第57話 対戦
不幸な事に、白羽の矢を立てた賊を待ち受けるネルフィの元に、リーリエを守るべくリジェールとフリットの元を脱出したレティシアが飛び込んで来た――
ネルフィから見て、レティシアの存在はリーリエを狙った襲撃以外の何物でもない。
恐らくは、アクスベル王国がエイスに放った追手、刺客なのだろう。
先のリュックス邸の惨劇も、彼女等の仕業。
この街で信じられている迷信を隠れ蓑にし、アクスベルの手の者の犯行であることを覆い隠したいのだろう。外国でこんな事をすれば、国際問題になりかねない。そのための偽装だ。
本命はエイスと双子の娘で、その前段階のリュックスは完全に無駄死にだ。
ネルフィはそう判断した。その所業はとても許せるものではない。
レティシアから見れば、リジェールやフリットと通じたネルフィがリーリエを拉致しているようにしか見えない。ただでさえ、この地の領主である貴族はリジェール達に協力しているのだ。
スウェンジーの将軍であるネルフィもそれに加担しているとみるのが自然だ。
むしろそれ以外の理由でスウェンジーの将軍ともあろう者がここにいるのは不自然だ。
リーリエは眠った状態で結界に包まれ、ネルフィのゴーレムが抱えている。
結界が外部の音を遮断するので、すやすやと眠り続けていた。
「その娘をどうするつもりだ!?」
レティシアがネルフィに剣の切っ先を向ける。
「どうもこうも――あんたみたいな狼藉物から守るってだけね!」
「馬鹿を言うな――! ならばこの手で取り返す――!」
ネルフィはリーリエを守りつつ賊を捕らえるために必死だった。
レティシアもリジェールやフリットの手からリーリエを守ろうと必死だった。
自分の判断に疑問を持たなかった。持てる余裕がなかったと言っていい。
そして、リーリエが眠っているため止める者もおらず――
やるしかない――と。覚悟を決めた。
「覚悟ッ!」
「させるもんですか!」
レティシアがネルフィに向け走り出すのと、ネルフィが魔術の氷槍を放つのはほぼ同時だった。
レティシアの眼前に氷槍が迫るが――
純粋な剣の腕のみで言えばエイスにも匹敵するレティシアにとっては、見切るのはそう難しくはない。切り払いと、身を捻る最小限の動きとで、前進する勢いを保ったまますり抜けた。
対魔術師の場合、接近戦に持ち込みさえすれば、絶対的に自分が有利。
増幅した身体能力で武器の打ち合いを制し、あっと言う間に切り伏せられる。
リジェールやフリットが追い付いて来るかも知れず、時間もない。
だからレティシアは一気に勝負を決するべく、真っすぐネルフィに接近した。
ネルフィは氷槍を躱すレティシアの身のこなしに、一瞬驚きの表情を浮かべた。
だが、そこまで焦りや恐怖を覚えているという様子ではない。
冷静に自分の持っている杖を構え、迎え撃つ姿勢だ。
いい度胸だ。仮にも剣姫の異名を取るこの自分と切り結ぼうとは――!
「てえぇぇぇいッ!」
レティシアは剣の間合いに踏み込むと、渾身の力を込めた袈裟切りを放つ。
だがその斬撃は――ネルフィに触れる前に空中で止まった。
何か弾力のある固い手触りで、剣閃が弾かれてしまったのだ。
その瞬間、ネルフィと自分を隔てるように、半透明の光る盾が出現していた。
「!?」
「跳ね返してっ!」
次の瞬間、レティシアに向け虚空から鋭い斬撃が襲い掛かって来ていた。
「っ!?」
かろうじて反応し、身を躱したが肩口を浅く切られて服が破れる、肩の肌が露出していた。
レティシアは一度飛び退って、ネルフィから大きく間合いを取った。
「何だ今のは――! あれはまるで私の……!」
そう、あの鋭さは自分の剣の一撃に他ならない。
相手はこちらの攻撃を跳ね返す魔術を――?
という事は――
「境界と盾の神デューセルの反射鏡盾か……!」
「そういう事よ!」
境界と盾の神デューセルの魔術である反射鏡盾は、斬撃や刺突等の物理的な衝撃を受け止め、反射する効果がある。
騎士と魔術師の戦いは、基本的には接近戦に持ち込めば騎士側が有利に立つ。
が、この反射鏡盾を持つ相手は例外だ。
騎士側が繰り出した武器による攻撃が反射され、自滅してしまう。
この魔術を持つ魔術師は、騎士殺し戦士殺しとして名高い。
封魔の煙霧等を使うか、虚を突いて反射鏡盾を使わせずに倒すか、いずれにせよ騎士殺しの名は伊達ではなく、騎士側としては下手に対抗せず逃げる事が推奨される相手である。
「なるほど、相手にとって不足はない……!」
レティシアにとっては、確かに手ごわいが、まだ諦めるような話ではない。
騎士殺しというのも、それは一般論。武器による攻撃しかできない騎士を指しての話だ。
自分は――それだけではない。
まだ怒りと炎の神イーブリスの守護紋の力があるのだ。
レティシアは不敵な笑みを浮かべた――
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