第46話 姫の来訪
それは、エイスへの再交渉の使者団が派遣が決まった数日後のこと。
アクスベル王国首都アークス、白竜牙騎士団詰所――
レティシア・レンハートは、これから隣国スウェンジーへ向かうための引継ぎを終えたところだった。
「では私が不在の間の仕事は頼みます。バッシュ、セイン」
「ええ了解しました」
と、穏やかにセインは頷く。
バッシュは厳つい顔をやや難しそうにしかめていた。
「しかし、大丈夫なのかねえ――もう一回交渉した所で、団長が今更考えを変えなさるとは思えんが」
「だけど、それでヒルデガルド姫様のお気持ちが晴れるなら、必要な事でしょう?」
その腹の中は知れないが、リジェールの提案のその部分にだけは一理あるとレティシアは思う。
ヒルデガルド姫には気持ちの整理をつけて、前向きになって欲しいのだ。
「そりゃそうかも知れんが、リジェールやフリットは何をしでかすか分からねえぜ?」
「はい。だから私も目付役のつもりで同行を申し出ました。それでも彼等が何か良からぬ事を企むのならば、微力ながら私がエイス先輩の助けになるつもりです」
「とはいえレティシアちゃんも危険だろう、それじゃ」
「無論覚悟の上です。私は先輩に受けた恩を少しでも返したいのです」
「やれやれ――そんなに団長の事が好きなら、こっちにいる間にちゃんとオトしときゃあ良かったのに」
「な……! なななな何を言っているのですか――! 私はただ……!」
秘めたる思いを暴露され、レティシアはこれ以上ないくらいに狼狽した。
もちろん誰にも相談した事などないし、態度にも出していないつもりだったのだ。
それを何故、こんな熊のような体格でがさつそうなバッシュが知っている!?
いけないと思いつつも、動揺のあまり顔が真っ赤に上気するのを止められなかった。
「そんなの見てりゃ分かるだろうがよ? なあセイン?」
「えええぇぇっ!? そ、そうだったんですね――!」
「いやお前もニブいなぁもう! 話の腰を折るなよな!」
「す、済みません……!」
「ったく団長も含めてお子様かよ、お前らは――団長も何も気が付いてなかったみたいだしなあ。まあ団長の場合は姪っ子ちゃんに夢中だったのもあるか……」
「いいえ、先輩はそのもっと前からずっと鈍いです! 私も自分なりに努力をしないでも無かったのですが、まるで気が付いてくれませんでしたから」
「おぉ? 何か行動はしてたのか? 何をしたんだ?」
「それは……騎士学校の給仕番の時に、先輩の好きなものを多くしてあげたり――騎士見習の時は、毎日私の事を振り向いてくれるように念じながら先輩の剣や鎧を磨いていましたし――」
「いやそれは行動したとは言わんだろう。もっとこうガツーンとだな……!」
「でも――! 最近では先輩に合わせられるように子育ての本も見て勉強を……!」
「いやその前にやる事あるだろうよ! ったくそれじゃあ何もしてないのと同じだなぁ。せっかくだから団長に色仕掛けで迫るくらいしてきたらどうだ?」
「ば、馬鹿を言わないで下さい! そんな事をしたら、姫様の気持ちはどうなります!?」
「なぁにバレなきゃ大丈夫だ。それにどうせ姫様の申し出を断るって、団長はよ」
「で、できません!」
「奥手だねえ。レティシアちゃんは。でもこういうのは早いモン勝ちだしやったモン勝ちだからな。団長が姫様の話をやっぱり蹴るんなら遠慮することはねえ、襲って来い!」
「健闘を祈ります、レティシア!」
バッシュとセインの良く分からない応援が、レティシアの背中を押してくれた。
「まるで話の主旨が違います。私は任務で行くのです。では行ってきます!」
レティシアはそう言いおいて、三人で集まっていた執務室を出た。
しばらく歩いても、先程までの話のせいで中々頬の上気が収まらない。
「だけど……下手をすれば、これが先輩と会える最後の機会になるかも知れない――」
ふと考えていることが口から出た。
だったら今までの思いと共に、当たって砕けてみても――?
頭の中に光景が浮かぶ――
エイスと二人だけの部屋に、薄衣を纏い、肌を露にした自分。
その姿でレティシアがエイスの胸に飛び込むと、エイスはレティシアをそっとベッドに横たえて――
……その先は経験が無いので想像がつかない。
「な、何を馬鹿な事を……! バッシュが変な事を言うせいね――!」
脳裏に浮かんだ妄想を、レティシアは頭を振ってかき消した。
遊びに行くのではない、これは重要な任務なのだ。
リジェールやフリットが、ただ使者に出向くだけで事を済ませるとは思えない。
何かを企むはず――自分がそれを止めて、エイスとエイスの家族を守る。
彼等の幸せな時間を、邪魔させはしない。
と、悶々として歩くレティシアを、警備の係がやって来て呼び止めた。
「副団長! 失礼します!」
「きゃっ……!?」
「? どうかなさいましたか?」
いきなり声をかけられて驚いてしまった。
普段こんな事は無いのだが――普段の自分ではないせいだ。
「い、いやすまない……どうかしたのか?」
咳払いをして威厳を正して、レティシアは問いかける。
「実は今ヒルデガルド姫がお越しになりまして、レティシア副団長に会いたいと――」
「姫様が……!? 分かったすぐに行く!」
一体、何の用事だろう? わざわざ城を出てこんな所にまで出向くとは――
レティシアは小走りに、詰所の門へと向かった。
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