第41話 王国からの使者
アクスベル王国、王都アークスの王城にある評議の間――
そこは国王やそれに近い高級の武官や文官が会議に使う部屋である。
これから、各騎士団の騎士団長と近衛騎士長に宮廷魔術師筆頭を交えた定例会議が催されようとしていた。
レティシア・レンハートはその会議に初めて出席する事になり、やや緊張して席に着いていた。それは、本来ならばエイス・エイゼルの指定席だった場所である。
エイスが王都を出て行って一月程が経つが、白竜牙騎士団長と筆頭聖騎士はそれに相応しい者が現れるまで空位とされ、後任は未選出のままだった。
アルバート国王陛下としては、やはり白竜牙騎士団長及び筆頭聖騎士に相応しいものはエイスしかいないと考えているのだろう。すぐに後任を置く気にはならないようだ。
その事は誇らしくもあるし、レティシア自身の研鑽がまだまだ足りないという事実も示すのだから、悔しくもある。
現在の白竜牙騎士団の運用は、暫定的に三人の副団長で行う事になっている。
今回のレティシアは、この定例会議への出席をバッシュとセインの二人に押し付けられた格好になる。
「それでは、定例会議をはじめよう」
最年長の宮廷魔術師筆頭マドック・マイヤーが、そう音頭を取った。
その会議の第一の発言者は、青竜牙騎士団長フリット・リットノートだった。
鋭い目つきと雰囲気をした、冷たい抜き身の刃のような男である。
「よおリジェール。久しぶりじゃねえか」
謹慎明けの近衛騎士長リジェールに、にやりと笑いかける。
「――ああ。諸君にはご迷惑をおかけした」
「国王陛下の恩情に感謝をした方がいいぞ、リジェール殿よ。これに懲りたら二度と王名に背くような真似はせぬ事だ」
「勿論ですマドック殿。あれも元々は、出奔したエイス・エイゼル殿の反逆を心配してのもの。確かに行き過ぎはありましょうが――彼がいなくなったのですから、二度同じ事をする意味もない。心配はご無用です」
「ならばいいが――そう言えば、エイス殿は今頃どこの旅の空であろうなあ。子供達といるために筆頭聖騎士をかなぐり捨てるとは、余程の大人物か変人か――とにかく面白い男であったな。レティシア殿は、何かその後の彼の話は?」
急に話を振られ、どきりとしながらレティシアは応じる。
「存じ上げません――申し訳ございません」
「そうか、いや謝る事など何もないぞ」
「エイス殿ならば、スウェンジーに入国した後、国境に近いエスタ湖畔のレイクヴィルの街に逗留しておりますよ。冒険者ギルドに入り、お連れになっている姪御達とのんびり依頼など楽しんでおられる様子。まあ楽隠居のようなものですな」
と、リジェールが答えた。
何故そんな事を知っている――とレティシアは内心警戒する。
独自に人をやって、エイスの動向を探らせていたのだ。
何のために――
「ふむう、左様か――? ならば楽しくやっておるのだな。しかし、リジェール殿はなぜそのような事を知っておる?」
「聞けば、ヒルデガルド姫様はあの一件以来ふさぎ込んでおられる様子。思いが叶わなかったのみならず、我が国がエイス殿を失う結果を招いてしまったと」
「それは事実であるな。ヒルデガルド様のことは心配だ」
「それを解消できればと思いまして」
「ほう――」
と、マドックが興味を示す。
「どうすんだ? リジェール」
それはフリットも同じだった。
「簡単な事――エイス殿を連れ戻せば良いのです。そしてヒルデガルド姫と結婚して頂けばよい」
「いや、それはそうだろうが――エイス殿は婚礼を蹴って出奔したではないか?」
「それが勇み足だったのではないか――と私は思うのです」
「どういう事だ?」
「私が思うに――エイス殿は姪御達の扱いについて懸念されたのではないですか? 彼は相当姪御達を溺愛しているとの事。王家に入るにあたり、彼女等も共に王宮に上がるという保証無くば受けられぬと思ったのでしょう。聞けば、彼への婚礼の要請の際、そういった条件は明示されていなかったはずですな?」
「おう、それはその通りで間違いがない。私が使者に立ったのだからな」
「でしょう? しかし彼はつまらぬ交渉などせぬ男です。つまり初めから彼の望む条件さえ整えてやれば、充分に目は合ったかと。ならば再交渉の余地はあると考えます。姫様さえ条件を飲んで下さるのであれば――ですが。その使者を出すためには、彼の行き先を把握しておく必要がある」
「ふむう――成程リジェール殿の申す事には一理ある。私から国王陛下と姫様に進言してみようかと思うが、フリット殿はどう思う?」
「賛成ですな。正直、俺はエイスが好きではありませんが、ヤツの腕は認める。いるといないとではこの国にとって大違いでしょう」
「レティシア殿はどうだ?」
とマドックに発言を求められ、レティシアは返事に窮してしまう。
エイスが再交渉を受け入れて返って来てしまえば、それはエイスがヒルデガルド姫のものになった事を意味する。それは――複雑だ。
それにリジェールやフリットの態度も腑に落ちない。
レティシアも彼等と同時期に騎士学校に在籍していたから分かるが、彼等のエイスに対する恨みつらみは相当に根深い。エイスが出奔して最も喜んでいたのは彼等のはずだ。
それが、積極的にエイスを呼び戻そうとするとは……
どういう風の吹き回しだろう?
