プロローグ2 天使達
アクスベル王国、王都アークス――
スラナイ山地での魔物討伐から帰還した俺――エイス・エイゼルは、屋敷の正門の前に降り立った。
通常なら早馬でも数日という所だが、何とか我が家の天使達がまだ起きているであろう時間内に戻る事が出来た。
大きな重い門を開き、敷地内に入った。
相当広い庭であり、館の本館までそこそこの距離がある。
個人的には自分の屋敷ながら、広すぎる敷地と建物だと思う。
元々俺は平民。王国の外れの辺境ニニスの出身だ。
村で過ごした小ぢんまりとした生活の方が、性に合う。
だがこの屋敷が王からの賜りものである以上は、拒否も出来なかった。
子供たちが思い切り遊ぶには都合がいいから、悪い事ばかりでもないが。
「さて……リーリエとユーリエはまだ起きてくれているか――」
館に向かって庭の道を進みつつ、俺は呟く。
どうしても、歩くのは速足になってしまう。
まだ二人とも八歳なのだ。夜の就寝は早い。
ここの所は任務が立て込んでおり、朝は早く夜は遅かった。
起きている彼女達の顔を見るのは数日ぶりになる。
本当なら毎日早く帰り自分の手で食事を用意してあげ、お風呂にも一緒に入ってあげ、寝付くまで絵本を読んであげたりしたいのだが……
正直屋敷の使用人に彼女等の事を任せきりになっており、俺としてはそれが最近の不満の種だった。もっと娘達との時間を取りたいのだ。
八歳であるあの子達と過ごせるのは今しかないのだ。
来年になれば、九歳であるあの子達と過ごせるのは、その時しかなくなる。
つまり、仕事などどうでもいいので娘達といたいのだ、俺は。
だから、最近は早く帰るためになら、惜しみなく全力を出すことにしている。
ただでさえ通常の任務に加えて、最近は王家のヒルデガルド姫様の護衛だの何だので引き回されることが多い。
迷惑なので本当に止めて貰いたいのだが、一応臣下の身としては従う他が無い。
さて、館の玄関がもう目と鼻の先までに近づいてくると――
扉が内側から、勢いよく開いた。
そしてその中から、二人の金髪の少女が飛び出して来る。
「エイスくーん!」
「エイス君っ!」
我が家の天使達が、二人して我先にと抱き着いて来た。
「「おかえりなさいっ!」」
そして満面の笑み。ああ、何て可愛らしいのだろう……
これだけでもう、地竜の千匹や二千匹は軽く倒せる。
それ程の生きる気力、活力を沸き起こさせてくれる。
胸がじんわりと熱くなり、優しい空気が俺を包む。
正直言って、この笑顔のためなら俺は死ねるだろう。
こんな気持ちになるのは、この娘達と一緒の時だけだった。
他の時は何をしていても、俺は基本的に無表情、無感動だったらしい。
死んだ姉さんや周囲の人間からも、よくそれを言われていた。
自分ではそれが自然と思っていたが――
この娘たちが俺の人生に現れることによって、明らかに何か違うものを感じるようになった。この娘たちといると、何故だか自然と、俺も笑顔になってしまうのだ。
目の前に彼女達がいてくれるだけで、それがもう俺にはこの上ない幸福だった。
俺は左右の腕で一人ずつ、リーリエとユーリエを抱き上げた。
髪の毛を頭の横で二つくくりにしているのがリーリエ。
頭の後ろの高い所で一つまとめに結い上げているのがユーリエだ。
二人ともそれぞれ、お気に入りの髪型があるのである。
「ただいま、二人とも。いい子にしていたか?」
「うん! わたし、いい子にしてたよ!」
「嘘! リーリエは二階の廊下の絵を落として額を壊してたよ」
「あっ! ユーリエ! エイスくんには内緒って言ったのにぃ~!」
「ふーんだ。あたしのおやつを食べた罰だもーん」
「うううう~!」
可愛らしいやり取りである。
これを見れただけで、早く帰って来たかいがあるというものだ。
「はははは。落ちた額で怪我はしなかったか?」
「してないよ!」
「マルチナさんには、ちゃんとごめんなさいはしたのか?」
「したよ!」
「そうか、じゃあいい子だな」
俺はリーリエに笑顔で頷く。
マルチナさんとは、うちの屋敷で働いてくれている使用人の女性だ。
俺とは親子ほど年齢が違う。
自分自身も子供がおり、子育てを経験しているので何かと詳しく、頼りになる存在だ。
元々生前の俺の姉――エイミー・エイゼルが雇っていた人で、姉さんが辺境のニニスからこの王都アークスに出て来て仕官する事になった時からの付き合いだ。
両親を既に亡くしていた俺達は、姉さんの仕官に合わせて王都に移住したのだ。
姉さんが17歳、俺が10歳の頃の話だ。
だからもう、マルチナさんとの付き合いは十年以上になる。
三年前に姉さんと義兄さんが亡くなってからは、俺が雇わせてもらっている。
二人とも流行り病だった。
姉さんは治癒術師で、病気の人間を診る事も多かったから――
その後、義兄さんの実家は平民出身の姉さんをあまり快く思っていなかったらしく、リーリエとユーリエを厄介者のように言ったので、俺が彼女達を引き取る事にした。
彼女達を愛せない者に引き渡すなど言語道断。
その時既に俺は筆頭聖騎士で白竜牙騎士団長になっていた。
通常の給金や戦や魔物討伐の恩賞で、既に一生使い切れない程の資産があった。
身請け金だと言って莫大な金額の金を叩き付けてやると、奴等はあっさりこの双子を俺に引き渡した。
この時ばかりは流石に、俺が筆頭聖騎士で白竜牙騎士団長であった事に感謝をした。
金に拘りなどなかったが――この天使達の役に立ったのなら価値がある。
「ねえエイス君、晩御飯はもう食べた?」
と、ユーリエが聞いて来る。
リーリエやユーリエが俺の事を君づけするのは、姉さんが俺をそう呼んでいたからだ。
小さいながらそれを見て、きっちり真似をするのである。
「いや、まだだな」
「じゃあ、あたしがよそってあげる! マルチナさんがシチューを作ってくれたの! あたしも手伝ったんだよ!」
ユーリエが、俺の腕からぴょんと飛び降りる。
「だから早く手を洗ってきてね!」
「ああ」
俺が頷くと、ユーリエは一足早く室内に戻って行く。
「あっ! わたしもエイスくんのごはん、よそう~! 待ってユーリエ~!」
リーリエもぱたぱたとユーリエを追いかけて行った。
賑やかで、微笑ましい。
家族と言うものは、いいものだ。
俺は頬を緩めながら、館の中へと入って行った。
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