第67話 保護者の帰還
「で、でも――」
「はあああああぁぁっ!」
フリットが傷つけた長い舌の真ん中部分を狙い、レティシアは技能の炎に包まれた剣を振り下ろす。
その威力は特筆すべきものがある。
レティシアの剣は見事、ヘケティオの舌を切り飛ばしていたのだった。
真ん中あたりで切り取られた長い舌は、地面に落ちるともう本体と繋がってもいないのにビクビクと跳ねるように動き続けていた。
それが、この化け物の強烈な生命力を示していた。
「よし――やった!」
「いいわよ、レティシア!」
しかし舌を斬られたヘケティオだが、まるで痛みなど感じないのか声一つ上げない。
無言で短くなった舌を一振りすると、すぐさま再生して元の長さに戻ってしまうのだった。
「再生しただと――!? こんなに早く……!」
そう言うレティシアの横面を、何かが強烈に打ち倒した。
「ぅあぁぁ――っ!?」
余りの衝撃に、レティシアの体が大きく吹き飛ばされる。
彼女を打ち倒したのは、斬られて地面に落ちたヘケティオの舌だった。
本体から切り離されてなお、ヘケティオの意思で攻撃を繰り出して来たのだ。
更に、本体側の舌が再び攻撃に出る。
長い舌を広範囲に大きく薙ぎ払う一撃が、ネルフィのゴーレムの足を斬り裂き地面に転がす。
「ゴーレムっ!?」
そして、剣で受けようとしたリジェールの体を大きく弾き飛ばした。
「うおおおおおっ!?」
リジェールは遥か後方、まだ無事な市場の露店に突っ込んで、激突して止まった。
その場の者の注意がそちらに向く間、切り離された方の舌がネルフィに忍び寄っていた。
飛びついて体に巻き付き、強烈に締め上げた。
「あああああああっ!?」
「ネルフィお姉ちゃん!」
思わず駆け寄ろうとしたリーリエを、フリットが突き飛ばす。
「きゃっ!?」
「余所見をしてるんじゃねえ!」
リーリエ目がけて、本体の舌が槍のように迫っていたのだ。
フリットはリーリエを少々手荒に後ろにやると、庇うように前に出る。
「早く行けえぇぇぇっ! ボサッとすんな!」
渾身の力で放った雷撃を帯びた竜巻は、閃きと雷の神ライナロックと自由と風の神スカイラの魔術を掛け合わせたものだ。
それがヘケティオの舌を撃ち進行を止めるのだが――
ヘケティオの目が再びギラリと眩しく光る。
フェリドを襲っていたのと同じ光の球が、フリットを襲った。
「ぐあああぁぁぁっ!?」
攻撃の魔術に全精力を注いでいたフリットに、避ける暇は無かった。
激しい爆発が起こり、フリットの体が上空に巻き上げられた。
「おじさあぁんっ……!」
もうリーリエの周りに、守ってくれる人は誰もいなくなってしまった。
ヘケティオの視線が、直接リーリエに突き刺さった。
「さあ、我の血肉となるがいいケロ」
再び下される、無慈悲な宣告。
「あ……!」
周りを見渡しても、誰も立っていない。
フェリドも光球に囲まれ、凌ぐのが精一杯だ。
リーリエを目がけて、ヘケティオの舌先が突き進んで来る。
「誰でもいい! 早く誰か起きんかあぁっ!」
フェリドの焦った声が響くが、誰も立ちあがる事は出来なかった。
「に、逃げなきゃ……!」
リーリエは全速で空に舞う。
しかしヘケティオの舌が足に巻き付き、引きずり降ろされた。
地面に仰向けに落ちたリーリエの目の前に、尖ったヘケティオの舌先が落ちて来る。
ダメだ――!
「うう……! ユーリエ、エイスくん……!」
家族の名を呼んで、リーリエはきつく目を閉じた。
そして――
「…………?」
文字通り死ぬほど痛いはずの痛みが、いつまで経ってもやって来なかった。
「あ、あれ……!?」
リーリエは、不思議に思って恐る恐る目を開けた。
ヘケティオの舌が、リーリエに届く前に止まっていた。
そして、リーリエの前には黒っぽい半透明の姿の人影が。
それは良く知る人物で――
「エイスくん!? ど、どうしてここにいるの!? それに、その体――」
エイスがいきなり目の前にいて、ヘケティオの舌を掴んで止めていたのだ。
「わ、分からないが、いきなりリーリエちゃんの背中から立ち上がった……!」
その瞬間を見ていたらしいレティシアが、そう教えてくれた。
「三つ数える間待ってくれ。説明をする」
半透明の姿のエイスは、表情を変えずにそう言った。
「一」
言いながらネルフィの方にすっと手を翳す。
その身を捕らえていたヘケティオの舌が崩れ落ちた。
「二」
掴んだヘケティオの舌をぐいと引っ張る。
猛スピードでヘケティオの身体が引き寄せられる。
「三」
蛙の顔面に、半透明のエイスの拳が突き刺さる。
「ゲロオォォォォッ!?」
ヘケティオの身体が目にも止まらぬ速さで泉の方に吹っ飛んで行く。
衝撃で水上で何度も跳ねながら、水飛沫を舞い上げて遥か遠くへ。
「わぁ……す、すごい――!」
とリーリエが呟くその時――遥か遠方から、流星のように何かが飛んで来た。
徐々に大きくなる、悲鳴と共に。
「きゃ――ぁぁぁああああああああああぁぁぁぁっ!?」
「ヒ……ヒィィィイイイイイィィィーーーーーンッ!?」
ドォンと音を立てて、その集団は湖畔に着地した。
青年と幼女と八足馬である。
青年が幼女を小脇に八足馬を背負うというとんでもない姿である。
つまりエイスがユーリエだけでなく、ビュービューまで抱えて飛んで来たのである。
本当の緊急時には、ビュービューよりも自分が飛んだ方が早いのだ。
「……うちの娘に手を出したのは誰だ――」
異様に眼光を光らせたエイスが、そう低く呟いた。
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