第14話 封魔の煙霧《ミュートスモッグ》
ダッカが俺の正面に立ち、コタールが背面を取る。
完全なる挟み撃ちの構図だ。
俺は間合いの取り合いを放棄していた。
奴等の好きなように、好きな間合いでかかってくればいい。
駆け引きなど必要ないのだ。
ただ一つだけ、やっておくべき事はある。
「リーリエ、ユーリエ。下がってビュービューの側にいるんだ」
子供達だけは、ちゃんと下がらせておかないといけない。
もし巻き込まれてケガでもしたら大変な事だ。
俺の言葉に、二人は素直に従って下がる。
俺はダッカとコタールから視線を外し、娘達を見ていた。
それを隙と受け取ったのか、ダッカが動く。
「ヘッ! 余所見とは余裕だねぇ! だが――!」
懐から、紫色をした球体を取り出した。
俺はそれを知っていた。正確には、透明な球体の容器に、紫色の中身が入ったものだ。
「俺たちゃ、魔術師狩りはお手の物でなぁ!」
ダッカは、俺の足元に球体を強く投げつける。
バリンと音がして球体が割れ、中から紫の煙霧が立ち込める。
これは、単なる目くらましの煙幕の類ではない。
確かに視界も悪くなるが、それ以上にこの煙は魔素の動きを封じる効果があるのだ。封魔の煙霧と呼ばれている。
錬金術師などが創り出す、魔術的な道具の一つである。
ちなみにかなり高価なもので、まさに対魔術師の切り札になるアイテムである。
「「はああああっ! 気装身!」」
ダッカとコタールは、戦士の神フィールティの技能を発動させた。
彼らの体が、可視化した気の輝きに包まれる。
その効果は、純粋な身体強化だ。単純だがどんな場面でも使える汎用性がある。
封魔の煙霧の影響下でも、魔素を使わない技能であれば当然使用が可能だ。
技能という技術は、大気中の魔素ではなく、個々人が持つ生命エネルギーである気を使う。魔術とは全く違う原理のものなのである。
封魔の煙霧で魔術を封じ、自分達は技能で攻撃を仕掛ける。魔術師狩りにおける最高の戦術である。
「おら行くぜぇ! 兄さん!」
およそ並の人間ではあり得ぬ猛獣のような勢いで、前後から二人が襲い掛かって来る。
抜き身の剣が俺を切り捨てようと、猛烈に迫って来る。
――俺はそっと、手を前と後ろに伸ばす。
ぴたり。
それぞれの剣の刀身を、指二本ずつで挟んで止めた。
「「なっ……なんだとおおおおぉぉっ!」」
二人が驚愕の声を上げる。
「……余裕が無ければ、余所見などしない。そう言う事だ」
二人が顔を赤くして押しても引いても、俺の指が挟んだ剣は動かない。
「ぐぐぐぐぐ……っ!」
「なんてぇ馬鹿力だ――っ! これが魔術師かよ――!」
「それはそちらが勝手に判断しただけだ」
「なるほど魔戦士かい、兄さん……!」
「まあな」
魔術を専門に操るのは魔術師。
技能を専門とするのは戦士や騎士。
そして両方を扱うのは魔戦士のように呼称する。
が、魔術と技能を併用する魔戦士は、誰しもが目指す道ではない。
両方扱えることが純粋に強いとは言い切れないからだ。
魔術や技能を扱う際、人間は体の魔孔節を通じて魔素を操り、気孔節を通じて気を操る。
ただ、この魔孔節と気孔節は、元々同じ器官が発達したものであり、人体にとって二者択一のものなのだ。
つまり純粋な魔術師が魔孔節を体に100持っているとしたら、魔術と技能が半々の魔戦士は、魔孔節が50に気孔節が50となる。
それが同じ人間だと仮定するならば、魔戦士の場合は魔術師の半分の魔術の威力しか出せないのである。技能も同じだ。
そして、二種の器官を発達させるための訓練はどちらかに専念する場合の数倍の労力を必要とする。つまり見返りが割に合わないから、たいていの人間はどちらかに専念する。
魔戦士が純粋な魔術師や戦士騎士に勝るのは、守護紋を複数持ち、能力の重ね掛けで、どちらかに専念する場合の能力を越えられる場合のみ。
例えば俺の場合なら、戦士の俺の気装身を超えるには、魔戦士の俺が気装身と風纏を併用すれば若干上回るか。
さらに別能力を掛け合わせることによって、どんどん魔戦士側が有利になっていく。
重ね掛けの数が多ければ多いほど、消耗は激しいが。
俺の場合は神の守護紋が全26種もあるため、打つ手の幅を広げる意味でも、最大出力の面でも、魔戦士が最適解だ。
だが例えば戦士の神フィールティの守護紋しか持たない者が魔戦士になってしまうと、身体強化の面では気装身の威力が半減するだけになる。
同じ神の能力は、同時に複数発動できない。
重ね掛けは異なる神による魔術や技能でしか不可能なのだ。
「しかし、何てぇパワーだ……! 一体幾つの能力をかけ合わせてやがる……!」
「気装身だけだがな……」
「何だと……!? 魔戦士の気装身に純粋な戦士の俺達のが負けるってのか……!?」
「質の違いだな。俺の気孔節の数はお前達の半分でも、一つ一つの質が数倍あれば問題無いだろう」
「馬鹿言えっ……てんだよ……! これでも俺達ぁ第二等級の冒険者だってのに!」
「井の中の蛙だな。大海を知るといい」
「生意気な小僧があぁっ!」
押しても引いてもビクともしない剣を諦め、俺の背面のコタールは懐からナイフを取り出して躍りかかって来る。
俺はその動きに、軽く後ろ蹴りで合わせる。
蹴りがコタールの腹に触れると――
「うがあああああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
くの字になって吹っ飛んで行き、地面にバウンドした。
そのまま土煙を上げて二度三度とバウンドしながら、林の木に突っ込む。
衝撃で木が真っ二つに折れて、音を立てて倒れた。
そしてコタールは泡を吹いて地面に伸びて、起き上がっては来ない。
どうやら気絶したらしい。
「な、なななななな……! なんだよこりゃ――本当人間かよ兄さん……!」
「どうする? まだやるか?」
「い、いや……止めだ止め! 俺が悪かった! すまんこの通りだ――!」
ダッカはその場で土下座までして見せた。
変わり身が早いと言おうか――だが臨機応変であるともいえる。
長生きをしそうなタイプではある。
「では白状しろ。お前達は翠玉竜が無害であると知りながら、金に目が眩んで自ら襲った。まだ幼生体だから、倒せると踏んでな。違うか?」
「そ、その通りだ、すまん……! 金に目が眩んじまった! こんな事になるとは、考えてなかったんだ……」
それを皆の前で白状させれば、まあいいだろう。
「――と言うわけだ、皆。我が家の子供達を疑うのは止して頂こう」
と、俺は村人達に呼び掛ける。
「何てこった……こんな話があるかよ」
「だが、もう家は戻らないんだな……」
「真相は分かったが、これなら嘘でも何でも……」
家が焼けてしまった村人達は、打ちひしがれていた。
俺が勝ってしまった事を残念がっている様子も見える。
確かに、ダッカなら村を立て直す金を融通してくれたかもしれないのだ。
それが、何の罪もない命を奪って得たものだとしても――
「もう、止さんか!」
そう呼びかけたのは、白髪の村長の男性だった。
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