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第54話 フェリド・レンハート

 アクスベル王国から派遣された使者団は、スウェンジーとの国境を越え、エイスが逗留するレイクヴィルの街の間近に到達していた。

 時刻は夕刻、空の茜色が深くなり、夜の帳を迎えるのも間近と言った所だ。

 それを率いるアクスベル王国近衛騎士長リジェールと、同じく青竜牙騎士団長フリットは、街の姿を遠目に見ながら話し合っていた。


「報告によると、マグナス侯爵の配下の騎士がエイスを街の外に連れ出す事に成功したようだ。今エイスは街から離れている」

「ああ――で、ヤツの連れてったガキが一匹街に残ってるんだな?」

「そういう事だ。それを捕らえ、エイスへの人質とする」

「……欲を言えばよ。ヤツが弱くなってるってんなら、人質なんぞ取らねえで真っ向から叩き潰してやりてえんだがな。その方がスカッとするぜ」

「念には念さ、フリットよ。真っ向叩き潰せるならばよし、難しいなら人質を使えばいい」

「よし――それだな」

「だが、これは覚えておくのだぞ。我らは失敗するわけにはいかん。エイスを討つ事ができれば、それはまたとない我らの実力の証明となる。白竜牙の長やヒルデガルド姫を得る権利を得たとも言えよう」


 エイスを倒す事ができる。それはすなわちエイスに匹敵する能力がある事の証明だ。

 そうすればアルバート国王もその者を無視できない。

 実力的に見て、白竜牙騎士団長や筆頭聖騎士の位が与えられるだろう。

 エイスを討つ理由付けなど何でもいい。

 交渉に行った所、向こうが襲ってきたと言い張ってもいい。

 レティシアがエイスに討たれたため報復したと言ってもいい。

 そのためにレティシアは捕えてある。

 過程は重要ではない。エイスを討ったという事実があればそれが勲章となる。

 エイスを失ったアクスベル王国にとって、それに匹敵する能力を持つ者の出現は願ってもない事なのだから。


 アルバート王は清濁併せ呑む器量を持った王である。

 能力の証明を立てれば、多少の清濁の濁の部分に目を瞑り、その者を使おうとするだろう。

 リジェールやフリット自身、別にアルバート国王への叛意は無い。

 白竜牙騎士団長やヒルデガルド姫を与えられれば、喜んで忠誠を尽くすつもりでもある。

 リジェールやフリットにとってエイスは自分達の人生に立ち塞がる壁であり、どうしても目障りな存在なのだ。

 エイスを倒さないと、自分達の望む未来は得られないと、ずっと感じて来た。

 エイスを打ち倒すのは、二人にとっての宿願である。

 だからどうしても、どんな手を使っても目に物を見せてやりたいのだ。


「わかってるぜ、どっちが白竜牙騎士団長になって姫を娶る事になっても、恨みっこ無しだからな?」

「ああ勿論だ。我らの栄転はお互いの家名や、我々の子飼いの部下のためにもなる。彼等のためにも失敗は許されん」

「そうだな。で――ガキはどこにいるんだ?」

「冒険者ギルドに出入りしているそうだ。ギルドかもしくは、奴らが滞在している宿だな。場所は割れている『銀鹿亭』という宿の三階の部屋だ」


 ――その話し声がかすかに聞こえる所に、レティシアはいた。

 轡を並べる彼等の後ろに付く馬車の中だ。

 幌付きの荷台の中に置かれた檻の中に押し込められていた。

 檻の背は低く、立つ事も出来ない。

 レティシアは後ろ手に縛られ猿轡を噛まされた状態で、転がされていたのだった。

 これは特殊な檻で、入れられると魔術や技能(アーツ)を封じられてしまう。

 レティシアが自力で脱出するのは不可能だった。


 エイスの助けになるために同行を申し出たのに、何という醜態だろう。

 こんな事では――自分はエイスを慕う権利などないではないか。

 例え隣に置いて貰ったとしても、必要な時に役立つ事ができないのだから。

 情けなさと悔しさで、レティシアは先程から何度か、声も無く涙を流していた。

 それが檻の底面の木に染みて、円を作っていた。


 そんな中で――

 外で大きな爆発音がした。

 驚いた馬が大きく嘶いている。振り落とされて落馬したか、誰かの悲鳴も聞こえた。

 使者団は二十にも満たない小勢だが、それでもあちこちから狼狽が伝わってくる。

 土煙がもうもうとし、それが馬車の中にまで入ってきて視界が悪くなった。


「うろたえるな! 落ち着け!」

「虚仮脅しにすぎん! よく周りを見ろ!」


 リジェールとフリットは落ち着いて周囲に呼び掛けていた。

 その混乱の中で、誰かがスッとレティシアのいる幌の中に入って来た。

 その人物は檻に顔を近づけて――


「おうおう。ようやく見つけたわい」


 皺の多い顔を、ニッと笑顔にした。

 白髪に白髭の老人だが、体つきは逞しく若々しい。

 年齢を重ねているのに、少年のような愛嬌に満ちた眼差しをしているのが印象的だ。

 まるで悪戯っ子がそのまま年を取ったような、そんな雰囲気である。

 レティシアにとっては、見慣れた親しい人の顔だ。

 先代の白竜牙騎士団長――フェリド・レンハート。レティシアの祖父である。


「お、御爺様……!」

「おー可愛いレティシアや。大丈夫だったかの? 連絡が途切れたもんで、心配して探しておったぞ。さぁさすぐに出してやるからのう」


 天の助けだ。フェリドに密かに付いて来て貰って良かった。

 そしてヒルデガルド姫にも感謝しなければならない。

 彼女の申し出が無ければ、フェリドに付いて来て貰う事も無かっただろう。


「じっとしておれ。動くでないぞ――」


 と、フェリドは腰の剣で居合を構える。


「ふぬうううぅぅぅ!」


 恐ろしく鋭い剣閃が檻の上部を丸々切り飛ばし、それだけで無く馬車の幌も斬り裂いた。

 斬られた幌は外に落ち、レティシアとフェリドの姿は完全に外に露出していた。


「むうぅ――賊か……!」

「ぬっ……! 何だぁ!?」


 リジェールとフリットが声を上げる。


「ありがとうございます! ですが御爺様、やり過ぎです――! 完全に見つかって……!」


 フェリドによって縛めを解かれると、レティシアは開口一番そう言った。

 できれば、密かに脱出できるものならしたかったのだ。


「フハハハハハ! なぁに構わんよ! やぁやぁ音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは先の白竜牙騎士団長にして、今は単なる隠居老人! フェリド・レンハートなるぞ! か弱き老人を虐げる事に良心の呵責を感じぬのならば、かかってくるがいい!」


 フェリドはまるで隠れる気が無く、大声で名乗りまで上げる始末だった。

 エイスとは別方向に、この祖父も型破りなのだった。

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