第66話 小さな本物
ぺたんぺたんと足音を立てて、ヘケティオは悠然と進む。
その前にフェリドが仁王立ちする。
「止まれい化け蛙よ! これ以上はやらせぬぞ!」
ヘケティオは無言で、フェリドに掌を向け、ぴんと指を弾く。
猛烈な爆風が老齢に似合わない頑強な体躯を襲った。
「ふぅうぅんっ!」
フェリドが剣を縦に一閃した威力が爆風を斬り裂いた。
フェリドを避けるように左右に分かれた爆風が、地面に跡を残して通り過ぎて行く。
リジェールが為す術もなく吹き飛ばされた攻撃を、フェリドは無傷で捌いて見せた。
「……今のうちに!」
ネルフィと共に空に滞空していたリーリエは、それを見ながら後方に飛んだ。
「それがいいわね――リーリエちゃんは逃げた方がいいわ。私達が何とかするから、私は降ろしてくれる?」
「ううん、違うの――!」
リーリエは先程地面に叩き付けられたフリットの元に飛び、地面に降りる。
そしてその様子を見る。
貫かれた肩口から大量の血が流れ出している。
強く打った頭からも、多量に出血し、意識が朦朧としているようだ。
「ああ――ひどい……!」
凄惨な傷口を見るのは、やはりまだ怖かった。
だが今は、そんな事を言っている余裕はない。
絶対に目を逸らさない――
そう気を強く持ち、リーリエは治癒魔術を両手の掌それぞれに発動させた。
それをフリットの頭と肩の、それぞれの傷の治療を開始した。
「リーリエちゃん……! 今そんな事しなくても――!」
「だけど今しないと、このおじさんが死んじゃう――!」
「で、でも……!」
仕方のないことだから放っておけと、そう面と向かってはネルフィは言えなかった。
フリットは苦しそうに呻きながら、リーリエを睨んだ。
「おい。俺はお前を狙ってたんだぜ……!? 何考えてんだ……!?」
「わ、分からないけど……おじさんが倒されて、もう一人のおじさんがすごく怒ってたから――」
「あぁん……!?」
「きっと大事な友達なんだって思って。いなくなったら悲しいだろうから……だからこうしなきゃって――」
「けっ……! なんだそりゃガキくせえ――」
「いいもん! 子供なんだもん!」
そう抗弁するリーリエの元に、リジェールが立ち上がりやや足を引きずりながらやって来る。
「感謝する……小さなレディ。我が友を助けてやってくれ――」
リーリエに向けて、深々と頭を下げる。
「リジェール。ふん……おいガキ……!」
「リーリエだよ? ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ返事しないからね?」
この状況でも患者に笑顔で接する事の出来るリーリエに、ネルフィは底知れぬ芯の強さを見た。
小さいけれど、本物だ。この子はきっと、将来治癒術師として大成するだろう。
その輝かしいに違いない未来を――
こんな所でカビの生えそうな過去の遺物にくれてやるわけにはいかない。
「ああ――リーリエな。いいか俺達はエイスと三つしか違わねぇよ、おじさんはやめろ。一応礼は言っといてやる。こんなガキに情けを掛けられるたぁ、俺も落ちぶれたもんだぜ。泣けてくる」
「何偉そうにしてんのよ。リーリエちゃんのおかげで命拾いしたんでしょ、あんた。感謝して悔い改めなさい! もうリーリエちゃんを狙うのは止めなさいよ!?」
「ふん。そうしてやってもいいがな。あのバケモンの前じゃあ、無駄になりかねんぜ?」
「……エイスくんが帰って来てくれたら――」
「しかし、リーリエ殿。あれは力の落ちた今のエイス以上だ。戻って来た所で――」
リーリエ達の視線を受けるヘケティオは、フェリドに向けて指を弾いて生み出す爆風を浴びせ続けていた。
フェリドはそれを剣一本で斬り裂き、受け凌いでいた。
「他のゴミ共より少しは使えるようだケロ」
ヘケティオの目がギラリと眩しく光る。
そうすると、その蛙の顔の前に紅の光の球が生成される。
それが、フェリドに向かって高速で飛翔した。
「見えておるよ――!」
フェリドの剣は光の球を叩き、後方に吹き飛ばして見せた。
それは人のいない市場の方に着弾し――大爆発を起こした。
一瞬、真昼のように周囲が明るくなる。
整備された市場の路面は大きく抉れ、大きな穴が後に残った。
周囲の露店や荷台も一斉に吹っ飛び、跡形もなくなってしまう。
「ぬう――何たる威力か……!」
これが真昼で人が多い時間なら、大惨事になっていたところだ。
ヘケティオの目が再び光る。
フェリドは光の球を先程より慎重に弾く。それは、湖の湖面に当たり大きな水柱を立てた。
フェリドがその動作をしている間に、ヘケティオの目が更に光る。
「ぬう――! 次から次へと――!」
全く溜めが無く、次々に空中に紅い弾が生み出された。
更に更に更に更に。
段々とフェリドが紅い光に囲まれ、守勢一方になってしまう。
あっという間に十では下らない数の光球がフェリドを取り囲んでいたのだ。
その状態で攻撃を貰わずに耐えられるフェリドの実力には、驚嘆すべきものがある。
だがあれほどの大威力の技をこうも矢継ぎ早に繰り出せるとは――
この場の誰の目から見ても、見た事もないような恐ろしい怪物である。
そうやってフェリドを抑え込みつつ、ヘケティオがリーリエ達を向いた。
鞭のようにしなる光る舌が、リーリエに向かって伸びてくる。
「――!」
「うおおおおおっ!」
リーリエとヘケティオの間にリジェールが割り込む。
伸びる舌を剣の腹で受け止め、フリットとリーリエには近づかせまいとする。
だが一人では、押されてしまい受けきれなかった。
「ゴーレム!」
ネルフィのゴーレムが力を貸し、ヘケティオの舌を掴んで振り回そうとする。
だが、全力で魔力を集中させてもヘケティオは一歩たりとも動かせないのだった。
逆にリジェールもゴーレムも、舌の力に押され出してしまう。
「ちいいぃっ!」
フリットが立ち上がり、両手を前に突き出すようにして雷の束を放った。
それがヘケティオの長く伸びた舌の真ん中あたりに突き刺さる。
フリットの全力の甲斐あって、当たった場所には少々の焦げ目が残った。
「待って! まだ動いちゃダメだよ!?」
「いやもう大丈夫だ! さっさとお前は逃げやがれ! ヤツの狙いはお前だぞ!」
フリットはそうリーリエを促した。
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