第65話 古代王国の遺物
「本物の水神様……?」
そうリーリエは呟く。
自分がつけている冒険者バッジと同じ顔をしている。
人間に似た体型の、二本足で歩く蛙という姿である。
背はピートと同じくらいの少年のそれで、頭が大きくある種可愛らしい。
だがその周囲には、異様な空気が渦巻いているのがリーリエにも感じられる。
魔素が震えているのだ。どんな魔術の流れとも違う、見た事のない現象である。
それが、異様な雰囲気、気配となって水神様の周囲を取り巻いていた。
「そんなありがたいものじゃないわよ、あれは――リュックスさんの屋敷や、リーリエちゃんを襲わせたんだから。見た目とは違って、とんでもない化物だわ」
緊迫したネルフィの声を聴きながら、リーリエは水神様の様子を見る。
水が割れて通路のようになった湖底を、座った石の玉座ごと滑るようにして湖岸まで進んで来た。
その速度が目を疑うほど早いので、誰しもが言葉を失って見入っていた。
玉座が陸に上がると、水神様はゆっくりとそこから立ち上がる。
すると玉座だけが物凄い速度で元の場所に戻り、割れた湖も何事も無かったかのようになる。
「何者じゃあ、お主――!」
フェリドが珍しく厳しい顔をしながら、詰問した。
肌で感じたからだ、この怪物の秘めた力を。
「我はヘケティオ――ティルークの破壊神だケロ。長き呪縛は今解かれたケロ。貴様らの贄と、尊き命を奪われし我が子らの怒りによって」
少年のような声に、間の抜けた口調。
それでもその周囲の空気は細かく振動するような、圧倒的な存在感を醸し出していた。
「ティルークですって……!? なら、古代王国の遺物……!」
ティルークとは、超高度の技術を備えた神秘の古代王朝の名だ。
前時代の文明に関しては未だに分かっていない事が多く、その魅力に取りつかれた研究者や冒険者も多い。
ただ、いくつかの王朝が対立関係にあったと考えられている。
そのぶつかり合いによる大破壊で、前時代の高度な文明は滅びてしまったと。
ティルークはその一つだ。
そして現在もここスウェンジー王国に残る、世界七大遺跡の一つ『浮遊城ミリシア』。
これはティルークではなく、ウィンランド王朝のものだと考えられている。
スウェンジー王国は『浮遊城ミリシア』をはじめ、ウィンランド王朝の遺物と思われる痕跡が多く残っている。
つまり、ウィンランド王朝の勢力圏であったと考えられる。
このヘケティオと名乗った魔物がティルーク王朝の生み出した者なら、土地柄で考えると敵対勢力のものという事になる。
「さようだケロ。その昔――ウィンランド破壊を使命とする我はこの地に攻め寄せ、破壊の限りを尽くした後、全く忌々しい事に泉の底に封じられたケロ」
「……」
そしてその姿だけが、起源も分からないまま水神様として伝わっていたのか――
「だが我は死んではおらんケロ。長い時をかけて、少しずつ呪縛を解く力を蓄えて来たケロ」
「白羽の矢を立てて、リュックスさんの屋敷やリーリエちゃんを襲わせたのは、あんたね!?」
「然り。早く力を蓄えるためにな。封じられた我の身で子を産むには時間がかかる上、不完全な我が子はすぐに命を失ってしまうケロが――貴様らに気取られぬよう贄を集めるには逆に好都合だったケロ。あまりにやり過ぎると、馬鹿な貴様らでも感づいて動けぬ我を滅ぼすか、誰も人が寄り付かなくなるかであったケロ」
「……確かにね」
表面に現れた現象のみで言うと、何十年かごとに人がいなくなるという程度だ。
それよりも、もっと他の理由でもっと多くの人が死んだり傷ついたりしている。
だからその現象は流されて、深く追及されずに街の人々の記憶の中から消えていく――
その繰り返しが、今ここに至ったのだ。
「そして見ての通り、我は力を取り戻したケロ。未だに残る呪縛の残滓のせいで、この土地から遠くには動けぬケロが――それも最後の贄を得れば吹き飛ばすことができる」
ヘケティオの視線がリーリエを射抜く。
表情のない蛙の顔は、見た目は怖くも何ともないはずなのだが――
だが怖い、とリーリエは感じた。
感じる視線に込められた異質な気に、息が詰まりそうになる。
「さぁ我にその身を捧げるケロ。そして滅ぼしてくれようケロ、このウィンランドを」
「リーリエちゃんをそんな事のために渡すわけがないでしょ! 大体ウィンランド王朝なんてとっくにこの世から姿を消してるわ! ここはスウェンジー王国なの!」
「知った事ではないケロ。我は我の存在理由を果たすのみケロ。止めたくば殺すか、ティルークの王を呼べ」
「あー話が通じないわね! レティシア! おじいちゃん! こいつから倒すわよ、手伝って!」
「ああ、了解した! こんな古代の破壊兵器など、見過ごしてはおけない――」
「もちろんじゃあ、エルフのお嬢さんや! さぁお主らもいい加減にして力を貸すがいい。今がどういう事態かは分かっておるじゃろう!?」
フェリドはリジェールとフリットに呼び掛けた。
それに、魔術で宙に浮いたままのフリットが反応する。
「フン――言ったろ、この国の事なんざ知ったこっちゃねえってな!」
そして、ヘケティオへと視線を向ける。
「おい蛙! 奴等を潰すまでは組んでやるよ! 何だったらガキはお前に譲ってやってもいいが、後でこっちにも力を貸せ!」
「なるほど恩を売り、エイスにぶつけるか――それも悪くない」
リジェールがフリットの言葉に頷く。
だが――ヘケティオはこう応じた。
「小賢しい蠅だケロ」
フリットに向かって、高速で光が伸びた。
それは、ヘケティオの舌だった。ただの舌ではなく、神々しいまでの水色に輝いているのだ。
それの先端が鞭のようにしなりながら、フリットの肩口に突き刺さり、そして貫いた。
フリットが逃げる間もないくらいの早業だった。
「ぐあああああぁぁぁぁっ!」
フリットの悲鳴が上がる。
「下等生物が我に命令しようとは、身の程を知るがいいケロ」
舌が強くしなり、その反動でフリットの体が投げ出され、湖岸に落ちた。
魔術で姿勢を制御する暇も無く、物凄い勢いで墜落した。
「フリットおぉっ! この化物がっ!」
逆上したリジェールが、ヘケティオに突進して突きを放とうとする。
その前にヘケティオは掌を向けて差し出し、ぴんと指を弾いた。
そのちょっとした動きで猛烈な爆風が発生し、リジェールを弾き飛ばした。
「うおおおおおおおっ!?」
声を上げながら後方に落ちたフリットの近くまで吹っ飛び、地面で体を強打していた。
「さあ、我の血肉となるがいいケロ」
ヘケティオがリーリエに向けて、一歩を踏み出した。
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