話だけ聞いていると、いい事を言っているのは間違いが無いのだが――
やはり、レティシアには素直に首を縦に振れなかった。
「……」
「よしんば再度断られたとしても、現在のヒルデガルド姫の心を和らげる希望とはなるのではないかな? 再度断られたなら、その事は伏せてエイス殿は見つからなかったと報告するのも良かろう。とにかく、ヒルデガルド様の現状を変えて差し上げるのが何よりだ」
再度断られたなら、その事は伏せて――?
そのリジェールの提案が、レティシアに一つの推測を導き出させた。
つまり、事実と違う事を報告してしまうという事――
例えば、エイスを倒してしまって、手向かいしたのでやむなく討ち取ったなどと言い訳をすれば――?
それは、エイスという人材を永遠に失う事にはなるが、逆にエイスを倒し得る人材の存在も意味する。
エイスに対抗できる者――それはつまり、白竜牙騎士団長や筆頭聖騎士に相応しい者である。それはヒルデガルド姫にも釣り合う者でもあり、更には未来の国王候補でもある。
邪推のし過ぎかもしれない。
だが――リジェールやフリットは、再交渉と偽ってエイスを討ち取りに行き、その首を以って白竜牙騎士団長や、将来の国王を狙うのでは……? エイスを本当に討ち取れるのかは、大きな問題だろうが――何か勝算があるのかも知れない。
「こいつは王家からの使者になる。それなりの格が求められるし、長旅になるかも知れねえから、道中の危険も気にする必要がある。使者には俺が立とう」
と、フリットが申し出た。
「無論提案者として、私も使者となろう」
二人がこんな事を言い出すとは――ますます怪しいとレティシアは感じる。
ならば自分が出来るのは――彼等を監視し、エイスを手助けする事だ。
「……お二人のご提案に賛成します。では私も使者団にお加え下さい。私は副団長としてお仕えしてきましたから、私の話ならばエイス先輩も耳を傾けて下さいます」
これが取り越し苦労であればいいが――
しかし、同行を申し出たレティシアに突き刺さる、余計な事をしてくれるなという二人の視線を感じれば、取り越し苦労などではないと強く思えた。
「おう、それがいい。ならば貴公らの提案を、私からお伝えしておこう」
マドック・マイヤーは満足そうに頷いていた。
◆◇◆
そして――
結果として定例会議で検討された提案は採用される事となり、レティシアも使者団に加わることになった。
その準備の最中も、レティシアはリジェールとフリットを探る事を忘れなかった。
が――出立するまで尻尾は掴めなかった。
しかし、出発後の道中に立ち寄ったある小さな村の宿でのこと――
酒を酌み交わす二人の様子を気配を殺して窺ってみると、こんな話をしているのが聞こえた。
「おいリジェールよぉ。確認しとくがお前の話、本当だろうな?」
「ああ勿論だフリット。エイスは弱くなっているよ。それは確実だ。引き取った子供にうつつを抜かして腑抜けたと見える――だから……」
「俺達の力を合わせれば、倒し得る――か?」
「ああ。その通りだ」
やはり――とレティシアは感じる。
しかしエイスが弱くなっているとは一体……?
いやいずれにせよ、エイス達はただ純粋に家族で過ごしたいだけなのだ。
その邪魔はさせない――!
(エイス先輩。ご家族で安心して旅を続けられるよう、邪魔者は私が止めてみせます!)
レティシアは強くそう思うのだった。
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