第69話 子供の楽しみは、全力で守るべし
「結論から言うと、別に俺の力は落ちていない」
俺はリジェールの方に振り返って言う。
次の瞬間、俺の足元から鞭のようにしなる何かが飛び出して来た。
相当な高速で、俺の喉元を突こうとするが――殺気で分かっていた。
気装身を発動させた俺は片手でそれを掴んで、引っ張り上げた。
地面を割り、中から蛙頭の魔物が現れた。なるほど水神様そのものの姿である。
「貴様――! 死ぬがいいケロ!」
「それはこちらの台詞だ」
俺が放った蹴りが、魔物の腹に突き刺さる。
「ゲロオオオオォォォ!?」
その衝撃で、上空高くまで打ち上って行った。
あっという間に豆粒のような小ささに見える程の勢いだった。
「え、エイス先輩……! そ、その力は、いつものように……!」
「おいおいこりゃあ弱くなるどころか……!」
「む、むしろ我々の知るエイスよりも……!」
レティシアやフリット、リジェールがそう言っていた。
「あの守護影は、俺自身の力を分割して分けるものだ――この娘達二人分の守護影と、残った俺自身――力の比率は4対4対2だ」
つまり通常の俺本体は、持っている力の五分の一で活動していたことになる。
この娘達を引き取ってからは、何かあってはいけないとずっとそうしているのだった。
親として子供のもしもの時を想定して備えをしておくのは、当然の事だ。
そのやり方は人それぞれだろうが、俺は俺の出来る限りで、この娘達を護るのだ。
その状態の俺だけを見れば、確かに弱体化しているように見えただろう。
だが俺自身その事を誰にも明らかにはしていない。
いざという時の備えを誰かにべらべらと話すものではない。
感じる者だけは感じていたかも知れない。
「な……!? では貴公! あえて五分の一の力になっていたと言うのか!?」
「それが目的ではないが――結果的には」
「ちょっと待てリジェール、お前の見立てじゃ三分の一程度って言ってなかったか……!?」
「ああ、そのはずだ――!」
「計算が合わねえじゃねえか……! どういうこった!」
「はっはっはっは! 簡単じゃろう、その分エイスが強くなったという事よ!」
フェリド師匠が大笑いしながらそう述べた。
「ええっ……!? 先輩が更に強くなって――!?」
「そ、そんな馬鹿な――」
「元々バケモンだったってのによ……! 完全にアテが外れてやがる――!」
俺は師匠の言葉にうなずく。
「この娘達が俺の元に来てくれて――俺は変わった。それまでの俺は、自分の強さに志もなければ護るべきものも無かった。だがそんな俺が、護るべきものを得たんだ。そうであれば――」
これは今、俺は本当に実感している事だ。
それまでは師匠に言われてもまるでピンと来なかった事が、今の俺にはその通りだと頷ける。
「護るべきものを得た人間が――強くなりこそすれ、弱くなるわけがないだろう」
そう俺は断言する。
「ふはははははは! その通りじゃエイスよ! それが愛というものじゃ! ワシがいつも言っておったじゃろう、愛は人を強くするとな! お前も人を愛せと!」
「ええ師匠。全く仰る通りです。俺は愚かでした。今になってあなたの言葉が実感できる」
そう応じながら、俺は魔術を発動させるために魔素を錬成する。
大きな魔術を撃つ――あの魔物は間の抜けた雰囲気だが中々に強力だ。
俺もそれなりのものを出さねばなるまい――
自由と風の神スカイラ。
怒りと炎の神イーブリス。
平静と氷の神シルバルリィ。
豊穣と土の神アークアース。
閃きと雷の神ライナロック。
光の主神レイムレシス。
混沌と闇の主神ゼノセドス。
それら七種の守護紋の力を使い、一つの魔術を練り上げて行く。
俺の右手を取り巻くように、七つの色の煌きが生み出される。
これはドラゴンの大軍を殲滅するために編み出した、七種属性混合の破壊光線だ。
「貴様貴様貴様貴様あぁぁぁっ! 許さんゲロオオオォォ!」
上空から落ちて来る奴の目がギラリと光り、無数の光球が俺目がけて落下して来る。
「何度も言わせるな。それはこちらの台詞だ。うちの子に手を出した罪は重い」
俺はすっと、上空の奴に向けて手を翳す。
「それにお前を生かしておけば、子供達が楽しみにしていた祭りの花火も中止だそうだ――」
ならば、俺のやる事は一つ。子供の楽しみは、全力で守らせてもらう。
「ならば消えてもらうぞ――七神竜滅光」
七つの光が虹のような閃光の束となり、うねりながら上空へと撃ち上って行く。
それは敵の放った光球を飲み込み、何事も無かったかのように進んで行った。
夜空にかかった美しい虹は、ただ美しいだけではなく強力な破壊光線でもある。
それが蛙の魔物の身を、完全に捉えた。
「こ、こんな……! これはまるで、かつてのおおぉおぉぉぉ! ゲロオオオォォ……――!?」
そう断末魔を残しながら、魔物の姿は光の中に消滅した。
「う、うわあぁ……! あんなに強かったのに、一撃で――エイスくんすごーい!」
「綺麗な光の魔術ね……! 威力も凄いけど――! さすがエイス君――!」
俺の魔術が子供達に好評で嬉しい。
「ふふふ……私が心配する事など何も無かったようですね――先輩」
「……ったく何なんだよ――全くの見込み違いじゃねえかよ……」
「……どうやらそのようだな――」
レティシアやリジェール達が何を言い合っているのかは、よく分からない所があるが――
「二人とも、みんな怪我をしているようだから、治してやって貰えるか?」
「うん分かった! やろうユーリエ!」
「うん、リーリエ!」
娘達の治癒魔術を受けながら、ネルフィがため息をついていた。
「ふぅ……リーリエちゃんが本気で危なくなれば、あの守護影が発動してエイスさんが戻って来てたのよね――だったら私達があんなに頑張らなくても良かったんじゃ――」
「そんな事無いよ! わたしいっぱい助けてもらったから! ありがとうネルフィお姉ちゃん!」
「あー、うん。まあいいけどね――リーリエちゃんがそう言ってくれるなら」
「何か色々あったようだが……その髪の色は何なんだ?」
「あ、そうだ――! この髪を見たんだから思い出してよ! ほらほら私、前にも会った事があるのよ? 思い出さない?」
「いや、思い出すも何も以前に会った事は無いと思うが?」
「あるって! ほら私よ私! スウェンジーの将軍! ネルフィリアよ! この街でギルドの受付嬢やるのが趣味なの。一緒に大発生した魔物の討伐をしたじゃない!」
「……?」
「ちょっとエイスさん、本当に何も覚えてないの!?」
「スウェンジーと共同戦線を取った記憶はあるが……顔までは。そうだったのか、済まない」
「ふふふふ……相手にするしない以前に顔すら覚えて貰っていないとは、それでよく運命的だの何だの言えたものだ――」
「うっさいレティシア! あんたは黙ってなさい!」
レティシアとネルフィが親しそうに話しているとは――?
どうやら、色々と聞かねばならない事があるようだ。
「本当に大変だったんだから! 後でいっぱい話を聞いてね、エイスくん!」
「ああ、分かった」
二日ぶりのリーリエの可愛らしい笑顔に、俺は思わず目尻を下げていた。
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