達がこういう振る舞いを身に着けてくれる分には、いいかも知れない。

 姫を見ていてそんな事をふと思った。

 今度二人に礼儀作法の修練を受けるように勧めて見ようか。


「この度の使者の本来の目的は、お前に姫様とのご婚約を再考させ、国に連れ戻すためのものじゃった」


 と、姫の隣に着席したフェリド師匠が切り出す。

 その事は聞いていたので、俺はええ、と頷き返した。


「姫様はそれを人任せにするのが嫌だと思いなされてな。密かに使者の後に付いて来なさったのじゃ!」

「姫様が私に願い出られて――私の独断で手引きをしました。護衛は御爺様に頼んで」


 レティシアが師匠の後を引き取って言った。


「……なるほど――な」


 如何に師匠が護衛に付いているとは言え、姫様がそこまでするとは思い切った行動である。

 しかしそうして貰っても――


「ええ――ですがその前に、わたくしもわが父の……王命を果たさねばなりません」

「王命?」


 どういう事だ。姫様は独断で行動したのではなかったのか――?


「姫様、王命と仰いましたか? どういう事なのです?」

「済みませんレティシア。あなたには黙っていましたが――我が父には使者への同行の許可は得ております。本当にわたくしが独断で行動すれば、何かあれば後にあなたが罪に問われます。それは出来ませんから」

「は、はぁ……では一体どのような王命で――?」

「密かに使者に随行し、後で言い逃れが出来ぬようこの目で事の成り行きを確かめ、必要あらば父の名代を果たす事です」


 ヒルデガルド姫は、拘束されているリジェールとフリットに目を向けた。

 それを見て、俺に頭の中には閃くものがあった。


「……なるほど、陛下のお考えが分かった」

「ええ先輩」

「泳がされたのう、お主ら――」


 師匠の言う通りだ。

 陛下はこの二人がまともに使者を務めるつもりなどないと、初めから疑っていたのだ。

 あえて泳がせ、王命に背く所を姫が確認し、その場で処断するつもりだったのだ。

 姫が隠れて随行して直接見ているのだから、言い訳はできない。

 相手が俺ならば、この二人が何を企んでも大丈夫だろうというわけだ。

 全く俺にとっては迷惑な信頼である。

 だが俺がいなくなった後の国内状況を鑑みて、必要だと判断したのだろう。

 彼等は貴族の名門の出だ。

 俺がいなくなれば、彼等を梃に鼻持ちならない貴族達が跋扈する余地を与える。

 逆に彼等を処断する名目を得れば、それを口実に貴族達の頭を押さえつける事が出来る。

 元々陛下と彼等の関係は、決していいとは言えない。

 穏健派でアクスベルの対外拡張を望まない陛下を、彼等は弱腰と批判してきたのだ。


「まあ、今更別にどうだっていいさ」

「我等はどんな処罰でも受けよう」


 二人は淡々と応じてくる。


「……どういう風の吹き回しだ?」


 騎士学校で出会って十年以上、手を変え品を変え散々俺を倒そうと拘ってきた二人が、やけに潔い態度なのだ。


「……もうお前を潰すのは止めだ。やったらつまらねえ事になるからな」

「そういう事だ」


 二人して肩を竦めている。

 それを見たネルフィが一声かけた。


「あんたら、リーリエちゃんに助けられて反省したってわけね? エイスさんを倒しちゃったら、リーリエちゃんが悲しむもんね? そりゃもうできないわよねー?」

「フン……知るか!」

「ご想像にお任せしよう」


 そこで、ヒルデガルド姫がすっと立ち上がる。

 その手には、携えていた包みから出したものが握られている。

 黄金の、やや短い杖だが――俺達には見覚えのある品だった。

 アクスベルの王権の象徴たる、王錫だった。

 姫がこれを持っているという事は――国王陛下に成り代わり、命を下す事ができるという証明だった。

 国王陛下が姫に託したのだろう。


「国王アルバートの名代として――わたくしが両名に裁定を申し渡します。異論はありませんね?」


 花のようなたおやかさは消え、人の上に立つ者の威厳に満ち溢れた姿だった。

 俺は姫様のこういう姿は初めて見たかも知れない。少々驚きだった。

 彼女が俺を呼びつけるのは、こういう厳しい場面ではなく、もっとのんびりとした平和な所だったからだ。

 俺達は、姫様の言葉に頷いて頭を垂れる。


「では――リジェール、フリットの両名は国王陛下の命に背いた罪により、全ての騎士としての位を剥奪。国外への追放を申し渡します」

「……御意」

「……異存はございませぬ」


 姫の裁定に――リジェールとフリットが頭を垂れた。

面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブクマ・評価等で応援頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