第16話 レイクヴィルの街
そして数日後――
俺達はアクスベルとスウェンジーの国境を無事に越え、スウェンジー王国側に入った。
これでアクスベルの領内からは抜けた事になる。
ここまでは特に追手も無く、一安心――と言えなくもないが、油断は禁物だ。
国王陛下が、アクスベルを出る俺達への手出しは罷りならぬと命じて下さった可能性がある。
リジェール殿やフリット殿がどうしても俺に追手をかけたいのなら、国外に出るのを待って仕掛けてくるかも知れない。
そうすれば、国王陛下の命に背いた事にはならないからだ。
国外に出ても、暫くは油断できないだろう。
ただ、子供を連れて旅をするという事は、至福の時であると共に緊張の連続でもある。
子供の行動は読めない。いつどこで何があるか分からない。
だから常に気を配り、何があってもいいように即応態勢でいる事が必要だ。
少なくとも俺は常にそうしている。この娘達に何かあってからでは遅いのだ。
緊急時にこの娘達を守る仕掛けもいくつか施してはある。
追手があろうがなかろうが、普段から俺に油断は無いのである。
そういう意味では普段と行動を変える必要は、実は特になかった。
俺達は予定通り、スウェンジーに入って初めの大きな街――レイクヴィルに暫く逗留することにした。
娘達お望みの、冒険者ギルドに入って冒険者を体験してみるためだ。
このレイクヴィルには、冒険者ギルドの支部があるのだ。
当面の目的である『浮遊城ミリシア』観光ができる街はまだ先だが、ミリシアが年に一回そこにやって来るのはまだ暫く先の話。
なので、このレイクヴィルで時間を潰すのも悪くはない。
俺達は大通りに面した宿を取ると、街に出る事にした。
時間はちょうど、昼時。
通りの左右に並ぶ露店から、様々な香ばしい香りがする。
そんな中を、俺達は三人並んで歩いていた。
俺の右手を姉のリーリエが握り、左手を妹のユーリエが握っている。
二人の天使に囲まれて、見たことのない街を散策する。
素晴らしい時間ではないか。騎士を辞めて出てきて良かった。
二人がそれぞれに目を輝かせている様子に、俺の心も踊る。
多分、一人で歩いていたら何の興味もそそられない露店の品々が、途端に宝の山に見えてくる。
「「あ! あれおいしそう――!」」
と二人が同時に声を上げた。
だが見ているものは違う。
リーリエは通りの右側の果物を飴で包んだお菓子に気を取られており、ユーリエは左手の魚や貝などの具材を生地で包み蒸しあげたものに気を取られていた。
食の好みも、勿論だが二人それぞれに異なっている。
リーリエはとにかく甘いものを欲しがるので、お菓子を食べ過ぎてお腹がいっぱいになり、食事を残してしまう事もあるような子だ。好き嫌いも多い。
ユーリエも甘いものは好きだが、食事前にお菓子を食べ過ぎるというような事は無く、しっかりしている。好き嫌いも余り無いが、好きなものの種類が肉類より魚や野菜の漬物だったりで、結構渋い。ちなみにリーリーエにおばあちゃんみたいと言われると怒る。
ともあれ二人それぞれの方向に俺を引っ張っぱろうとするので、俺は二人の間で綱引きされる事になってしまう。
「はははは。二人とも、同時には行けないから順番にしてくれよ」
俺が二人いればいいのだが――魔術で可能だろうか?
いや、ダメだ。と俺は考えを否定する。
俺がリーリエと行けば、ユーリエとの楽しいひと時をもう一人の俺に譲る事になる。
逆も然り。ユーリエと行けば、リーリエとの時間が無くなる。
そんな事は認められない。この至福の時は俺が独占させてもらう。
それがもう一人の自分だからと言って、譲る気は無い。
「じゃあ先にこっちだね、エイスくん!」
「ダメ! こっちよエイス君!」
「まあまあ、じゃあどうやって決めようか――」
と、道で立ち往生していると――
「うわああああぁぁぁ!? ど、どいてくれええぇぇ!?」
荷車が俺の目の前に迫っていた。
荷物を積み過ぎて制御を失ったのか、それを押す男の顔が焦っていた。
俺は二人に綱引きされていて、動けないが――
荷車は俺だけに当たりそうに見えた。ならば大丈夫だ。
ドガッ!
俺に荷車が衝突し――荷車の方が吹っ飛んだ。
俺の方は特に何も影響ない。軽く気装身をかけておけば、この程度ではビクともしない。
荷車と男は横倒しになってしまったが――悪い事をしたか。
「いててて――お、おいあんた大丈夫か!?」
男は身を起こすと心配そうに俺に駆け寄ってくる。
「問題ありません。それより荷車を倒して済みません」
「いや、俺が悪いんだ。詰み過ぎてよろけちまった」
「荷を積み直しましょう」
俺は荷車を戻し地面に落ちた荷を積み直すのを手伝った。
幸い木の実や乾物を詰めた袋が落ちただけだったので、特に影響はないだろう。
「……」
「何か?」
「すげえ力だな兄さん。そんなクソ重いもんをひょいひょいと」
「いや、大した事では」
と、呆れる男にリーリエとユーリエが近づいた。
「ねえおじさーん。足、擦りむいてるよ?」
「ん? ああこんなもん大した事ねえよ」
「でも痛いでしょ? 治しますね?」
二人の治癒術が男の足の傷を治した。
「うおおっ!? こ、これは……治癒術ってやつか!? 凄いな、初めてかけて貰ったよ。ありがとう!」
「「どういたしまして!」」
二人の笑顔に男も笑顔になっていた。
そうだろうそうだろう。うちの娘達はさぞかし清らかで気高く可愛らしいだろう。
その気持ちはよく理解できる。
「さ、荷も積み終えました」
「いろいろ済まねえなあ、何か礼を……」
「いえお構いなく――あ、いや。でしたら冒険者ギルドの場所を教えて貰えますか。この街は初めてなので」
「ああそれだったらさ、このまま真っすぐ行って突き当りを右さ。でかい看板があるからすぐ分かるぜ」
「どうもありがとう。では失礼します」
「ああ、こちらこそな」
と、俺達は男と別れた。
「突き当りを右か――近そうだな。二人とも、行ってみるか?」
「「待って!」」
「ん?」
「「あれ食べたい!」」
と、二人とも先程見ていた露店を指差す。
忘れていなかったようだ。
「わたしが先ー!」
「あたしが先ー!」
再び天使達による俺の綱引きが開始されたのだった。
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