第29話 月見酒
俺が部屋の扉を開けると、そこに立っていたのはロマークさんだった。
手には酒瓶と、グラスが二つ。
既に少々酒が入っているのか、顔が赤らんでいる。
「よっ、エイスさん! 一杯やらねえかい!?」
「ロマークさん。既に飲んでいますね」
「まあね。だが一人でやるのも寂しいんでね。今ならお嬢ちゃん達も寝てるだろうと思ってさ」
その通りである。少し前に二人が寝付いたところだ。
「どうぞ。二人が寝ていますので、窓の外に出ましょう」
俺達が宿泊している部屋はそこそこ良い部屋だったので、部屋にはバルコニーが付いていた。
そこにはテーブルと椅子も置いてあり、外気に触れて飲食をすることもできる。
俺達は部屋を通って窓の外に出て、そのテーブルに着いた。
「月見酒ってのも悪かないやね」
と、ロマークさんが二人分のグラスに酒を注ぐ。
中身は赤い色をした葡萄酒だった。
結構高いものだが、ロマークさんも奮発していると見える。
「そうですね。ですが明日は剣術教室の日ですから、飲み過ぎには注意しましょう」
「ああ。二日酔いであれをやると死んじまうからな――ありゃあこの中年の体にはキツいからよ」
「そうですか? 初日よりは大分軽くしていますが?」
「トシだよなあ。まあここ何年も、随分なまってたってのもあるが」
ロマークさんにも、剣術教室の助手を続けて貰っている。
やはりその剣の技量に問題は無く、何度か教室を開催した今では、すっかり剣術指導担当として皆に浸透していた。
タラップさんにお願いして、ロマークさんにも特別依頼の報酬が出るようにしてもらっている。
いつもロマークさんがこなしている採集系の依頼よりは報酬がいいので、ロマークさんも収入増になっているそうだ。
「ま、ボヤいても仕方ねえ。それじゃあ――乾杯ッ!」
「乾杯」
俺達はコツンとグラスを合わせる。
城にあるような上等なグラスではなく、分厚く少々形も歪なグラスだ。いい音は響かない。
だが、これはこれでいいものだ。
このレイクヴィルの街で過ごす時間は悪くない。子供達も活き活きとしている。
そこで知り合った友人と酒を酌み交わすのもまた、悪くない。
そういう心持ちは、酒やグラスの貴賤を問わない。
「今日はさ、エイスさんに礼を言いに来たんだよ」
「礼ですか? 俺が何か?」
「ああ。ピートのやつが最近よく俺の手伝いをするようになってさ。何かやけに素直だしよ。ちっと前までは俺は親父みたいになりたくねえ、強くなって騎士か上位の冒険者になるって五月蠅かったのによ、あのガキ」
「ロマークさんの剣の腕を見て見直した――というわけですか」
「へへっ。まあそうかもな」
「だったらそれは俺のせいではない。あなたの実力です」
「しかしエイスさんがきっかけをくれなきゃ、こうはなってなかったよ。だから、礼さ。ありがとう」
「いえ――しかしあの年頃の男の子は、やはり強さに憧れるものなのですね」
「まぁ俺も十二、三の頃はそうだったからなぁ。毎日クタクタになるまで剣を振ってたよ。エイスさんはどうだった?」
「俺はその年の頃は騎士学校です。誰かに憧れるという事は無かったです。強さに憧れるという事も」
「へぇ。どうしてだい?」
「憧れる対象がいませんでした。自分より強い者に出会った事が無かったので――何を目指せばいいのか分かりませんでした」
「うっはぁ! 贅沢な悩みだねそりゃあ!」
「こういう事を言うと嫌味に取られて嫉妬を受けるので、何も語れませんでしたが」
「そうかもなぁ。いやきっとそうなんだろうなぁ」
「ですから友達も少なかったですし、それほど楽しくはなかったですね」
「なるほどねえ。強すぎるってのも悩みになるもんだ」
「むしろ人間とは、何か理由を見つけて悩もうとするものなのかも知れませんね」
「おぅおぅ哲学的だ。全然分からねえ。まあまあ飲みなよ」
ロマークさんが空になった俺のグラスに酒を注ぐ。
俺も酒瓶を受け取り、ロマークさんのグラスに酒を注いだ。
「強さに憧れるのは、まあ悪いこっちゃねえ――自然な憧れを誰に止められるもんでもねえからな。だが――そればっかりになっちまうとな……出来れば別の事にも目を向けて貰いてえんだがなぁ」
ふう、とロマークさんがため息を吐く。
「ピートが騎士や冒険者を目指すのは反対ですか?」
ピートの剣の筋や、体力、それに向上心は中々だ。
剣術教室で例の準備運動をする際、いつも最後まで粘って俺に立ち向かってくるのはピートだ。
あの調子ならば、間違いなく彼は強くなれるだろう。
「ああ。俺は知っちまってるからなあ――」
「何をです?」
「限界ってやつをさ。あいつの守護紋は俺と同じで商売人の神のものだからな――騎士や冒険者には向いてねえ」
ロマークさん述べる通り、一般的には武器を持って戦う騎士や冒険者に向くのは、戦士の神フィールティや剣神バリシエルの守護紋を持つ者だと考えられている。
それらの神の技能が実戦的だからだ。
「いくら剣の腕を鍛えても、戦神や剣神の守護紋持ちにゃあ結局敵わねえんだ。技能の差は少々の剣の腕なんて簡単に跳ね返しちまう。俺も剣の腕でそんなもの覆してやる! なんて意気がってた頃もあるが、やっぱり限界にぶち当たっちまったよ。だから剣は棄てたんだ」
「なるほど……」
「あいつにゃ俺と同じ思いはさせたくねえんだ。だから別の道を目指して欲しい――んだけどよ、エイスさんに教えて貰ってるあいつは嬉しそうだ。活き活きしてらあ」
「そうですね。ピートはあの教室の参加者で一番頑張っています」
「複雑だよなあ……俺からすりゃ限界が見えてるのに、やりたがってるあいつをどうしたもんか……今までは止めてたんだがよ。そのせいであいつが押さえつけられて、息苦しかったんだなってのは今回の事で分かったし――」
「……」
「すまねえなあ、エイスさん。おっさんの下らねえグチ聞かせちまってよ」
「いえ。貴重な先達の経験談です。いつ俺も娘達の事で同じように悩むか分からない。ただ――」
「ただ?」
「あえてひとつ言わせて貰いますが――俺にはピートの限界はまだ見えません」
「ええっ!? どういう事だい?」
ロマークさんが身を乗り出して聞いて来た。
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