第26話 騎士団の訓練法
「さて――では準備運動と行こうか。これはアクスベルの白竜牙騎士団でもやっていたものなんだが……」
「ええっ!? 騎士団の訓練法!? すげえ!」
ピートの目が輝いた。
「おお……! そいつはすげえな!」
「騎士団式の訓練がこんな所で受けられるとはな――!」
教室の参加者達からも、そんな声が上がる。
「訓練ではない。準備運動だ」
「エイスさん、どうやるんだい?」
「ええ。これから説明します。皆木剣は持っているな?」
俺はそう呼びかける。
「はいっ!」
「おお――!」
「「持ってまーす!」」
皆から返事が返って来る。
「よし。それでは皆木剣を構えろ。そして――全員俺達に打ちかかって来い。ただし魔術や技能の使用は禁じる。俺達も使わない」
「俺達!? エイスさん、俺もかかられる側かよ!?」
「大丈夫。純粋な剣の技量ですから、あなたなら問題ないはずだ」
「いや買い被りだって!」
「では開始。かかって来るがいい」
わっと参加者達が、俺達に押し寄せて来る。
八割方俺の方に向かってきたが、残り二割はロマークさんの方へ。
「うおおおおおおおっ!」
俺に向かって真っ先に突っ込んでくるのは、やる気満々のピートだ。
俺は彼の剣を自分の木剣で打ち払いつつ、参加者の集団に飛び込む。
一斉に木剣が俺に目がけて襲って来ようとするが、俺は彼等の頭上を飛び越えて、囲みの外へと飛び出した。
別に魔術も技能も使ってはいない。
踏切と同時に木剣の剣先で地面を強く突き、高く飛び上がったのだ。
自分が地を蹴る踏み切りと、剣で地面を突く間がぴたりと合えば、この位はできる。
集団を抜けて、俺は訓練場の壁際まで進んで振り向く。
既に俺を追いかけて迫ろうとする者が二人いた。
しかし二人だ――
俺は先に剣を繰り出してきた男の剣の軌道を見切り、途中で剣の腹を掌で押した。
そうすると男は姿勢を崩し、直後に続くもう一人の障害物となった。
二人が折り重なりながら、その場に倒れる、
さらに続く者達が、左右に分かれて先に倒れた男を避けつつ俺に迫って来る。
右に三、左に二――
俺は左側の二人に向けて踏み込む。
目の前に立つ二人は、ピートともう一人の男だ。
彼等は同時に剣を振りかぶり――
振り下ろそうとする瞬間を、俺は片手ずつで下から押さえて止めた。
二人ともすぐに押し込もうと力を加えて――きた瞬間、すっと手を離す。
重心が揺さぶられ、二人共が前にたたらを踏んでつんのめる。
俺は彼等の間に立ったまま、彼等に合わせて少し下がる。
こうすればこの瞬間、俺の左右はピートともう一人が壁になって攻撃を防いでくれる。
ピートともう一人が床に転ぶ。
その時、俺の背には訓練場の壁がある。
大多数が追い付いて来て俺を取り囲む。
しかし俺は跳躍すると壁を蹴り、囲みの外側に着地する。
また、距離が近い者から俺にかかって来る。
真っ先に到達するのはせいぜい二人。俺はそれをまた捌く――
一対大多数といえども、本当に局面局面を分析して行けば、一度に一人に攻撃できる人数は、そう多くは無い。
動き回りながら局面局面で相手する人数を極力少なく限定し、対処し続けて行けば、いつの間にか多数の敵だろうと制する事が出来るものだ。
とにかく、局面局面を敵数が少なくなるように予測して動く事。
それが一対多数の戦い方である。
俺は誰にもただの一太刀も浴びずに、準備運動を続けて行った。
やがて体力の無い者から、順に床にへたり込んで行ってしまう。
一人また一人と、俺を狙う参加者が脱落していく――
リーリエとユーリエも、初めは楽しそうにきゃあきゃあと俺を追い回していたが、やはり小さな子供故に体力が無い。暫くすると床にしゃがみ込んでしまった。
この娘達の本領は魔術だから、それ無しでは辛いだろう。
