第68話 守護影《シャドウ》
翠玉竜捜索を続けていた俺達は、目撃されたという地点を色々と廻ったが、その姿を見る事はまるで叶わなかった。
捜索も二日目の夜となってしまい、俺達は野営をしていた。
ユーリエは既に俺の側で寝息を立てており、俺は焚火を眺めながら一度街に戻ろうかと思案し始めていた。
リーリエを街に置いて来てもう二日だ。寂しがっているだろう。
こちらの方もユーリエが寂しがっているし、俺自身リーリエの顔が見られないのが寂しい。
そんな時である――俺は異変を感じた。
「……! 守護影が発動した……!?」
リーリエとユーリエを護るために二人の影に同化させている、俺の力を分け与えた分身体だ。
混沌と闇の主神ゼノセドスと、知啓と金の神アーリオストの守護紋の魔術、それに剣神バリシエルの技能を重ね合わせたものだ。
剣神バリシエルの技能で生み出した分身に、闇の主神ゼノセドスの魔術で実体と力を与え、知啓と金の神アーリオストの魔術で子供達の影と合成している。
普段は単に潜んでいるだけだが、一度発動すれば俺の代わりにあの娘達を護ってくれる。
その存在は彼女達には内緒だ。
これがあるからと言って、当てにされて無茶をされては困るからだ。
普段は単に潜んでいるだけ、あれが発動するのは――
あの娘達の身が、本当に危険に晒された時だ。
つまり、命が危ういくらいの事態である。
そして守護影の発動地点は俺には分る。
「……こうしてはいられん! ビュービュー!」
俺はビュービューを呼ぶ。八足馬はすぐにやって来る。
そしてユーリエを揺り起こす。
「ユーリエ、起きるんだリーリエが危ない!」
「うーん……えっ!? リーリエが!?」
「ああすぐに戻るぞ!」
ユーリエの身体を片手に抱え、ビュービューの巨体を背負った。
「ヒヒン!?」
ビュービューが驚いたようだが、構っていられない。
本気で急ぐならこの方が早いのだ。
「エイス殿!? どちらへ行かれます!?」
今回の依頼を依頼してきたカルロ殿が俺に問う。
「済みませんが娘の身が危ない。先に帰らせて頂きます。はああぁぁぁぁぁっ!」
俺はビュービューを背負い、ユーリエを小脇に抱えた体勢で飛び出した。
「きゃああああああああああぁぁぁぁっ!?」
「ヒヒィィィイイイイイィィィーーーーーンッ!?」
速度に驚いたユーリエとビュービューが声を上げていた。
高速で景色が滑り、三つ数える間にエスタ湖の湖畔が見えて来る。
発動した守護影と、リーリエの姿が目に入る。
俺はそのすぐ側に着地した。その衝撃で、ドンと大きな音が立つ。
「……うちの娘に手を出したのは誰だ――」
命を脅かすほどの直接的な危機でなければ、守護影は発動しない。
我が家の子供にそんな事をする暴漢は誰だ――
親として、許さん。抹殺してくれよう――!
守護影がすっと、エスタ湖の水面の方を指差した。
何かがそちらにいるのか――?
「分かったご苦労だったな――あとは俺がやる」
俺がそう言うと、守護影はフッと形を黒い影に変えた。
そして俺の方に飛び、俺の身体に吸収される。
効果を解いたのだ。同時にユーリエの影からも守護影が俺の元に戻った。
「リーリエ! 大丈夫!?」
ユーリエがリーリエを助け起こしていた。
「何かに襲われたようだが――もう大丈夫だ」
俺もリーリエの頭を撫でる。
「う……! うああぁぁぁん! 二人とも遅いよおっ! 凄い怖かったんだからあぁっ!」
「そうか――悪かったな」
俺はよしよし、と頭を撫で続けた。
「エイスさん! いい所に戻って来てくれたわ!」
と、ネルフィが俺に声を掛けて来た。
髪の色が見た事のない薄桃色のようになっていた。
「ネルフィ?」
他にもまだ、見た顔が何人もいた。
「エイス先輩! よかった――」
「レティシア? 何故君が……?」
「はーっはっはは! 遅いぞエイスよ! 待たせおってからに――!」
「フェリド師匠……?」
「おいてめえ――今のは何だ……!?」
「リーリエ殿の足元から、貴殿の姿をした影が……」
「フリット殿にリジェール殿か……?」
一体何の騒ぎなのか。ネルフィだけならいざ知らず、レティシアにフェリド師匠にリジェール殿にフリット殿が勢ぞろいしているとは――?
しかも師匠以外は、皆傷ついているように見える。
「これは一体何が――?」
「あ、あのねエイスくん! 湖の底から出て来た魔物が、わたしを生贄にするって――! それでみんなわたしを護ってくれようとしてたの……!」
「何だと……」
「水神様が本当に存在していたのよ! 正体は古代帝国の時代に封じられた魔物よ! 封印を破るために、生贄を集めていたの! 迷信が迷信じゃなかったのよ!」
ネルフィがそう補足して来る。
「それがリーリエを狙ったのか?」
「ええそうよ。あんなものがあそこにいたんじゃ、祭りなんかやってる場合じゃなくなるし、街に人が住めなくなるわ! 倒すのを手伝って!」
「……言われるまでもない。了解した」
リーリエを生贄にしようなど、万死に値する。
それに祭りの花火を子供達は楽しみにしていた。
その楽しみを奪わせてなるものか。
「や、やれんのかよ今のお前に――ガキにうつつを抜かして腑抜けたらしいじゃねえか……!」
「腑抜けた? 俺がか?」
「ああそうだ、貴殿の力は落ちている。出奔する前王城で対峙した際、私はそれを感じた――!」
「……?」
「ですが、先程のエイス先輩の影のようなものは、凄まじい力でした……! あれは……!?」
「あれは守護影だ。この娘達が本当に危険な時に発動し護るようになっている」
と、そこで俺はリジェールの言う言葉の意味が分かった。
俺の力が落ちていると――なるほどそう見えなくもないかも知れないな。
面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブクマ・評価等で応援頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。




