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第51話 リュックス邸の惨劇

 大商人リュックスの屋敷は、港からは少し外れたエスタ湖のすぐ側にあった。

 すぐ側と言うよりは、半分は湖に突き出したようになっていて、大人は美しい湖を眺めながらのんびりと時を過ごせるし、子供は思い立ったらすぐ泳いで遊べるという、老若男女に魅力的な造りになっていた。

 だがそれも――平時の話だ。

 月が水面に映し出される幻想的な光景の上には、地獄絵図が展開されていた。

 むせ返るような血の匂いに、あちこちから聞こえる苦悶の声。

 リーリエはこんなにも恐ろしい光景を見た事が無かった。

 館の前に立ったものの、恐ろしくてその先を踏み出せない。


「な、何よこれ――まるで戦の後じゃないの……!」

「た、大変だ……! おい君、大丈夫か――!」


 タラップは門の所に蹲っている冒険者風の男に近づいて揺さぶった。

 リーリエも治癒魔術を詠唱しながら、意を決してそちらに近づく――


「だ、ダメだリーリエちゃん! 来るんじゃない!」


 が、タラップに鋭く制止される。

 男は既に絶命していたのだ。喉笛を何かに強烈に突き抜かれて、首が取れてしまいそうな程だった。

 タラップ自身も吐き気を催すような凄惨な遺体だが、こんなものを子供に見せてはいけないと働いた理性が、かろうじてそれを抑えていた。


「ダメよ……こんなの――」


 そこらに転がっている人間が、怪我人なのか死体なのかも分らない。

 そんな中を、リーリエのような幼い子供に見て回らせるなど――あまりに残酷だ。

 自分にはそれは出来ない――とネルフィは思う。後でエイスに何と言われるかも分からない。


「……タラップ。あなた、リーリエちゃんを連れて宿に戻りなさい。付いていてあげて。ここは私が引き受けるから」


 ネルフィは口調を変えてタラップに言った。

 それは、お遊びではなく本来のネルフィが本来の立場で命じたのだ。

 ついでに言うと、実年齢でもネルフィの方が上である。


「わ、わかりました……! リーリエちゃんすまないね、やっぱり戻ろう」


 しかしリーリエは首を振った。

 ネルフィとタラップの関係も気にはなったが、それよりも――


「嫌だよ! だって、わたしの助けが必要な人もきっといるよね!? だったら帰らない! 怖くても!」

「だ、だがリーリエちゃん……」


 と、タラップは困った顔になる。


「リーリエちゃん――いいの?」

「うん! やります!」


 リーリエの凛とした表情は、幼いながらも治癒術師としての決意や覚悟を感じさせた。

 だからネルフィはリーリエの前に跪き、そっと抱きしめた。


「ありがとう。じゃあ今から怪我人だけ集めるから、治癒魔術で治してあげてくれる? それでもひどい怪我とか、見るのが辛いのもあるかもしれないけど――」

「大丈夫だよ! 辛いのはわたしじゃなくて怪我してる人でしょ?」

「分かったわ。じゃあ準備してね」


 ネルフィは地面にしゃがみ込み、そっと手を土に触れた。

 リーリエは、周囲の魔素(マナ)が急速に魔術の体を為して行くのを感じた。

 相当多くの魔素(マナ)が、魔術のために動かされている。

 それはつまり、ネルフィの魔力が強いという事である。

 魔術を練り上げるネルフィの髪が、いつの間にか栗色から薄桃がかった銀色に変わって行く――


「我が命ずる――かりそめの魂を宿し、我が盟約の友となれ!」


 知啓と金の神アーリオストの、ゴーレムを作る魔術だった。

 地面から筍のように、ポンポンと大きな人型のゴーレムが生えてくる。

 大きさは普通の大人の倍近い。

 それだけなら、大した事の無いように思うが、問題はその数だ。

 一つ二つでなく、一気に二、三十体のゴーレムが生み出されたのである。

 ユーリエでもこんなに多くを一度に作るのは無理だ。


「うわぁ……す、すごーい――」

「実は昇級試験のゴーレムも私が作ってたりしてね? 人件費タダだからいいわよね」

「そ、そうだったんだ――」


 ネルフィが魔術が苦手だと言っていたのは、申し訳ないが受付嬢に身を隠すための方便だった。

 エイスはそんな事は無いと言いつつも、深くは追及してこなかったが――

 それに最初の頃にエイス達の近くでミノタウロスに襲われていたのも、エイスが本物か確かめるための偽装だった。

 あのミノタウロスは、ネルフィが自分の魔術で召喚したものである。

 結果は苦も無く一撃粉砕され、間違いなく本物だとネルフィも確信できた。


「さぁゴーレム! この屋敷の建物や庭をくまなく捜索! まだ息のある怪我人がいたら連れて来て!」


 リーリエが見慣れた明るく楽しい雰囲気ではなく、きりりとした威厳を漂わせて、ネルフィは号令する。

 ゴーレム達は一斉に散り、門の奥に駆けて行く。


「ねえ、ネルフィお姉ちゃんって……本当は凄く偉いの?」


 ちょっと怖いかも知れない――とリーリエは思った。


「え? うーんまあ――そうかな。その辺は後でゆっくり話すからね~」


 と、見せた表情は見慣れた気やすい感じなので、性格自体は基本的にこうなのだと分かった。

 だったら特に問題は無い。


「すぐゴーレムが怪我人を運んでくるわ! 準備をしておいてね、リーリエちゃん!」

「うん、分った!」


 リーリエは意識を集中し、治癒魔術をいつでも発動できるように待機しておく。

 ネルフィの言う通り、少し待つと何体かのゴーレムが人を抱えて戻って来る。

 その中に――リーリエも見知った人物がいた。


「ロマークおじさん!?」


 リーリエはその人を見て、声を上げていた。

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