第53話 次の矢
「どういう事かね? ピート君」
と、タラップがその場に姿を現して聞いた。
ちょうどリーリエ達の様子を見に来る時に、話が聞こえたようだ。
「親父は俺を庇ってあの怪我をしたんだ……俺さえヘマしてなきゃ、あんな事には――」
「どういう状況だったの?」
と、ネルフィに促されて、ピートはポツリポツリと話し出す。
そもそもロマークやピートがこの屋敷にいたのは、主である大商人リュックスの孫娘が賊に狙われているため、身辺警護をするという依頼を受けたからだった。
発端は、水神様の生贄に選ばれた事を示す白羽の矢が屋敷に立っていた事なのだそうだ。
迷信深い者は今でも何十年おきだかに水神様が目覚め、生贄を選んで白羽の矢を立てると信じているそうなのだが――
そんな風習は廃れて久しく、正直言って眉唾だ。
ただ、リュックスはその迷信深い者のうちの一人である。
だから大慌てでギルドに依頼を持ち込み、大量の冒険者を集めたのだ。
依頼を受けた冒険者達は、誰かの質の悪い悪戯だろうと思いつつ、どうせ何も起きないのだから、楽にいい報酬が得られるだろうと見込んでいた。
だが――この日の真夜中の事である。
屋敷に侵入者が現れたのだ。
ピートが見たその姿は、顔全部を覆う仮面に白い外套に包まれた異様なものだった。
だがその姿にピートは見覚えがあった。
水神様の祭りでよく見る、水神様の従者の姿だったのだ。
蛙頭を持つ人型の水神様は、馬ではなくスライムに騎乗し、仮面に白い外套の従者を引き連れているのだ。
だからその姿を見た時、ピートは一瞬警戒したが誰かが仮装した悪戯だと思った。
しかし、そうではなかった。
白い外套の従者は、ピートが声をかけると持っていた槍で三又の鉾で襲い掛かって来た。
その力はピートには圧倒的だった。あっという間に追い詰められて、殺されかけた。
地面に這いつくばって気絶しかけたピートに三又の鉾が突き立てられようとした時――
ロマークが飛び込んできて、身を挺してピートを庇った。
三又の鉾は、ロマークの右の肩に深々と突き抜けた。
恐ろしい怪力だった。
賊が引き抜こうと鉾をねじると、そのまま右腕がねじ切れてしまう程に。
そのままでは二人とも確実に殺されていたが――
幸い現場は水上部分に突き出た、建物と建物を結ぶ桟橋だった。
ロマークが力を振り絞ってピートごと水中に飛び込むと、賊はそれ以上追ってこなかった。
そこでピートは気を失い、気が付いたらネルフィのゴーレムに救助されていたのだった。
「……水神様の従者の姿の賊だって――!? この間昇級試験に現れたスライムといい、ま、まさか本当に迷信が本当だと……!?」
「……そんな! だ、だとしたらリュックスさんのお孫さんは生贄として連れ去られて――?」
「ああ……そうかも知れない、探したが姿が無いんだ。リュックスさんの遺体は見つかったんだが――」
ネルフィとタラップの会話は、いつの間にか受付嬢とギルドマスターの関係に戻っていた。
だがそれを今言っている場合ではないだろう。
「今までも、そうだったのかも知れない――今回はたまたまリュックスさんのお孫さんだから、こんな目に見える大騒ぎになったが……」
「……何十年かごとに人がいなくなる程度ですもんね。普通の家ならこんなに警護はいないし、強盗か何かと思われて――」
「ああ。ずっと見えなかっただけなのかもしれない――」
「……もしそうなら、お祭りなんてやってる場合じゃなくないですか!?」
「言って信じて貰えるかは分からないが――呼びかけだけはしてみよう。それと、敵の正体を暴いて、捕らえるなり倒すなりする手段を考えないと」
「そうですね。そっちの方が早いかも知れないわ」
「もし白羽の矢が立った家があれば、そこに人を集めて待ち伏せよう。今度は十分な戦力を用意して」
「そうですね。エイスさんが街にいてくれてよかったですね。エイスさんなら、倒せない相手なんていないだろうし」
「だが依頼に出て行ったままだ。使いを出して、急いで戻って来て貰おう!」
「それがいいですね――それから、白羽の矢が立った場所の情報が分かるようにしないと……」
「そのあたりの段取りは任せてくれ。すぐに動きはじめよう」
打ち合わせを終えると、タラップは慌ただしくその場から去って行った。
リーリエは話を聞きながら、ピートの怪我の治療を開始していた。
それが終わって、ピートの怪我は完全に癒えていた。
「もう大丈夫だ。ありがとう。じゃあ俺、親父に付いてるから――」
ピートもその場を出て行く。
リーリエは残って、ネルフィと共に治療を続けた。
それが終わった頃にはもう、太陽が昇って朝になっていた。
夜中に起こされてこれまで起きていたリーリエは、さすがに眠気に襲われてしまった。
「リーリエちゃん、お疲れ様。私が宿に連れて帰ってあげるから、眠ってて大丈夫よ?」
「うん――ありがとう……」
リーリエはネルフィの用意した敷物の上で眠ってしまった。
ネルフィはその場が一段落着くとリーリエを抱きかかえて馬車に連れて行き、宿へと連れ帰った。
そして――リーリエを背負って馬車を降りた所で、宿の軒先に人が集まっているのを見た。
「どうしたの? 何かありましたか?」
宿の主人に尋ねてみると――
「ああ、いやあれがね――誰かの悪戯だろうけどさ」
「!?」
それは、軒先に突き立った白羽の矢だった。
「教えて! ご家族や、宿のお客さんにこの子くらいの娘さんはいる!? もうちょっと上の女の子は?」
「いや、この娘さん双子だろ確か? この子達しかいないよ。他はみんな女でも大人だよ」
宿の主人はそう応じた。
「……飛んで火にいる夏の虫ね。私がいて、この子に手出しさせるもんですか……!」
スウェンジー王国が他国に誇る、魔道将軍ネルフィリア・リノスの名にかけて――
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