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プロローグ3 幸せの形

 すぅ――すぅ――

 くぅ――くぅ――


 室内に、規則正しい寝息が響いていた。

 二人用のやや大きめのサイズのベッドの上に、仲良く並んで眠る二人の天使達。

 起きている二人の元気に動き回っている姿もいいが、眠る姿も可愛らしい。

 二人とも俺の夕食を持ってきてくれて、食事する俺の左右に並んで色々な事を話していた。ここ暫く起きている時間に会えていなかったから、話したい事が沢山あったそうだ。

 殆どの事は他愛もない話なのだが、それを一生懸命に伝えようとする姿が愛らしい。


 俺の食事が終わってから暫くは一緒に遊んでいたが、やがて二人ともぱったりと眠ってしまった。

 見ていて思うのは、子供と言うのは本当に寝る時はぱったり寝る。

 つい先程まで大声で走り回っていたかと思えば、次の瞬間に寝ていたりする。

 常に全身全霊で生きており、精力が尽きるまで動き回っては、即座に寝る。

 そして寝ている間に急速に元気を取り戻し、起きればまた大騒ぎである。

 リーリエとユーリエの二人を見ていると、当時の自分も大人の目から見ればこうだったのかと驚かされる。


 俺が彼女達と同じ八歳の頃――

 既に両親は他界していたから、エイミー姉さんが俺の親代わりだった。

 田舎のニニスでいつも姉さんに付いて行って、生活のために魔物狩りや薬草摘みをしていたな。

 ああいう田舎は、王国の権威がそこまで及んでいない。

 村に駐留する王国の騎士が二、三人いる程度だ。

 そのため、魔物討伐や細かな事件の解決は、冒険者ギルドに持ち込まれる事が多い。


 冒険者ギルドの成り立ちは、王や国がわざわざ対応しないような細事や、緊急を要するようなことを、自助互助連帯で解決する手段を人々が欲した事による。

 王や国は、政治の事情によって姿を変えるが、そこに住む人々にとっては魔物討伐や困り事を解決してくれる人間の手は、常に必要である。

 国や王に縛られず、地域に根差した需要を掬い上げる事が、冒険者ギルドの本来の機能である。


 当時の姉さんと俺は、冒険者ギルドに登録し、そこからの依頼で生計を立てていた。

 ある日ニニスにやって来た先代の筆頭聖騎士フェリド・レンハートの目に留まって勧誘を受け、王都で仕官する事になった。

 姉さんはすぐに任務に就いていたが、俺は10歳だったので騎士学校に行かせて貰い、それから王国の騎士になったのだ。


 フェリド・レンハートは現在俺が任されている白竜牙騎士団の副団長の一人、レティシア・レンハートの祖父である。

 剣聖と呼ばれる程の剣の腕前を持ち、昔は俺も剣の手ほどきをして貰った。

 現在は引退し、隠居の身だ。俺にとっては唯一の師匠と言える。


「師匠が引退などしなければ、俺ももっと楽だったものを……」


 俺は別に暮らしていければ、仕事など何でもいいのだが――

 騎士になって目の前の戦いをこなす度に褒められ恩賞を貰い出世して――

 気づけば師匠が引退すると言い出し、筆頭聖騎士と白竜牙騎士団長を譲られた。

 それに別に不満は無かったのだが……


 リーリエとユーリエを引き取ってからは、話が変わってきている。

 この娘達と一緒にいたいのだ――

 人生において、俺は何かを欲しいと思った事は無かったが――

 今は、この子達と過ごす時間が欲しい。それも切実に。


 俺はそんな事を思いながら、眠るリーリエとユーリエの頭を撫でていた。


「エイス坊ちゃんは、すっかり変わられましたねえ」


 と、同じ部屋にいた使用人のマルチナさんが笑みを浮かべていた。

 四十半ば過ぎの、やや恰幅のいい女性だ。

 下の居間で寝てしまった二人を、俺達で双子の寝室に運んできたのだ。


「……そうか?」

「ええ、昔は表情が殆ど変わらなくて、何を考えているか分かりませんでしたもの」


 マルチナさんはおろかエイミー姉さんにもよく言われていた事だ。

 俺と言う人間は基本的に周囲に無関心で無感動なようだ。

 と言われても、俺にとってはそれが自然だったのだから、どうしようもない話だが。


「マルチナさんには、常に感謝の気持ちを持ち続けていたつもりなんだが」


 この人には世話になっているからな。


「そうですか? うふふふ。ありがとうございます。だけど――やっぱり坊ちゃんは最近変わられましたよ。すっかり父親の顔ですからねえ」

「そうか……褒められたと思っても?」

「ええ、構いませんとも」

「だが、この子達を置いて家を空けてばかりいる――悪い父親だな」


 普通の父親とは、もっと子供と一緒にいてやるものだろう。

 もっと子供の願いを聞いて、行きたい所に連れて行き、やりたい事をやらせてあげるものだ。

 そうやって思い出というものを、子供の心に残してあげるのだ。

 俺の場合も、エイミー姉さんがそれをしてくれていた。

 その分は、俺がエイミー姉さんの子であるこの娘達にしてあげないといけない。

 それが姉さんへの感謝の気持ちを表す事にもなる。

 そう分かっていながら――今の俺には、まるで出来ていない。

 この子達には寂しい思いをさせているだろう。それが心苦しい。


「仕方がないですよ。お二人も理解していますよ」

「……俺自身、もっとこの子達と一緒にいたいんだがな――最近、騎士団長の務めが億劫になって来たよ」

「まあ、そんな事言っちゃあいけませんよ。坊ちゃんはこれから王家にも連なろうかという、大事な身分でしょう?」

「うん? 王家に連なるとは? 何の話だ?」

「えぇ!? だって坊ちゃん、近頃ヒルデガルド姫様がどこに行くにも、坊ちゃんを伴っているってもっぱらの噂ですよ? あれはご婚約の発表前の地ならしだって――」


 確かにヒルデガルド姫にはよく呼びつけられるし、姫様は何か熱心に俺に語り掛けて来るが――俺は、殆ど何を話したか記憶がなかった。

 我が家の天使たちの事ばかり考えていたからだ。


「馬鹿な。そんな事があるわけがないだろう。第一そんな事になったら、誰がこの子達の親代わりをするんだ? まさか王家に連れ子など許されないだろう」

「え、ええ――ですから私、お二人はどうなるんだろうと、それが心配で心配で……食事もロクに喉を通らず、この通り痩せてしまいましたよ」


 マルチナさんの言う事は、これは本気なのか冗談なのか。

 どう見ても恰幅はいいのである。


「そうか。だったらもう少し心配して貰っておいた方が良かったのにな。マルチナさんはもっと痩せた方がいい」

「まあ、女性に向かって失礼な坊ちゃんですね!」

「マルチナさんは俺達にとって必要な人だ。元気でいて貰わないと困るからな」

「まあ坊ちゃん。やっぱり変わられましたねえ――そんな事をお言いになるなんて」

「この二人のおかげだ。二人の事を思えばこそ、何がこの子達にとって大事かを考えるようになったからな」


 俺はもう一度、眠るリーリエとユーリエの頭を撫でた。

 幸福そうな、天使の寝顔だ。

 ――誰がこの子達を手放すものか。

 姉さんと義兄さんに成り代わり。必ず幸せにしてみせる。

 そしてこの子達の活き活きとした笑顔の側にいる事だけが、俺の望みだ。

 それが、俺にとっての幸せなのだ。

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