第36話 双子の守護紋《エンブレム》
試練の洞窟に、昇級試験の参加者たちが一斉に足を踏み入れて行く。
彼等は皆、明りに松明を持っている。
薄暗い洞窟の中をゆらゆらと炎が照らす。
それでそれなりの視界を確保できるのだが――
だからと言って、外のように見通しが効くわけでもない。
だから――リーリエはユーリエに問いかけた。
「ねえユーリエ。もっと明るくしようか?」
「そうね。お願い」
「うん分かった。大いなる光の加護よ――我が……わが――?」
「我が道を照らし導け、よ」
うろ覚えのリーリエの呪文をユーリエが補足した。
「自分の魔術なんだから、ちゃんと覚えててよね」
「えへへっ。ごめんねえ」
ちょっと舌を出して愛嬌で誤魔化すリーリエである。
「もう。はいじゃあもう一回」
「大いなる光の加護よ、我が道を照らし導け!」
リーリエの魔術が発動すると、一抱え程もある光の玉が生み出される。
それがふわふわと頭上に上がって行き、松明よりも遥かに強力な光源となって洞窟内を照らした。しかもリーリエが歩を進めると、それに合わせて玉も移動するのだ。
それを見ていた他の参加者たちから、おおと喜ぶ声が上がる。
「うん。これで大分明るいね♪」
「ええ。ありがとう。よく見えるわ」
この魔術自体はさして強力なものでも難しいものでもない。
だが、使える者は非常に珍しい。
秩序と光の主神レイムレシスの守護紋による魔術だからだ。
この守護紋は主神と呼ばれるだけあり、治癒術師が持つ愛と水の神アルアーシアの守護紋よりもさらに希少だ。
レイムレシスの守護紋を持つと言うだけで、世の魔術師の延髄の的になる程である。
歴史上でも非常に希少で、それ故に余り魔術的な研究も進んでいない神秘の守護紋なのである。
相反する性質の混沌と闇の主神ゼノセドスと並んで、最も希少な守護紋の一つだ。
リーリエが生まれつき持つ三つの守護紋は――
愛と水の神アルアーシア。
自由と風の神スカイラ。
秩序と光の主神レイムレシス。
の三つである。
全ての守護紋を併せ持つエイス程ではないが、リーリエも驚嘆に値するような守護紋の組み合わせを持っているのである。
そしてユーリエの三つの守護紋は――
愛と水の神アルアーシア。
知啓と金の神アーリオスト。
混沌と闇の主神ゼノセドス。
の三つである。
ユーリエもリーリエと同等の、驚嘆に値するような守護紋の組み合わせであった。
とはいえこれは姉妹に共通していえる事だが、将来の目標は母エイミーと同じ立派な治癒術師であるので、彼女等にとって重要なのは愛と水の神アルアーシアの守護紋である。
秩序と光の主神レイムレシスや混沌と闇の主神ゼノセドスの守護紋については余り意識していない。
それが故に、リーリエは初歩的な明かりを発する魔術ですら詠唱を必要とした。
あまりそちらの魔術の訓練は積んでいないのである。
アルアーシアの治癒術は、既に無詠唱でも扱えるのだが。
「あっ! 道が分かれてやがる!」
ピートの言う通りだった。
ここまでは一本道。全員がリーリエの明かりの元で進んで来たが――さあどうするか。
分かれ道は左右の二つである。
「よし――俺はこっちだ」
「じゃあ僕は逆に行く」
他の参加者達は、思い思いの道を行く。
自分たちはどちらにしようか――と二人は顔を見合わせた。
が、そこにピートが声を掛けた。
「おい二人ともこっちに行くぞ、ついて来い」
と、右側の道を指す。
「エイスさんにお世話になってるからな。お前達の面倒は俺が見る。迷子になるなよ」
少々ぶっきらぼうな物言いだが、気遣いが嬉しかったので、二人とも素直にそれに従う事にした。
「だけど、協力しちゃダメってネルフィさんが言ってたよね?」
「戦う時は、だろ。その時だけ一人ずつやればいい」
「そうね。ありがとうピート君」
「ああ。ほらちょっと急ごうぜ」
自分たち三人が、最後尾だった。
暫く右側の道を進むと――前を行く参加者の一人が声を上げた。
「ん――!? ああっ! これってさっき言ってた紋章か!?」
と拾い上げるのは、確かに先程ネルフィが見せた品と同じものだった。
「落ちてるなんてツイてるな! これで合格だ!」
と、喜ぶその参加者にピートが話しかけた。
「どれ? 見せてくれよ」
「いいけど、盗るんじゃねえぞ」
「しねえよそんな卑怯な事! どれどれ……本物みたいだな」
「だろ? これを持って行けば合格だ!」
「戦わずに手に入れて意味あるのかよ? 強さの証明にならねえだろ?」
「そんな事より合格する方が大事だな! じゃあな、俺は帰る!」
と言うと、来た道を引き返して行く。
「……何で合格の証が落ちてるのかしら」
と、ユーリエが訝しむ。
「きっと付けてたモンスターが落としちゃったんだよ。わたしだって落とすもん」
「リーリエは気をつけなきゃダメよ? この間もバッジを湖に落としたんだから」
「その話親父に聞いたぜ! エイスさんが湖の水を割ってバッジを探したんだろ? やっぱりマジな話なのか!?」
「「うん」」
「くーっ! 見てみたかったなあ! やっぱエイスさんは半端じゃねえぜ!」
と言うピートの熱っぽさが、二人には何か嬉しかった。
エイスがこんなにも憧れられているのだから、鼻が高いのである。
三人はそのまま、洞窟の更に奥へと進んで行った。
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