「じ、尋常じゃねえ……! 魔術も技能もなしなのに、この人数でかすりもしねえ――!」
「さすがあの有名なエイスさんだよな……! この短時間で嫌って程凄さが分かる!」
「ああ。だがロマークの奴も頑張ってるな、あいつあんなに剣の腕が立つんだな」
「そうだな、意外だな。てっきり弱っちいから雑用ばっかしてんのかと――」
俺は何度目かに俺の前に立つピートをあしらいつつ、見物客の声を聴いていた。
ピートはよく頑張っている。先程から俺に向かってきた回数は皆の中で一番多い。
しかしその父親のロマークさんもよく頑張っていた。
何発かは木剣の攻撃を貰いながらも、多数を相手に受け捌いている。
純粋な剣の腕だけならば、白竜牙騎士団の騎士にも引けを取らないのではないか。
「ゼェ――ゼェ……! いつまで続くんだこれは……!」
とロマークさんが肩で息をしていた。
「特に決まってはいません。一度準備運動で体力を根こそぎ奪った上で、本番の訓練を施します。追い込まれた状態での動きや判断力を鍛えねば、いざという時に使えない」
「ははは……! 軍隊式だねぇ――」
「ええ。一番軽い訓練内容ですが」
「これがかよ……! だがすまんエイスさん。俺がもうダメだ……!」
ロマークさんが床に倒れ込んでしまった。
「そうですか? では少し休んでいてください」
俺は最後まで立っていたピートが倒れて動けなくなるまで、準備運動を続けた。
その状態で、ようやく本番の訓練の開始だ。
素振りを千回。二人一組の打ち込みを五百。
そして最後に、俺かロマークさんを相手に実戦形式の打ち合いを。
それらが終わった頃には――俺以外の者は皆床にへたり込むか寝転がっていた。
「では、今日はここまでにしよう」
「……ははは。さすがアクスベルの白竜牙騎士団の訓練――とんでもねえ」
ピートは床に大の字になりながら笑っていた。
「ううう……絶対、明日筋肉痛だわ。止めとけばよかったかも――」
ネルフィは壁に寄りかかって座り込んでいる。
「よ、ようやく終わってくれたか……!」
ロマークさんも息子と同じ姿勢だ。
「皆、次回はもう少し楽な訓練内容にしておくか?」
「「「「賛成~~……」」」」
参加者たちがほぼ全員で口を揃えた。
俺とて鬼ではない。今日は加減が掴めなかったが、次回からは無理のない内容に改めるとしよう。
こうして考えると、慣れ親しんだ白竜牙騎士団だったがそこにいた人間達は間違いなく精鋭揃いだったと思わされる。
この訓練内容なら、白竜牙の騎士達は余裕でこなすからだ。
最初に体力を根こそぎ奪う部分だけは辛いだろうが――
「さ、リーリエにユーリエ。終わったぞ、待たせたな」
子供達に大人用と同じ内容は酷なので、暫く前に見学に移らせていたのだ。
すぅ――すぅ――
くぅ――くぅ――
二人は壁際に二つ並べられた椅子で、肩を並べながら眠っていた。
動いて疲れた上に、待っていて退屈したので眠気に襲われたのだろう。
子供というものは、本当に寝る時はぱったりと寝る。
「やれやれ――二人を抱えて宿まで帰らないといけないな」
二人の可愛らしさに、俺は目を細める。
「ネルフィ。二人の特別依頼の話は明日また聞きに来るとタラップさんに伝えておいてくれ」
「わかったわ。二人を宿まで抱えて連れて行くんでしょ? 私が手伝おうか?」
「いや、済まないがそれは遠慮する」
何故か?
リーリエを任せたらリーリエとの触れ合いが少なくなる。
ユーリエを任せたらユーリエとの触れ合いが少なくなる。
この素晴らしいひと時は、俺が独占させてもらう――!
俺は二人を抱えて、ギルドを出た。
時刻はもう、夕刻から夜になりかけていた。
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