第45話 別れの予兆?
「では行ってくる。リーリエ、いい子にしているんだぞ」
「うん! 任せてっ。エイスくんもユーリエも気を付けてね、絶対クルルのお父さんとお母さんを見つけてあげてね」
「任せて! リーリエも救護室をしっかりね」
俺とユーリエは、冒険者ギルドの前でリーリエの見送りを受けていた。
リーリエの側にはネルフィとタラップさんもいる。
やはり翠玉竜が現れたとなれば、出向かざるを得ないだろう。
クルルを無事親元に返してあげるというのは、娘達がやろうとしていた事の一つでもある。
目撃された翠玉竜がクルルの両親あるいは関係のあるドラゴンである可能性は高い。
翠玉竜は普通、人目に付かない秘境に生息する。
それが人里近くに現れるという事は、何か理由があるはず。
その理由がクルルを探すためだとしたら、納得のいく説明になる。
救護室も完全に空けるわけにはいかず、今回もリーリエかユーリエが残る事になったのだが――
リーリエが自分が残ると言い出したので、俺はユーリエを連れて向かう事にした。
「済みません、エイスさん。ご無理を申し上げまして――」
「いえ翠玉竜には用がありますし、いくら無害のドラゴンとはいえ旅人が見れば恐ろしいでしょう。早めに立ち去って貰うに越したことはありません。それに、そのせいで祭りが中止になられでもしたら困ります」
子供達は、お祭りで湖上に上がる花火を楽しみにしているのである。
その純真な思いを邪魔させるわけにはいかないのだ。
子供達が見たいものは必ず見せる。それが保護者たる俺に課せられた使命である。
「ええ。しかし祭りを目の前にしたこんな時に現れるとは間が悪い……ただでさえギルド中が忙しいというのに」
と、タラップさんが少々苛立たしそうな様子を見せる。
何かに焦っているような――?
「何か気になる事でも?」
「いえ、ですがこの間の昇級試験の時に現れたという巨大なスライムの行方も分からずじまいですし――できればドラゴンでなく、そちらの調査にご協力頂きたかったなと。ドラゴンが現れた以上は仕方がありませんが……」
「考える事が山積みですね」
「ええもう。心労ですっかり髪が抜け落ちてしまいましたよ」
「いやいやギルドマスター。それ元々じゃないですか」
とネルフィが突っ込みを入れていた。
「おや? そうだったかな、ははは」
タラップさんがにやりと笑う。
まだまだ冗談を言える余裕はあるという事か。
少し重くなりかけた空気を自分で拭い去って明るくしたのだ。
「あははは! おじさんおもしろーい!」
リーリエが喜んでいた。ユーリエも静かにくすくすしている。
「そうかい? 身を切ってみてよかったよ」
「ねえおじさん、よかったら髪の毛を治癒魔術で再生してあげようか?」
「ええぇっ!? そ、そんな事が出来るのかい!?」
タラップさんが思いっきり食いついて前のめりになる。
「ウソでーす。出来ませーん!」
「こ、こら! おじさんは期待したよ!? だめじゃないか大人をからかっちゃ――!」
「あはははははっ!」
そんな二人を横目に、ネルフィが俺に言う。
「まあこっちはこの通りだから、心配いらないわ。もし遅くなりそうだったら、リーリエちゃんと一緒に宿に帰って待ってるわね」
「ああ、済まないがよろしく頼む」
「ふふっ。私がいてよかったでしょ?」
「ああ、助かっている」
「そうよねそうよね! 私はいつでも受付嬢を辞める準備は出来て……」
「では行って来る」
「ああん! 人の話聞いてーっ!」
俺は遠出のために連れて来た愛馬ビュービューの背中にユーリエを乗せると、自分もその後ろに跨った。
俺の前にユーリエが座り、その更に前にクルルが飛んで乗って来た。
ビュービューは特に文句も言わず、広い背中に小さな翠玉竜を受け入れている。
「ではエイス殿、参りましょう」
騎乗したカルロ殿が、俺に声を掛けて来る。
彼には十人ばかりの騎兵が付き従っていた。
だが――この人数ではドラゴンの討伐には不十分過ぎるだろう。
余程の少数精鋭ならばその限りではないが、悪いがそのようにも見えない。
これは完全に俺頼みという事だ。
相手が翠玉竜で良かったと言えるだろう。
これが普通の地竜で俺もいなかったら、とんでもない事になっていただろう。
「済みません、我が配下も祭りに備えて街中の警備で手が離せず……回せる人数がこれだけになってしまいました」
と、カルロ殿は申し訳なさそうに言った。
「いえ構いません。翠玉竜ならば戦う必要もないでしょう」
答えながらビュービューの手綱を操ると、伝説の八足馬は悠然と歩みを始める。
このレイクヴィルの街にやって来てからは、俺達も街中にいる事が殆どだったから、ビュービューは少々退屈していただろう。体もなまってしまっていたかも知れない。
今回のドラゴン捜索は、ビュービューにとってもいい運動になるだろう。
見送ってくれる三人に別れを告げ、俺達は街の外に出るべく通りを進んだ。
「クルル。良かったわね、お父さんやお母さんに会えるかも知れないわよ!」
「クルルゥ♪」
俺の前に座るユーリエとクルルは、そうやってはしゃいでいたのだが――
ふと気が付くと、ユーリエは小さくため息をついている。
クルルの両親が見つかるという事は、クルルとお別れになるという事。
どうやらそれが、少々寂しいらしい。
だが、名残惜しい別れも人生における経験だ。
その経験が、この子を少し大人にしてくれるだろう。
俺はそんな風に思いながら、ユーリエの様子を見守っていた。
思えばリーリエが残ると言ったのは、クルルとの別れが辛かったのかも知れない。
あの子は人の心の機微に敏感な所がある。
そういう点では、俺やユーリエよりも聡いのだ。
そう考えている間に、俺達は街の外の門を潜り抜けていた――
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