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第47話 密談

「ヒルデガルド姫様……! このような所にいらっしゃるとは、お命じ下されば私からお伺い致しましたものを――」


 レティシアはヒルデガルド姫を迎えると、深々と一礼した。


「いいえ、それでは目立ってしまいます……内密にお願いしたい事があり参りました」


 よく見るとヒルデガルド姫は、供も少ないし服装も質素だ。

 それでも良家の令嬢のような雰囲気は隠し切れないが、多少なりとも華を抑えられてはいた。

 レティシアがヒルデガルド姫を目にするのは、何らかの公式な行事や祭事のみである。

 その時の彼女は、見る者の目を惹き付けて離さない輝きに満ち溢れていた。

 お世辞ではなく絶世の美女という表現が相応しいと、同性の自分も思っていた。

 歳こそ近いが、騎士を志してずっと武門畑で育って来たレティシアにとっては遠い世界の人なのだ。

 今日のこの装いは、お忍び――という事なのだろう。


「はっ……! では、こちらに――」


 レティシアは姫を自分の執務室に通すことにした。

 白竜牙騎士団では、副団長までは専用の部屋がある。

 飾り気もなく大きくも無く、質素の貧相の紙一重ではあるが――

 それは団長のエイスが広過ぎる部屋や派手な内装を好まないためだ。

 団長の執務室の時点で他の騎士団や宮廷魔術師に比べ、かなり質素なのである。

 その部下の副団長の部屋をそれより上にするわけにはいかない。

 だからより質素になるというわけだ。

 レティシアとしては、特に何の不満も無いが。


「出来るだけ人目に付かぬように参りましょう」


 建物の中を通るのではなく、外庭を回って行く事にした。

 ヒルデガルド姫はお忍びのようだから、その方が人目に付かなくていいだろう。

 彼女は供を待たせ、一人でレティシアに付いて来た。


 二人だけにされると、レティシアとしては少々やりづらい。

 王国に使える騎士としてあるまじきことではあるが――正直に言うと、ヒルデガルド姫には複雑な感情を抱かなくもないからだ。

 彼女がエイスを婿に迎えようとしているという噂は有名だったし、実際よくエイスを身近に呼び出し伴ってもいた。

 レティシアも、いずれエイスはヒルデガルド姫と婚約する事になるのだと感じていた。

 だから――自分の気持ちは秘めておく他がなかった。

 どうになるものでもない――自分は、白竜牙の副団長として仕えられればいい。

 そう思っていたのだが――


 結局、エイスは国を出て行ってしまった。

 自分は、部下として仕える事も出来なくなってしまった。

 十年来のレティシアの思いは、やり場がないまま宙ぶらりんだ。

 この方さえ余計な事をしなければ――どうしてもそう思えてしまうのだ。


「お入りください」


 執務室に着くと、姫を中に招き入れた。


「粗末な所ですが――こちらにどうぞ」


 来客用の椅子に座って貰う事にした。


「ええ、構いません。どうもありがとう」

「それで、今日はどうなさったのですか?」

「はい……レティシア、あなたはエイス殿の元に向かう使者団の一員と伺いました」

「ええ。明日出立の予定ですが、それが何か?」

「お願いがあります! どうかわたくしも共にお連れ下さいませんか!?」

「ええぇっ!? い、いけません危険です……!」


 今回の件は、途中で何があるか分からないのだ。

 道中の安全の問題ももちろんあるが、それ以上にリジェールとフリットの意図が知れない。もしエイスを害そうと思ったら、ヒルデガルド姫が同行していた場合は彼女が人質に取られる事すらあり得ないとは言い切れない。

 手段を選ばずエイスを倒そうとするならば、ヒルデガルド姫の存在は敵にとっての切り札になり得てしまうのだ。


「ええ。単なる道中の危険ではなく、わたくしを謀略に利用しようとする者もいるやも知れませんね――誰とは言いませんが」

「ひ、姫様……」


 こちらが言いにくかったことを、向こうから言って来た。

 ちゃんと分かっているのだ。それなのに、何故――


「ですがこのような大切な事は、わたくしが直接伝えなければ気持ちが伝わらないと思うのです。皆様がわたくしを気にして此度の提案をして下さった事には感謝しています。ですから、それを無駄にはしたくないのです。何があろうとも、自分で行って自分の言葉でエイス殿とお話しするべきだと」

「で、ですが……国王陛下はお許しにならないでしょう?」

「ええ、父は許さないでしょうね。ですから密かにあなたにお願いに来たのです」

「ですが、姫様の姿が王城から消えればすぐに事は露見し、連れ戻されてしまいます。密かにスウェンジーまで行くのは、とても――」

「大丈夫です。父には気分が優れないので、療養のためスウェンジーに近い避暑地の別荘に行くと話を通してあります。向かう途中で抜け出してそちらに向かいますから――こちらはわたくしの近習のみで行きますので、数日ならば誤魔化しも効きます」

「……」


 意外と手回しがいい。

 この姫様は単なる籠の中の鳥ではなく、機転が利く人のようだ。

 それに、もう一度エイスに会って、気持ちを伝えたいというその心は、純粋なもののように思う。狡い話だ。女性として応援しなければならないような気持になってしまう。


「今思えば、わたくしはとても焦っていたのだと思います。だってエイス殿の側には、こんなにも美しくて強いあなたがいましたから……わたくしが勝っていると言えるのは、王の娘であるという事だけでした」

「姫様――そんな私など……」

「あら、わたくしはずっと昔からあなたには憧れていましたのよ? その年齢で白竜牙騎士団の副団長になれるほどの天才騎士で、しかもとても美人ですもの。まるで物語の中の人物のようだなと。お話して、お友達になりたかったですが、中々その機会がありませんでしたね」

「勿体のうございます」


 レティシアは頭を垂れた。そして恥ずかしくなる。

 向こうがそんな風に思ってくれているのに、自分は何だったのだろうと。

 姫に対するわだかまりは、今後一切捨てようと決意した。


「ですが、エイス先輩が見ているのは双子の姪御かと思います。私ではないかと……」

「……そうですね。わたくしはそんな事も見えず……そして、自分の気持ちも上手く伝えられず……そんな中途半端な状態でしたから、今とても後悔しているのです。同じ思いが叶わぬとしても、綺麗に整理をつけたいのです。ですからレティシア、お願いします」


 ヒルデガルド姫はまっすぐにレティシアを見て来る。

 それでもレティシアはまだ悩んだが――

 結局の所、首を縦に振らされてしまったのだった。

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