第59話 乱入者
身を炎で包むレティシアと対峙したネルフィは、注意深く観察する。
あれは、魔術ではなく技能で生み出した炎だ。
魔術で生み出した炎を身に纏う事は不可能だ。そんなことをしたら自分が燃える。
技能の源は人の持つ気である。
いわば自分の体の一部だ。
それが技能によって炎に変質するから、身を包んでも平気でいられる。
そしてそれを見るに、レティシアは魔術を扱わない純粋な騎士だろう。
ならば――向こうから、勝負手を打ってくるはず。
魔術師と騎士が対峙した場合、持久力に優れるのは魔術師だからだ。
技能の源は自分自身気であって、過度な消費は命をも危うくする。
対して魔術の力の源泉は大気に含まれている魔素であり、近くの魔素が枯渇しない限りいくらでも使える。
多少の体力の消耗はあるが、気を消費する事に比べれば遥かに負担は軽い。
なので、お互いが互角のせめぎ合いをしていれば、まず間違いなくレティシアの方が先に力尽きる。
レティシアは限界を迎える前に、一気にネルフィを押し切ってしまう必要があるのだ。
ネルフィとしては、それを阻害すればいい――
「氷柱舞!」
氷柱をまき散らす魔術で、指向性は無いので乱戦向きだ。
だが、炎に包まれたレティシアには氷が触れても溶けてしまい、効果が無い。
しかしそれで構わない。この魔術は一度で大量の氷を生める。
「ゴーレム!」
更に五体の氷のゴーレムを生成。
ゴーレムの性能や、一度に操る事のできる数は術者の能力に依存するが、ネルフィにとってはまだ上限ではない。
三体をレティシアの囲みに追加。二体を自分の側につけて防御を固める。
その間、レティシアも何もしていないわけではない。
「はあああぁぁぁ――」
気孔節に意識を集中。気を振り絞り、身を覆う炎をどんどん強めた。
火勢が強まり、天井に届きそうな程の火柱となって行く。
そしてそれを、自身の右手と握る剣に収束させて行く。
高め、凝縮して、一気に爆発させるための流れだ。
最大の攻撃を撃つために、多少の時間を必要とするのが玉に瑕ではあるが――
一旦整えてしまえば、多少防御を固められた所で問題ない。
それごと打ち破る――!
技能は持久力で魔術に劣るが、その分一撃の爆発力では上回っている。
自分の体の一部である気を使うため、一気に注ぎ込んだり、逆に弱めたりと言う強弱が比較的つけやすいのだ。
「行くぞっ! ネルフィリア!」
「来なさいっ! レティシア!」
レティシアは、紅蓮の炎を纏った剣を強く床に突き立てた。
「喰らうがいいっ!」
ネルフィの目には、床がひび割れるようにして、放射状に紅い炎の筋が走るのが見えた。
その直後、凄まじい轟音と共に猛烈に炎が吹き上がった。
目の前が、視界の全てが一瞬で真っ赤になった。それだけ炎の勢いがとてつもないのだ。
「凌ぐっ――!」
リーリエにもかけてある防御結界を自分に張り、更にゴーレムに自分を抱えさせて防御の姿勢を。
だがレティシアの放った炎の一撃は全てのゴーレムを一瞬で溶かし、更にネルフィの防御結界をも貫いた。
「……このおおおぉぉっ――!」
結界に穴が開き、身を焦がす炎の熱を一瞬感じた――
だが幸い、そこで食い止める事が出来た。
このままならば、軽度の火傷で――
と思った瞬間――
「爆ぜろっ!」
レティシアの一声に、吹き上がった炎が一斉に爆ぜて衝撃を生んだ。
炎を噴き上げ、最後にはそれが爆ぜるという技能だったのだ。
ネルフィの軽い体は弾き飛ばされ、焼け焦げた壁で強く背中を打った。
「かはっ……! うぅぅ――はぁ、はぁ……」
背を打ち付けた際、一瞬ネルフィの意識は断絶していた。
それが証拠に、防御結界に包んで土のゴーレムに抱えさせていたリーリエの結界が解けてしまっていた。
階段の上の踊り場にいるゴーレムが彼女を取り落とし、床に落ちてしまった。
「いたあっ!?」
鼻をぶつけて、リーリエが飛び起きた。
「「リーリエちゃん!」」
ネルフィもレティシアも同時にリーリエの名を呼んだ。
ネルフィはレティシアの大技を受けた衝撃ですぐには動けない。
対してレティシアも、それまでのダメージと大技による気の消費ですぐには動けない。
「あれ……? ネルフィお姉ちゃん、あ! レティシアお姉ちゃんも!」
「すぐに逃げて! こいつがリーリエちゃんを……!」
「逃げなさい! この者はあなたを拉致しようと……!」
と、全く同じ趣旨の事を口走り、二人は顔を見合わせる。
「「はぁ!?」」
「二人ともどうしたの? あ、怪我してるの!?」
「いいから早く逃げて!」
「話は後で! 早く逃げなさい!」
二人は再び立ち上がり、戦闘姿勢を取る。
ただならぬ空気を感じたリーリエは、大声で制止した。
「ダメ―! 何で二人が戦うの!? 二人ともいい人なのに!」
と言われてしまうと自分からは仕掛けられず、ただ対峙するのみになるが――
二人は内心、同じことを思っていた。
勘違い――? お互いにリーリエを守ろうとしただけなのか?
だが、そんな偶然があり得るのだろうか?
だとしたら向こうは何からリーリエを守ろうとしている?
やはり、リーリエを狙いに来た敵だと考えるのが自然なのだが――?
「と、とにかく怪我を治すから――!」
リーリエが階段を下ろうとした時――
バリィィィン!
そのちょうど頭上にあった窓が割れた。
何かが飛び込んで来たのだ――
その姿は、仮面に白い外套の怪しいいでたちだった。三又の鉾も携えている。
「な――!? 水神様の従者!?」
ネルフィは声を上げる。
話に聞いていた賊の姿が、今ここで現れたのだ。
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