第3話 続・家族会議
「ええええ~! エイスくん、きしだんちょーをやめちゃうの? お友達もみんな格好いいって言ってたんだよぉ?」
「エイス君……あ、あたしたちのせいで……?」
俺は静かに首を振る。
「いや、君達のせいじゃない。今回の事はきっかけに過ぎないんだ。正直言えば、元々騎士団長なんて辞めたかったんだ、俺は」
騎士団長は激務だ。この娘達と一緒にいる時間が充分に取れない。
この天使達を引き取る前は、別に騎士団長であることに不満は無かったが――
だからと言って、特に自分が望んだ役職でもない。
譲られて、周囲が俺にそれを望むから、白竜牙騎士団長をこなしていただけ。
他にやりたい事があるわけでもないうちは、それで問題ない。
だが今は別。務めに忙殺されて、最もやりたい事が出来ないなど、本末転倒だ。
俺は家族の時間が十分に欲しいのだ。
騎士団長でなくなった所で、生活に困るわけでもない。
既に家族全員が一生遊んで暮らせる金は、余裕で持っている。
それでも余る分は、恵まれない子供達のために付近の教会兼孤児院のような場所に寄付しているが、それでもまだまだ貯蓄は増えている。
生活のために働く必要も無いなら、続ける意味は無い。
名声や、あるいは純粋に国のため――などという騎士道精神は俺には無い。
国とそこに住む国民と、リーリエとユーリエのどちらが大事かと言われれば、何の迷いも無く後者だ。リーリエとユーリエのためなら国などどうでもいい。
だから、俺は本当は、騎士団長を辞めたかったのだ。
それが今度の事ではっきりと分かった。
辞めて国を出てしまえば、俺は自由だ。
好きなだけこの娘達と一緒にいる事が出来る。
親子水入らずと言うやつだ。なんて素晴らしい事だろうか。
今までやりたくてもできなかった事を、実行に移してやろう。
「二人とも聞いてくれ。俺は騎士を辞めたら、どうしてもやりたい事があった」
「やりたい事? それはなあに?」
「教えて、エイス君?」
「家族旅行だ」
「「家族――旅行?」」
娘達の声が揃った。
「ああ。これまで忙しくて、遠い所には連れて行ってあげられなかったからな。リーリエもユーリエも『浮遊城ミリシア』を見たいと言っていただろう? まずはミリシアを見に行くのも悪くないな」
『浮遊城ミリシア』は、世界七大遺跡の一つと呼ばれる古代王国の遺跡だ。
普段は高空を彷徨っているが、年に一度だけアクスベル王国の隣国スウェンジーの領内に降りて来て停泊する。
なぜそのような動きをしているのかは解明されていないが、降りて来た浮遊城は知る人ぞ知る観光名所なのだ。
城の外縁部にある『水晶の花園』が特に美しいと評判で、絵本でそれを見たリーリエとユーリエは、実物を凄く見たがっていた。
「わあぁぁぁ~! 行ってみたいなあ!」
「うん。『水晶の花園』を見てみたい!」
二人とも興味を持ったみたいである。
「それだけじゃないさ。二人が行きたい所には全部行って、やりたい事も全部やる。そうやって色々な所を回って、気に入った所があればそこに住めばいい」
もし無ければ、またほとぼりが冷めた頃に、ここに戻って来てもいいかも知れない。
二人にとって一生の思い出になるような、素晴らしい家族旅行をしてみたいのだ。
「さあ二人とも、どこに行きたい? 何がしたい? 俺がどこでも連れて行って、何でもやらせてあげるからな」
俺が頭を撫でながら言うと、二人の眼がキラキラし始める。
わくわくしているな。それでいい。子供はこうでないと。
その輝く瞳で色々なものを見て欲しいのだ。
そして同じものを、側にいる俺に感じさせて欲しい。
俺は一人では無感動、無感情な人間らしい。
花を綺麗と思った事も無いし、動物を可愛いと思った事も無い。
世界の色は基本的に灰色に見えていた。
あまり興味を惹かれるようなものも無かった。
だがこの子達と一緒にいて、この子達が花を綺麗だと喜んでいれば本当にそう思える。
動物に対してもそうだった。
何故かは分からないが、この子達を介してなら、俺にも世界は輝いて見えるのだ。
「わたしやっぱりミリシアを見てみたい~! あとね、冒険者ギルドに行ってね、かっこいい冒険者になるの!」
「あたしはミリシアと、あと『聖女ミルナーシャ』様みたいに、困ってる人をいっぱい助けてあげたい!」
「あ、わたしも~! 『聖女ミルナーシャ』様みたいになるー!」
『聖女ミルナーシャ』は、かつて世界の各地を巡り行く先々で人々を救ったという言い伝えを持つ聖人だ。
歴史上最も有名な治癒術師と言えるだろう。
今も彼女の伝説は様々な文献で伝えられており、エイミー姉さんと同じく治癒術師の才能を持つ二人は、『聖女ミルナーシャ』に憧れているのだ。
「ミルナーシャ様も冒険者ギルドに入ってたんだよ! だからわたしも入りたいんだ!」
「じゃあ、あたしも!」
冒険者ギルドか――俺も八歳の頃には入っていたが……
いやしかし、さすがにあまり危険な事はして欲しくはないが――
だが俺が付いていれば問題ない……?
「それからね、あたしは樹上都市バアラックにも行って見たい!」
「あっ! 気の上におうちがあるんだよね!」
リーリエが尋ねると、ユーリエはこくんと頷く。
「うん。そこに世界で一番凄い魔術の学校があるんだよ。ミルナーシャ様も入ってたの」
「じゃあわたしも入ろ!」
「うんあたしも!」
『樹上都市バアラック』も世界七大遺跡の一つだ。
七大遺跡を全部巡ってみるのも悪くないかも知れないな。
これからは俺は自由なのだから。もうどこでも好きな所に行ける。
とにかく賑やかで結構だ。もう先程までの暗い顔は忘れたようである。
そうやってキラキラ輝く未来を見る目を、ずっと忘れないでいて欲しいものだ。
「じゃあさっそく明日から出かけよう。今日はこれから旅行の準備をしようか」
「「は~い!」」
手を挙げて、大きく頷く娘達。
こうなってしまった以上、早く王都を出た方がいいのは間違いない。
明日、国王陛下に謝罪と暇乞いに行き、その足で出立しようと思う。
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