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第52話 修羅場の中で

 ゴーレムが運んで来たのは、リーリエもお世話になっている気のいいおじさんの冒険者だった。

 こんな所にいたなんて――

 そういえば、この館の依頼(クエスト)の事をギルドでエイスと話していた――

 その事をリーリエは思い出していた。

 ゴーレムが間近にやって来ると、ロマークの負傷の具合がはっきりと分かる。


「……!」


 かなりの重傷だった――右の肩から先が無いのだ。

 強い力で引きちぎられた様な、不揃いな肉の断面から、血がとめどなく流れ出していた。


「おじさん! ひ、ひどい……!」


 リーリエはこんな重傷を負った人間を見るのは初めてだった。

 今までは平時における人の怪我の治療しかした事が無かったのだ。

 二人に治癒魔術を教えた母エイミーも、そしてエイスも、このような凄惨な場面は避けさせていたのだ。

 リーリエやユーリエの年齢を考えれば、当然の事だとも言える。


「ううぅ……! 双子ちゃんかい……? こんなとこにいちゃいけねえ、早く逃げろ……!」


 意識が朦朧としているのか、ロマークはうわ言のようにそう言うと、そのまま目を閉じてしまった。


「お、おじさんっ……!」

「大丈夫よ、息はある! 気絶してるだけだから。さぁリーリエちゃん、治癒魔術をお願い――!」

「う、うん……!」


 リーリエは治癒魔術を発動させ、癒しの光を掌の中に生み出した。

 それをロマークの傷に翳そうとしたが――


「あ、待ってリーリエちゃん! こっちが優先だわ、こっちに!」

「えっ……!?」


 別のゴーレムが更に負傷者を運んで来ていた。

 喉を深く刺し貫かれていて、大量の血で体を汚しながらヒューヒューとかろうじて息をしている――

 そんな状態だった。確かにロマークよりも重傷で、一刻の猶予も無いだろう。

 ゴーレムへの命令は、まだ息のある怪我人を運んでくることだ。

 彼等は忠実に命令をこなすのみ。

 余りに見た目が衝撃的な怪我人は連れて来ないなどと言う配慮は無いし、そんな事をしていたら、この緊急時には何の意味も無い。

 だがその傷の凄惨さに、リーリエは思わず目を逸らしてしまう。


「ううう……っ!」

「リーリエちゃん、目を閉じても治癒魔術は出来る?」

「う、うん……」

「だったら目を閉じてていいから、魔術だけお願いできるかな? あとは私とゴーレムでやるからね」


 ネルフィが優しくそう言ってくれるので、リーリエも少し落ちく事ができた。

 言葉に甘えて目を閉じて、治癒魔術の維持に努めた。

 どこに光を翳すかは、ネルフィが手を取って導いてくれた。

 リーリエ一人では、余りの惨状に動揺して上手く魔術が扱えたかすらも怪しい。

 まして、怪我人の状況を適切に判断して優先度をつける事など出来るはずが無かった。

 その判断違いで誰かが命を落とすことだってあり得る、命の選別なのだ。

 それを毅然とこなしているネルフィは凄い、と内心尊敬しつつ、リーリエは魔術に注力した。


「いいわ――これなら助かる……! やっぱり治癒魔術って凄いわね」

「おおお――よかった……!」

「タラップ、あなたは見てないで治療が終わった人を寝かせる場所を確保して」

「おおそうですな! わかりました、ただちに――!」


 目を閉じているので表情は見えないが、やはりネルフィの方が威厳がある感じである。


「じゃあ次に行くわね、リーリエちゃん」

「うん――」


 ネルフィに導かれるまま、リーリエは怪我人の治療を続けて行った。

 次、次、とネルフィは指示を出してくれるが、時折しばらく沈黙が続く時もあった。

 その意味は――聞かない方がいいのだろう。

 ネルフィが何も言わないのは、そういう事だ。


 それからどれくらい、経っただろうか――

 タラップが呼んで来た応援のギルド職員や冒険者も到着し、慌ただしく周囲に人が動くようになって来た。

 そんな中で、リーリエはかなり疲労感を覚えて来た。

 魔術は大気中の魔素(マナ)を並び替える事によって発動する。

 理論上は魔素(マナ)が尽きなければ魔術自体はいくらでも発動できるのだが、魔孔節(マナ・ノード)を通じて魔素(マナ)に干渉する行為は、人体にとってそれなりに体力を消耗するのだ。

 とは言っても気孔節(プラーナ・ノード)から(プラーナ)を放出するよりも、負担はずっと軽いが。

 (プラーナ)は人体そのものが持つ生命の力であるため、過度に失うと命にも関わる。


「リーリエちゃん。もう重症の人はいないから、目も開けて大丈夫よ」

「うん。分かった」


 目を開けると、髪の色が栗色に戻ったネルフィがこちらを見つめていた。

 いつの間にかリーリエ達がいる場所には幕が張られ、野戦病院のようになっていた。


「本当にありがとうね。おかげで何人も命拾いしたわ」

「ううん。こっちこそありがとう」

「え? 何が?」

「わたし一人じゃ、ちゃんとできなかったと思うから……お姉ちゃんのおかげだよ、ありがとう」

「……リーリエちゃんは、いい子ね。エイスさんの気持ちがちょっと分かるわよ」


 抱きしめられて、ぐりぐりと頭を撫でられた。


「あははは……ねえまだ怪我してる人がいるんでしょ?」

「焦らなくても比較的軽症だし、少し休憩していいわよ?」

「ううん、全員終わるまで頑張る」

「分かったわ、ありがとう。じゃあ次の人!」


 そして天幕に入って来たのは――またリーリエも見知った顔だった。


「ピートくん!」


 そうなのだ。ロマークがいたのだからピートがいても不思議ではない。

 ピートの姿が見えなかったのは、リーリエも不安だった。

 見た所、怪我は肘に少々斬り傷を負った程度のようだ。


「よかった、無事だったんだね!」


 誰が命を失うのも見たくはないが、一緒に昇級試験を頑張った友達がそうなるなんて、絶対に嫌だ。

 ピートの顔を見て、リーリエは物凄くほっとした。


「ああ。ありがとな、おかげで親父も助かったぜ」


 そう言いつつも、ピートの顔は暗い。

 当然だろう、ロマークは右腕を失う重症だったのだ。

 命は助かったとしても、失った腕が戻るわけではないのだ。


「ごめんね、ピートくん」

「え? 何がだよ?」

「わたしじゃあ、無くなった腕を戻したりは出来ないから……」


 ユーリエと二人で協力すれば、プリズムツヅミの綿毛の再生くらいは出来るのだが――

 人の体の一部を――などというのはとても無理だった。

 だがユーリエ曰く、いずれはそういう事も出来るようになるかもしれない、とリーリエは聞いていた。

 そのいずれが、今この時でなかったことが悔しいのだ。

 助けてあげたいのに――必要なはずなのに――そう思えた。


「リーリエちゃん、そんなの誰だってムリよ。聞いた事ないもの」

「そうだぜ、命が助かっただけで十分だ。お前は何も悪くない。悪いのは俺だ――」


 ピートは俯いてそう言った。

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