第44話 舞い込んだ依頼
「おお。聞いてくださいますか! それは良かった。では貴賓室のほうに――」
タラップさんが俺を別室に案内しようとする。
「子供達が一緒でも?」
「ええ、構わないと思います。ではここはネルフィ君に任せましょう」
と、タラップさんがネルフィを呼んだ。
「じゃあ、私ここでクルルちゃんと一緒に皆を待ってるから。急な患者さんが来たら呼びに行くわね~」
エルフの受付嬢の笑顔に見送られ、俺達は救護室を出る。
そして以前俺達も通された貴賓室に。
そこに入ると、鎧を纏った騎士風の男性が先にソファーに着いていた。
俺より一回りばかり上、三十代中頃くらいのように見える。
「おお――! あなたがあのエイス・エイゼル殿ですな!?」
騎士風の男は勢いよく立ち上がると、深々と一礼して来る。
「え、ええ――はじめまして」
俺はその勢いに少々気圧されしていた。
「あなたの残された凄まじい武功の数々は、よくよく聞き及んでおります! アクスベルの守護神は天下に無双であると! 聞く所によると、我がスウェンジーとの共同戦線で魔物討伐を行った際には、我が方の将軍の命を救って下さった事もあるとか――」
「そんな事もあったような気がします」
よく覚えていないが。
確かあの時の俺は、娘達の誕生日を間近に控えていた。
なので早く帰りたくて仕方がなくて、全力で任務を遂行したはずだ。
急いでいたので、誰がどう何をしていたかはよく覚えていない。
頭の中は、二人へのプレゼントを何にするかで一杯だったと思う。
どうやら無意識のうちにスウェンジーの将軍を助けていたらしいな、俺は。
「ああ申し遅れました。私はカルロ・リガードと申します。このレイクヴィルの街を含む付近一帯の領主であるマグナス侯爵に仕える騎士にございます。侯爵より水神の祭りの期間中の治安維持を任されております」
「なるほど」
人が多く集まる催事は、その分揉め事や犯罪も増える。
なので騎士や兵を派遣して、つつがなく祭りが催されるように警備をさせるというのは領主としては当たり前の配慮だろう。別段不思議な事ではない。
「そちらは?」
と、カルロ殿がリーリエとユーリエを見る。
「娘です。亡き姉の子ですが、俺が引き取っていまして」
「なるほど。これは可愛らしいお嬢さん方だ。きっと将来は凄い美人になりますね」
「えへへっ♪」
「そんな本当のことを――」
二人ともご機嫌である。
こういう所は小さくても女性は女性なのだな、と思う。
「しかし気が早いかもしれませんが、これだけ可愛らしい娘さんですと、父親としては悪い虫が寄り付かないか心配になりますね?」
「ご心配には及びません。仰るような虫を撃退する魔術は既に開発済みですので――撃退というよりも抹殺になってしまうかも知れませんが……フフフ」
にやり、と俺は笑う。自信作があるのだ。
俺は今までも、そしてこれからも、二人の娘達をこの世界で並ぶ物のない宝物として大事に大事に育てて、成長を見守って行くつもりだ。
確かにカルロ殿の言う通り、二人は将来それはもうとびっきりの美女になるだろう。
それを欲しいという者がいるのなら――この俺を倒してからにして貰いたいものだ。
少なくとも、俺が用意した悪い虫撃退用の魔術くらいは乗り越えて貰わないと。
いや、乗り越えて貰っては困るのだが――
とにかく、この俺がその手の将来の想像をしないはずは無い。
許すまじ。絶対に許すまじ。
きっちり今からその準備もしているのだ。
「お、おお――エイスさんが笑っている……! きっととんでもなく恐ろしい魔術が用意されているんですな……!」
「大丈夫だよエイスくん。わたし達、エイスくんとずっと一緒だよ」
「うんうん。一緒だよ」
二人が左右から、笑顔で俺の手を握ってくれる。
ああ、何て可愛らしいのだろう。
「あのー……すみませんエイス殿、こちらから話を脱線させてしまいまして」
「……いえ。お気になさらず」
「今日こうしてお目通りを願ったのは他でもありません、あなたにどうしてもご協力頂きたい件がございまして――」
「何でしょう?」
あまり気は進まないが――聞くだけは聞くと約束もしている。
「実は――この街の付近でドラゴンの目撃談が寄せられていまして……もしそれが本当ならば、倒すか追い払うかしなければいけませんでしょう? ただでさえ今は水神の祭りでこの街に向かってくる旅人が多いですから、事は急を要します。ですが、私と私に与えられた兵ではとてもドラゴンとは戦えません……無論マグナス侯爵には応援を要請していますが、待つ時間が惜しい。そんな時にあなたの噂を耳にしまして――アクスベルの軍神と呼ばれたエイス殿ならば、ドラゴン退治も容易ではなかろうかと……是非、祭りの成功のためにもご協力頂けませんか? 当然、それなりの報酬は用意させて頂きます!」
「ドラゴン――確かに問題ですね。旅人が襲われる可能性がある」
「ええ、特に今は人が多くこの街に集まって来ますから」
「ちなみに、ドラゴンとは何のドラゴンですか?」
「翠玉竜だと聞いています」
「「「翠玉竜!?」」」
俺達家族三人の声が揃う。
翠玉竜は普段は人里離れた秘境に住んでいる。
殆ど人の目に触れないような所で生きているのだ。
だから、それがこんな街の近くに現れたというなら――
「ねえ、エイスくん!」
「それってもしかして――!?」
「ああ。クルルを探しに来ているのかも知れない」
「だったら返してあげないと!」
「うん、きっとクルルのお母さんなのよね!」
これは――断れなくなってしまったな。
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