第34話 救護室の事情
それから数日――
俺達はギルドの救護室に詰めていた。
この場合の俺は、子供達がやって来る怪我人を治癒魔術で癒しているのを見守っているしかない。
だがその時間は決して退屈などではなく、俺にとっては楽しい時間だった。
今も新たな患者が、救護室にやって来た所だ。
「おーいててて――悪いなぁ、腕を怪我しちまってさ」
その患者は腕に怪我を負ったらしく、傷を布で縛って止血しているようだった。
「うわわ、血が滲んでる――すぐ治すね!」
「じっとしてて下さいね!」
二人の治癒魔術が、その男の腕の傷を見る見る癒してしまう。
「おお……おおー……! やっぱすげえな、もう痛くねえ!」
男が止血のための布を取ると、もう既に傷は完全に無くなっていた。
「ありがとう! もう治ったよ!」
この彼は、すでに何度か救護室を利用している冒険者だ。
魔物退治などの荒事を請け負う冒険者がやはり怪我を負いやすいので、そちらを主な活動としている者が、この救護室にはよく訪れる。
彼らの間では、リーリエとユーリエの存在はまさに天が授けた幸運である。
普通なら、無料で治癒術師の治癒魔術が受けられるなどあり得ないのだ。
見た目の愛らしさも手伝って、大人気なのである。
「いやー君達がいてくれて、ほんと有難いよ。おかげで収入も増えてるんだ」
「え? どうして?」
リーリエが首を捻る。
「怪我しても薬代もいらないし、すぐ治してくれるだろ? だから、いつもなら傷を負ったら治るまで暫く待っていたのを待たなくてよくなった。その分依頼を沢山出来るからな」
と、冒険者の男は語る。
「だけど、あまり治癒術を当てにし過ぎないで下さい」
「ユーリエちゃん、どうしてだい?」
「あんまり治癒術ばっかり受けていると、体がそれをあてにし過ぎちゃって、体本来の怪我を治す働きが弱くなってしまう場合があるの。だから、なるべく治癒術は受けなくて済むように気を付けて下さい」
ユーリエは話し方も話す内容も、しっかりしている。
納得のいく説明だった。
なるほど、治癒術師は単に治癒術で怪我を治すだけでなく、患者の体の事を気遣わねばならないのだ。治癒術を受けずに済むなら、それが一番というわけだ。
同じ治癒術師だったエイミー姉さんの遺した資料や治癒術に関する書物があるから、それを見てよく勉強しているのだ。
「なるほどなあ、そういうものなのか。分かった気を付けるよ」
「だけど怪我をしちゃったら、我慢しないでまた来てね~」
「ああリーリエちゃん。二人ともありがとう、また来るよ」
男が退出すると、入れ替わりでタラップさんがやって来た。
腰をさすりながら、よろよろとした足取りである。
「おおいててて……済みませんがまた腰が痛くて……いたたた――」
タラップさんは腰痛持ちである。
腰が痛くなると、よく救護室にやって来るのだ。
恐らくこの部屋を最も利用している者の一人だろう。
「よく痛くなるね? 大丈夫?」
「じゃあ、そこのベッドに横になって下さい」
タラップさんを寝かせると、腰に治癒魔術の光を当てる。
「ああ――ラクになってきたよ……もう大丈夫だ、どうもありがとう」
「タラップさんは少し痩せないと……きっと体が重くて、腰も悪くなってるんだと思う」
とユーリエが見解を述べる。
「ははは――面目ない。痩せる魔術でもあればいいのにね」
言いながらタラップさんが笑った。
「……そんな事言ってるうちは、努力しなさそう~」
リーリエがじと~っとタラップさんを見つめる。
「ねえユーリエ。魔術で運動したくてしょうがなくなるようにできないかな?」
「分からないわね――でもエイス君なら……」
二人が俺を見る。
「出来なくはないな」
「いやあ、大丈夫ですよ! はははは――ど、努力するよ……」
「気を付けて下さいね」
ユーリエが念を押す。
「ああ、わかったよ。どうもありがとう」
と、さらに次の患者がやって来る。
「やあ、エイスさんに双子ちゃん達。悪いけどこいつを頼めるかい?」
それは、ロマークさんに連れられたピートだった。
「いっててて……ヘマしちまったなあ」
足を痛めたか、ロマークさんが肩を貸していた。
「大変――じゃあそこに座って」
ユーリエが彼女達の前に置いてある椅子を指差す。
「珍しいですね。荷運びで転んで?」
俺はロマークさんに尋ねる。
この救護室が出来てから暫く経つが、ロマークさん達がやって来るのは初めてだった。
「いや、ゴブリンの群れに追われてな。焦って逃げる所をコケやがったのよ」
「では、魔物討伐の依頼を?」
「ああ、限界はねえってエイスさんに教えてもらったからな。あいつも上を目指すなら、実戦経験が必要だろ? 俺も鈍ったカンを取り戻そうって思ってさ。修行がてら、魔物討伐依頼に連れて行ってたんだ」
言っている間に、早速子供達がピートの足を治療していた。
「おおー! 治った! ありがとう! 二人ともすっげえなあ。こんな事できるなんて」
ピートが喜んで二度、三度と飛び跳ねていた。
「ふふふ。よかった、すぐ治ったね!」
「でも、怪我しないように気をつけてね」
「ああ! マジでありがとう! よーし早速次の依頼に行くぜ!」
ピートが勇んで部屋を出て行った。
「……張り切っているな」
「今まで魔物討伐なんてやらせてなかったからなあ。新鮮なんだろうよ」
ロマークさんはすがすがしい表情をしていた。
「あいつは冒険者の等級もまだ第七等級なんだ。今度昇級試験を受けさせてやろうと思ってさ。荷運びやらの依頼は何度もやってるから、もう昇級試験自体は受けられる。俺が止めてたんだが――もうその必要はねえからな」
「昇級試験か――」
「双子ちゃん達もそろそろ受けられるんじゃねえか? 毎日特別依頼をやってるわけだろ?」
「わあ! 昇級試験受けたい!」
「そうね。ミルナーシャ様も凄い冒険者だったんだし!」
二人は興味津々のようだった。
二人が魔物討伐の依頼をする事は多少不安だが――
まあ、俺が付いていれば問題は無いだろう。
この街での思い出として、昇級試験を受けられるなら受けてみてもいいかも知れない。
「おい親父、早く来いよ! 親父がいないと依頼受けられないだろ!」
ロマークさんは第四等級だ。ロマークさんが受けた魔物討伐の依頼に、ピートを連れて行っているのだ。
「あいよ。ったくうるせえんだから――んじゃエイスさん、双子ちゃん、またな!」
ロマークさんも救護室を後にした。
そして、夕方までの救護室での仕事を終えて、報告のためにギルドの受付カウンターに寄った時、ネルフィがこんな事を言った。
「おめでとう! リーリエちゃん、ユーリエちゃん! 二人は十分沢山依頼をやってくれたから、第六等級への昇級試験を受けられます!」
「「やったー! 受ける受ける!」」
「良かったわね、ちょうど明日が月に一度の昇級試験の日よ!」
噂をすれば――と言うやつだろうか。
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