第19話 子供の前でズルはできない
通されたのは、二階へ登った奥にある一室だった。
貴賓室といった風情で、置いてあるソファーやテーブルが上質なものだった。
褐色の木製のテーブルをはさむソファーに、俺達は一列に座った。
そこにタラップさんが、約束のお菓子を持って来た。
深くて丸い木皿の中に、パイ生地を固めに焼いたお菓子が入っていた。
「ささ、どうぞどうぞ」
「わーい、いただきまーす♪」
「いただきます!」
俺も一つ取り上げてみると、そのお菓子は頭部が蛙の形の人型をしていた。
変わった形である。わざわざこの形に焼き上げているのだ。
「水神パイと言いましてね。まあ、我がレイクヴィルの街の名物ですな。街に面するエスタ湖には、蛙に似た水神様がお住まいになっているとの伝説がありましてな。その伝説の水神様を象った焼き菓子ですよ」
「なるほど――」
まあ、子供達が美味しい喜んでいるので何の問題も無いが。
「この街はエスタ湖の恵みと共にありますからね。昔から土着の水神信仰が根強いのですよ。かつては若い娘を生贄に捧げると言ったような蛮行も横行していたとか――」
「確かに蛮行ですね」
俺ならば生贄を取るような水神様は抹殺するが。
生贄と簡単に言うが――
その娘本人は元よりそれを宝として育てた親の気持ちはどうなのだ。
それを分からぬような神を騙る偽物には、敬意など払う必要はない。
人に仇なす魔物として消し去るのが相応しい。
「ええ、蛮行ですね。それはさて置き――先程は慣れない職員が大変失礼を致しました。まさかあの高名なエイス・エイゼル卿がこのギルド支部を訪れて下さるとは――」
「それほど驚くような事なのですか?」
「もちろんですとも! アクスベルの筆頭聖騎士様のご勇名は、このスウェンジーにも鳴り響いておりますよ!」
「それは――参りました」
「は?」
「俺はもう騎士を辞め、今はただの無役の男です。単に家族旅行を楽しんでいるだけなので――騒ぎになっては困ります」
「な……!? エイス卿が国を出奔なされたのですか!?」
「ええ。ですから卿などとお呼び頂かなくとも結構です」
「は、はあ――ではエイス様……? さん……?」
「さんでお願いします」
「わ、分かりましたエイスさん。それではここを訪れたのは、本当に単に冒険者として依頼をお受けになりに――?」
「まあ俺がではなく、この娘達が冒険者になってみたいと言うので――俺はその付き添いと思っていましたが、昔冒険者をやっていた頃のカードがありましたので、今でも使えないかと聞いてみただけです」
「な、なるほど……! では、エイスさん程の方を第七等級として扱うなど失礼な話。特等級の冒険者カードを用意させますから、それで冒険者ギルドにご協力頂ければと思うのですが……? 特等級であれば、定期的にギルドから支援金も出ますので――」
聞いていた子供達が吃驚する。
「エイスくん、いきなり一番上の冒険者なの!?」
「すごい――! けどなんかずるーい。頑張ってないのに!」
「うん――ずるーい!」
と、子供達に言われてしまった。俺もその通りだと思う。
「済みませんがタラップさん。子供達にそう言われては、ズルはできません。大人は子供の手本でなければ」
「で、ですがエイスさん、それでは余りにもあなたのお力が勿体ないのですが……」
「構いません。俺は能力を活かしたいのではなく、家族旅行を楽しみたいだけなので。子供達と一緒に一から出直すのも新鮮です」
「むむむ……そう言われてしまうと何も言えませんが――その、もしご迷惑でなければ、何か街の安全に関わるような大事件が発生した時は、ご協力願えますでしょうか?」
「ええ。ずっとここに住み着くわけではありませんので、ここにいる間でよければ」
「ありがとうございます、エイスさん! 家族旅行と仰っていましたが、どちらに行かれるのですか?」
「取り合えず『浮遊城ミリシア』を見に行くつもりですが、その後の事は決まっていません。ミリシアがやって来るまでまだ暫くありますので、近くなるまでこの街で依頼などして過ごそうかと」
「なるほどなるほど。ミリシアは観光名所ですからね。いやしかし、エイスさんがこの街に留まってくれるのは心強いです。お力をお貸し頂く事態など無い方が良いですが、何があるか分かりませんからね――」
「何か心当たりでも?」
「いえ、そういうわけではないですが――もしものためですよ」
「そうですか」
「もうじき街では水神様の祭りもあります。結構賑わいますので、祭りを見てからミリシアを見に発たれてもよろしいかと思いますよ。それでも間に合いますから」
「お祭り!?」
「楽しそうね!」
「ああ。花火も見られるよ。湖の中心に船を浮かべて打ち上げるんだ。凄く綺麗だよ」
「わぁ……!」
「見たいー!」
「ああ、そうだな」
トントン。そこで扉がノックされた。
タラップさんがどうぞと応じると、先程のネルフィが入って来た。
「失礼します。皆さんの冒険者カードが出来ましたのでお持ちしましたが――」
「ああご苦労様」
「三人とも第七等級になってますが、大丈夫ですか?」
「ああ。構わないとの事だ」
「わかりました。ではエイスさん、はいどうぞ」
と、新品の冒険者カードを渡された。
「それからリーリエちゃん」
「は~い!」
嬉しそうにカードを受け取るリーリエ。
「最後にユーリエちゃん」
「はい!」
ユーリエはリーリエより幾分落ち着いた反応だが、目は同じようにキラキラしている。
「やった~これで冒険者だね!」
「うん! 自立した大人の女性への第一歩よ!」
ユーリエは難しい事を言うな――
と感心しつつも、俺は内心ではまだまだ自立などしてくれなくていいと思っていた。
俺とエイミー姉さんの場合はそうせざるを得なかったのだから、そうしていただけだ。
彼女達には俺がいる。彼女達の支えになる事が俺の喜びだ。
支えがいらなくなると、その喜びも終わってしまうのだから。
いずれ俺の元を巣立っていくのだから、今はまだまだ子供でいて欲しい。
まだまだ俺を振り回し、困らせて欲しいのだ。
そう思うのは、俺の我儘だろうか――?
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