第21話 冒険者バッジ
「で? なぜこんな所に君がいる?」
「それが――さっきの罰として雑用をやって来いって、ちょっと手の足りなかった依頼を私がやる事になって……薬草集めなんだけど」
「そうか、それは俺のせいで済まなかったな。悪気は無かったんだが」
「そんな! 私が悪かったのよ、ごめんなさい」
「まあ止めておこう。謝り合っても不毛だからな」
「――そうだね」
「しかし今のはミノタウロスだったが、よく現れるのか?」
「いや、そんなの聞いた事無いわ……! もしそうなら絶対来ないし。本当に何でこんな所に――」
「一応、タラップさんに報告しておいた方がいいだろう」
「分かった、報告しておくね」
と頷くネルフィに娘達が籠に一杯にした薬草を見せる。
「ねえネルフィおねえちゃん、薬草いっぱい集めたよ!」
「これで足りる!?」
「お? おおおーいっぱいだね、ありがとねー! これなら私が集めなくても十分よ」
「依頼の報告をしたいんだが、頼めるか?」
「うん任せて! 私も一緒に戻るから、手続するよ」
俺達はネルフィを伴って冒険者ギルドに戻った。
そして、依頼の完了手続きを行った。
リーリエとユーリエには、これが初めての依頼達成だ。
「はい、初めての依頼達成おめでとうっ! このギルド支部では記念に冒険者バッジをプレゼントしてますっ! はい付けてあげるねー」
と。窓口の奥から持ってきた蛙の顔を象ったバッジをリーリエとユーリエに付ける。
蛙のモチーフなのは、この街で信じられている水神様にあやかっているのだろう。
「わーいありがとー♪」
「結構可愛いい!」
「エイスさんもいる?」
「いや、俺はいい」
「エイスくんも付けようよ~!」
「お揃いだよっ♪」
そう言われてしまっては、俺に断る術はなかった。
全くの個人的な好みだが、俺はあまり蛙と言うやつが好きではないのだが――
だが子供達がお揃いだと喜んでくれるなら、俺の好みなど些細な事だ。
「ではもらおう」
「はいはいっ」
家族三人、お揃いの冒険者バッジを付けた。
「今日の依頼はここまでだ。続きはまた明日な」
「うん、じゃあ次は――お腹すいた!」
「うん、すいた!」
「そうだな、もう夕飯時だ。何か食べに行こう」
「あ、エイスさん。助けてもらったお礼に、私に奢らせて!」
ネルフィがそう申し出て来る。
そこまでして貰わずともよかったが、彼女がどうしてもと言うのと、娘達がネルフィと食事を共にしたがったので、受ける事にした。
俺達が部屋を取っている宿の二階で食事ができるので、場所をそこに移した。
このレイクヴィルの街は、隣接するエスタ湖の恵みで成り立っている面が大きい。
主に食されているのは、泉で採れる魚類だ。
なので俺達のテーブルにも、魚料理が多く並ぶ事になった。
「! これ美味しい!」
ユーリエが声を上げたのは、魚を生で捌いた切り身だった。
魚の産地に近い場所では、新鮮な魚が食べられる。
魚は新鮮であれば、生食も可能だ。更に並ぶ白い切り身は、見栄えもいい。
アクスベルの王都アークスでは生の魚は食べられなかったが、ここでは出されている。
こういう違いを楽しむのも、旅行の醍醐味の一つだろう。
どうやらユーリエは生の魚が好きなようだ。
「わたし、これが好き~」
リーリエは魚の形をした蒸し菓子を食べていた。
本当にこの子は甘いものには目がない。
「ふふふっ。私の奢りだからねー。いっぱい食べてねー」
「「はーい!」」
子供達を見て、ネルフィも笑顔になっている。
本当にこの天使達は、その存在だけで周囲の心を和らげる魔法を持っている。
「騎士を辞めて三人で家族旅行中だって、ギルドマスターに聞いたわ。楽しそうね?」
とネルフィが俺を見る。
「ああ。最高だな。間違いない」
「騎士にはもう戻らないの? 凄く偉かったのよね?」
「そのつもりは無い。この子達との家族旅行以上に意義のある時間の使い方は無い。まさしく至福の時だ。それに比べれば、筆頭聖騎士や騎士団長などどうでもいい。今まで俺が騎士として過ごしていた時間の数倍、いや数十、いやいや数百数千倍も素晴らしい。俺は旅に出てそれを実感している。これを止める理由は無いな」
「はははは――物凄く楽しいって事だけは伝わったわ……」
と、苦笑いされた。
「ネルフィさんは何でギルドで働いているの?」
ユーリエが質問した。
人里で暮らしているエルフは珍しい。
彼等は魔素が豊富な美しい森の中に集落を作り、そこに暮らすのを好む。
人と対立するわけではないが、そこまで融和しているというわけではない。
エルフは割と排他的であり、人とは棲み分けをしていると言った所だ。
稀に人の世界で暮らしていエルフもいるが、そういう者はその強い魔力を活かして、国にとって重要な位置に就いていることが多い。
その位の地位と名誉を与えられなければ、彼等は静かな森の集落からは出てこないという事だ。平穏と平静を好む種族なのだ。彼等にとって人里は賑やか過ぎる。
ネルフィのように、人里で一般人と変わらない生活をしているエルフは本当に珍しいだろう。俺は彼女の他にもエルフを見た事があるが、どこだったかの国の軍の将軍だった。
ユーリエがそこの所を質問するのは、そのエルフの立ち位置、文化が何となくではあれ分かっているからである。
8歳にしてそこまでちゃんと知識を身に着けているこの子を俺は誇りに思う。
「珍しいかもしれないけど――私は賑やかなのが好きなの。だから冒険者ギルドで働かせてもらってるわ」
「へえ――エルフっぽくない。静かなのが好きって本で見たから」
きょとんとするユーリエ。
「ふふふっ。そうね。だから私は、あなた達が賑やかにしてるのを見るのも楽しいわよ。皆で旅行するのは楽しい?」
「うんっ! 美味しいものも食べられるし!」
「冒険者になって依頼もできるし!」
ユーリエに続いてリーリエも頷いた。
「「それに、ずっとエイス君と一緒にいられるし!」」
笑顔で台詞を揃える子供達。
――何て可愛らしい。そして何て嬉しい事を言ってくれるのか。
幸福感が全身を突き抜けて爆発してしまいそうだ。
生きていてよかった――!
「この子達は治癒術師の素質がある。この旅でその修行にもなれば――とな」
「「ミルナーシャ様みたいな立派な治癒術師になるの!」」
「へぇ~『聖女ミルナーシャ』ってすごい偉人よね。頑張ってね!」
「「うんっ!」」
「すごいなー。私エルフの中では魔術も苦手だし落ちこぼれだから」
「そんな事は無いだろう」
「え?」
「俺は他所の国の将軍の地位にいるエルフを知っているが――君からもそれと変わらない魔力を感じる。魔術が苦手だと言うなら、何か原因はあるのだろうが才能はある。それは間違いない」
「……そうなの? よく分からないけどありがとう。でも今のままでも満足よ」
ネルフィはそう言って笑顔になった。
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