第120話 魔導王
「あなたこそは我が主ぃぃぃ――! 全ての神に愛されぇぇ! その力を意のままに操りし神の子ぉぉッ! 我らを生み出された絶対無比の存在ぃぃぃぃッ! それすなわち魔導王なりぃぃ! 我等が眠りにつきて幾星霜――おぉ王よ! お会いしとうございましたああぁぁぁーーーーッ!」
何の事かは知らないが、マポレフスキンは本気で感涙している様子である。
いきなりそんな熱烈な反応をされ、俺としては薄気味の悪さを感じざるを得ない。
「……何の話だ? 俺は魔導王などという者ではない。俺の名はエイス・エイゼル。元騎士で今はただの旅行者だ」
「現世のあなた様におかれましてはそうかも知れませぬぅぅぅっ! しかぁぁぁし! その強烈なお力の波動は間違いなく我が魔導王! あなた様こそは魔導王の生まれ変わりにございますぅぅぅっ! 我等を従える権利があなた様にはあぁぁぁるッ! さぁ我が絶対の忠誠を捧げますぅぅっ! この天空城塞の力を以て黒き巨人を撃滅し! その後は! この世界を空より支配しましょうぞぉぉぉぉっ! それこそが我等の目指した理想でございますうぅぅぅッ!」
つまり、俺達が下に降りてくるまで何にも襲われなかったのは、俺を迎え入れるためという事か――それは理解できたが、魔導王という存在については知らない。どうも過去に俺と同じような力を持つ存在がおり、その者がこの『浮遊城ミリシア』を作ったらしいが……?
だからと言って、それが俺と同じ存在ではない。
この場にエプロンを着て買い物籠を携えてやってくるような人間が、世界の支配などに興味があると思うのだろうか。
そんな事をしてしまったら、覇権を握った王の務めとして、政治を行わなければならなくなる。
そうすれば、子供達といられる時間が減るのは間違いない。
それでは、騎士をやっていた時代と変わらない。
俺は子供達と一緒にいたいのだ。
世界の皆のために王の務めを果たすより、リーリエとユーリエの親代わりとしてお弁当を作ってあげたい。その方が余程尊い事だ。少なくとも俺にとっては。
「……この俺の姿を見て貰おうか。これが何に見える?」
「は――! エプロンにございますなぁぁっ! 下々の飯炊き係の者共が身に着ける作業着でございますっ! しかし王がお身に着けになれば、そんなものでも神の衣となりまするなぁぁっ! 色合いと言い、至極可愛らしゅうございますぞおぉぉっ!」
「……まあいい。俺はこれを着ている方が性に合う。世界の支配などどうでもいい。興味が無いのでな」
「な……なんとおぉぉぉっ!? 何をおっしゃるかあっ!? それこそが我らが古の盟約ではございませぬか!? 王よお気を確かにぃぃっ!?」
「俺が魔導王とやらの生まれ変わりだとしても、俺は俺だ。魔導王ではない。だがそうだな、一つ命令させてもらうとしたら――」
「ははあぁぁぁーーーー! 何なりとお命じになられたまえッ!」
「ではアイリンを元に戻し、この城自体も『水晶の花園』のある状態に戻せ。ここは何もなかった時のままでいい」
「キィィィング!? それでは我々にまた眠れとおっしゃるのか!? それでは我々の存在意義がございませぬぅぅぅッ!」
「存在意義はある。『水晶の花園』が見られればうちの子供達が喜ぶからな。それを見に遠い所から旅行をしてきたんだ、子供達の楽しみを奪うな」
「そうだよぉ! わたし達『水晶の花園』が見たいの!」
「うん! で、そこでエイス君の作ったお弁当を食べるんだから! 邪魔をしないで!」
「そーだそーだ! 早くおねーちゃんを戻してよっ!」
俺に続き、子供達がそれぞれにまくし立てる。
「黙れえぇぇぇいッ! 我が王を誑かせし小悪魔どもがあぁぁぁぁっ!」
マポレフスキンが大声で子供達を怒鳴りつけた。
その剣幕に怯えた子供達がびくりと身を震わせている。
「……大人気の無い事をするな。子供を怖がらせるなど、恥ずべきことだ」
「し、しかし王よ! 失礼ながら今世のあなたは我々の力を分かっておられぬのです! 我らが力をご覧になれば、必ずやお気に召していただけますぞぉぉ!」
「力などいらん。そんなものは間に合っているのでな――さあ、早く全てを元に戻せ。俺からの最初で最後の命令だ」
「聞けませぬぅぅぅぅっ! こ、こうなればあぁぁぁぁぁっ! 行けぇぇぇいっ!」
と、マポレフスキンはアイリンを突き飛ばすように押し出した。
物言わぬアイリンはそのまま無言で中枢部の半透明の円柱にぶつかり――
そのまま、すうっと巨大な魔晶石の中に吸い込まれて行く。
「! おいエイス、中に入っちまったぞ……!?」
「……貴様、アイリンに何をした?」
「本来の持ち場に戻しただけでございますぅぅッ! 我等が力をご覧頂き、王のお考えを変えさせて頂きたいが故ッ!」
マポレフスキンがパチンと指を弾く。
すると今度は、中枢部の円柱の表面にいくつもの映像が映し出される。
どうやら現在の外の様子のようで、リードックの街の周囲に張られた結界が『浮遊城ミリシア』からの魔術光による砲撃を弾き返し続けているのが見える。
まだ街は無事なようだ――それが分かったのは良かった。
「ご覧のように、現状ではこちらの攻撃が巨人による結界に阻まれておりますぅ! これしかご覧になっておらぬ王におかれましては、頼りなく見えるも致し方の無かろう事ぉぉッ! たがあやつこそはこの天空城塞の火器管制を司る者ッ! それが戻れば真の力を発揮致しますぞおぉぉぉッ!」
映像が切り替わり、『浮遊城ミリシア』の底部が映し出される。
そこから先の尖った巨大な角のような柱が突き出していくのが見える。
同時に中枢の魔水晶が眩く輝き、その輝きが外部の柱へと伝わっていくのが見えた。
――この中枢部とあの砲のようなものが直結しているのか?
この強い輝きから感じる力を考えると、これまでとは比較にならない威力の攻撃が繰り出されそうではある。
「あれこそが主砲にございますッ! さぁ我らの真の力をご覧あれえぇぇぇッ! 必ずや王のお気に召して見せますぞおぉぉぉッ! 撃てぇぇぇぇいッ!」
マポレフスキンの号令一下、主砲から巨大な光が迸り、リードックの街の近郊の山を撃った。その映像から伝わる光量が多すぎて、目を開けていられない程の輝きだった。




