第25話 エイスの剣術教室
そして、その日が来た。
冒険者ギルドの訓練場で俺が行う事になった、剣術教室の日だ。
「…………」
俺は集まった人々を見て、ふうと一つため息をついた。
人が多過ぎるのである。
元はといえばロマークさんの息子のピート君が言い出した事で、我が家の娘達もやりたいと言った。
なので三人。それに何人か増えるくらいを想定していのたが――
訓練場は人でぎっしりと埋まり、更に入りきれない者が外で立ち見をしていた。
参加はできないものの見学を、という事らしい。
とりあえず参加者だけで50人くらいはいるだろうか。
白竜牙騎士団の訓練に比べれば小規模なのだが、この場所ではかなり手狭だ。
それに一人で見るには50人は多い。
「ロマークさん。ちょっといいですか」
俺は見学者の中で息子ピートを見守ろうとしていたロマークさんを呼んだ。
「うん? 何だいエイスさん?」
生徒達の前に立つ俺の元に、彼がやって来る。
「少々人が多過ぎるので、稽古を見るのを手伝って下さい」
「ええっ!? 俺がかい!?」
「ええ」
「しかし俺なんか雑用しかやってねえ底辺冒険者だぜ? あんたの役に立つのか?」
というロマークさんの横から、息子のピートも顔を出して言う。
「そうですよ! うちの親父なんかじゃ人に剣を教えるなんてムリですよ!」
「いや――」
と、俺は首を振る。そしてロマークさんに視線を向ける。
「それは生活のためにそうしているだけでしょう? あなたの剣の腕は一廉のもののはずだ。身のこなしを見ていれば分かる」
「ええと……それは――うーん……」
「元はと言えばこの事態は、あなたにも責任の一端はある。責任は取ってもらいます」
「うむむ……」
「親父、出来るならやってくれよ! エイスさんが認めるなんてすげえぜ!」
息子にそんなわくわくした瞳で見られては、ロマークさんも断れない。
このあたりは俺もロマークさんも同じだ。人の親とはそういうものだ。
「わ、わかったよエイスさん、仕方ねえなぁ――」
後ろ頭を掻き、頷くロマークさん。
では助手も確保した事だし、教室を始めるとしよう。
というわけで俺は集まった生徒達を見渡した。
最前列の俺の目の前にリーリエとユーリエがちょこんと三角座りをして待っていた。
二人とも普段の服ではなく、稽古用にと用意した練習着に着替えている。
その横にはロマークさんの息子のピートが。
こちらはわくわくした表情で正座している。
そしてその横には――何故かは知らないがエルフの受付嬢のネルフィがいた。
「……ネルフィ? なぜ君が?」
「え? だってせっかくだし。職員が受けちゃいけないとは言われていないわ」
「そうですとも! こんな機会は又とありませんからな!」
ネルフィの横にいるタラップさんが、気合の入った表情で言った。
「タラップさんまで……」
ひょっとして、自分が出席したかったから教室を提案したのだろうか。
「おいおいギルドマスター、大丈夫かい? あんたのそのどう見ても運動不足な体でよ」
「失礼なロマーク君! 君も私が昔は腕利きの冒険者であったことは知っているだろう? 昔取った杵柄だよ」
と、タラップさんは布を巻いた稽古用の木剣を、ヒュンヒュンと振って見せる。
――腹がつかえて腰が入っておらず、手だけで振っている。
「……」
昔の雄姿の面影は、どうやら失われているようである。
「……どうするエイスさん? やらせるか? ケガするぞこりゃ」
と、ロマークさんが耳打ちしてくる。
「確かに危険だ……やはり止めて――」
しかし時既に遅かった。
「ぬがあぁぁ――っ!?」
タラップさんが悲鳴を上げて蹲ったのだ。
床に転がって、脂汗をかいてゴロゴロと転がるのである。
「タラップさん!?」
「ギルドマスター!? 大丈夫ですか!?」
俺とネルフィが彼に駆け寄る。
「こ、腰がああぁぁぁ……腰がああぁぁ――!」
腰を痛めたのか――あの動きに腰などまるで入っていなかったのに。
「あーあ。言わんこっちゃねえ――」
ロマークさんは額に手を当てヤレヤレと首を振る。
「年寄りのつめたい水――」
と、ユーリエが呟いていた。
「年寄りの冷や水、だな」
「うにゅっ!?」
「ねぇユーリエ。無理して難しい事言わなくていいんじゃないのぉ?」
「いいの! 頑張るんだから!」
「それより二人とも、タラップさんを頼む。治せるか?」
「「うん!」」
声を揃えて頷く二人がタラップさんの横にしゃがんで、治癒魔術をかける。
柔らかな水色の光が腰にあてがわれると、タラップさんの歪んでいた表情が次第に和らいで行く。
「おお……! 痛みが引いていきますよ。これはひょっとして治癒魔術では……!?」
「うんっ! そうだよ!」
「もう大丈夫だから、じっとしててね」
程無くして、タラップさんは立ち上がれるようになった。
もう腰の痛みもないようである。
「どうもありがとう、お嬢さん! いやあ二人そろって治癒術師とは、さすがエイスさんのお子さん達だ!」
「すごいなあ、あんな小さいのに――」
「簡単に治るんだな、治癒魔術ってすげえな……!」
タラップさんの喜びの声に、それを見ていた観衆達の拍手。
リーリエもユーリエもえっへんと胸を張っている。
そしてこの子達が褒められると俺も鼻が高い。
「治癒魔術なんて使えるなら、わざわざ薬草取りだ魚釣りだ店番だなんてやらなくてもいいのに――」
と、ネルフィが呟いていた。
「いやしかし、治癒術師向けの依頼などなかっただろう」
「まあ、そういえばそうね……」
治癒魔術の使い手は貴重だ。
それがいないと成り立たない依頼など、そもそも冒険者ギルドで扱われていないのだ。
「しかしここにいて下さるのであれば、用意せざるを得ません! どうでしょう、お子様方への特別依頼として、ギルドの救護係をやっては頂けませんか? 依頼で怪我を負う冒険者も多いですから、救護係がいて下さるのは願ったり叶ったりなのです」
復活したタラップさんがそんなことを言い出す。
この子達の夢は『聖女ミルナーシャ』のような立派な治癒術師になる事だ。
治癒魔術を活かした依頼はこの娘達の将来のためになるだろう。
「……リーリエ、ユーリエ。どうする? これは二人が決めていい」
「はい、やりますっ!」
「うんっ! それがあたし達が一番やりたい事だから!」
「おおっ。ありがたい! ではこの教室が終わってから早速準備を――」
「いや、あんたはすぐに準備に行ってくれ。また怪我されちゃかなわねえ。それに、これは重要な話だろ?」
ロマークさんがタラップさんを制止する。俺も同意見である。
「うぬう――残念だが、確かにすぐに準備に取り掛かるべき……ギルドの皆のためだ」
とタラップさんは残念そうに頷いた。
「では、私は事務手続きなどに取り掛かっておりますので、こちらが終わりましたらお子様方と私の所にいらして頂けますか?」
「ええ。分かりました」
俺が頷くとタラップさんが退出して行った。
さて、思わぬ事故はあったが、剣術教室の方を続ける事にしよう。
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