第116話 四神将ヴォルダ
「……そういや、さっきのヤツにもうちょっと話を聞いとけばよかったな。何で『浮遊城ミリシア』がこんなになって、街を攻撃してるのかとかさ」
「そうですのぉ。そこは気にかかりますな、後学のためにも――何せこんな事態は、私が知る限り初めてですからの。全てが貴重な記録になります」
「さっきのヤツお調子者っぽかったし、聞けばベラベラ喋りそうだったよなぁ。ちょっと惜しい事したな」
「そうかも知れんな――次は気を付けよう。まだ他にもいるだろうからな。先程の男は四神将とか名乗っていたしな」
つまり、後三人いるという事だ。
「俺達が目覚めたのは――つまり、古の盟約によりそのように命令されているからだ。天空城塞は黒き巨神が再び目覚めるような事があれば、それを撃ち滅ぼすために常に監視をしていた。休眠し、己自信を休めながらな」
という声が、広間の最奥から響いて来た。
いつの間にか音も無く、そこに男が立っていたのだ。今のはその男が発した台詞だ。
見ると、先程の四神将のひとりとやらとよく似た顔立ちをしている。
体中に魔術紋が浮き上がり、魔術光の翼のようなものを備えているのも同じ。
その色だけは、前の者とは違って豊穣と土の神アークアースを思わせる黄色系統だ。
「……お前もよく喋るお調子者というわけか?」
「さあな。知りたがっているようだから教えただけだ。隠すような事でもあるまいよ。俺達に与えられた使命は、何に恥じるようなものでもない」
この男が言う『黒き巨神』とは『ミリシアの巨人』を指すのだろう。
今回の『浮遊城ミリシア』の異変は、『ミリシアの巨人』の動きに呼応したものだったという事か。
「つまりお前達とあれは敵対関係にあり、あちらが復活しつつあるため倒しに来たという事か?」
普段リードックの街近郊にやって来て滞在するのは、全ては『ミリシアの巨人』を監視するためか。市中警護の兵士達が警邏をする道順が決まっているようなものだ。
リードックの街近郊以外にも、何か見て回るべき存在があり、常に巡回を続けているのだろう。
「そういう事だ」
『浮遊城ミリシア』と『ミリシアの巨人』には何らかの関係があるとは、イゴールさん達も考えていたようだが――
敵対関係にあったとは想像していなかったはずだ。
そのような話は一切聞いたことが無かった。
「そんな……じゃあわたし達が『ミリシアの巨人』を修復しなければこんな事には……」
「「「……」」」
アイリンに続き、子供達も事態を把握してうつむいてしまう。
「気にする必要はない。放っておけばいずれは誰かが行っていたことだろう。むしろそれが今で良かった――俺が何とかできるからな」
――そんな分かりもしない事故のような事で、子供達の心を傷つけさせるものか。
「……見事な自信だ。流石はドルトを打ち破った強者だな」
「――それ程でもない。それより、あの巨人を倒したいなら好きにしろ。だが下には人の住む街がある、街は巻き込むな」
「出来んな。俺達は与えられし使命を遂行するだけだ。巨人が目覚めた以上、可及的速やかに殲滅あるのみ。街の有無などは関係が無い」
「ならば力ずくで止めるのみだな。この後夕食の支度があるのでな、済まんが手早く済まさせてもらう」
「……では四神将が二、ヴォルダ。お相手しよう」
そう言ったヴォルダがパチンと指を弾く。
すると――
「うぉっ!?」
「な、何じゃ……!?」
「お婆様! きゃあっ!」
俺以外の皆の足元の床に、音も無くぽっかりと穴が開いた。
――俺だけを残して隔離するつもりか?
だが――
「ひゃっ!? ええいっ風纏!」
リーリエだけは素早く反応し、自由と風の神スカイラの魔術でふわりと浮いた。
「ユーリエ!」
そしてユーリエの腕をきっちりと掴む。
「ありがと! リコ!」
そしてリーリエに引っ張られるユーリエは、逆の手でリコの手を掴んでいた。
「クルル~!」
そしてクルルもリーリエを手伝おうとしてか、後ろから必死にリコを押していた。
リーリエのおかげで、子供達は無事だった。
だがヨシュア達は間に合わず、その姿が地下へと消えて行ってしまった。
――これで俺達は分断されてしまったことになる。
さっさと目の前の敵を排除して合流しなければ。
「……周囲を気にせず戦えるようにしてやるつもりだったのだがな」
「余計なお世話だ。そんな事はせずともすぐ終わる」
「俺はドルトのようにはいか――」
俺はドルトのようにはいかん――と、言いたかったのだろう。
だが、ヴォルダの顔も先程のドルトのように歪んだ。
「んぞおオオオオオオオオォォォォォォーーーーーー!?」
広間の右手側から先に続く廊下は、真っ直ぐに長くてかなり遠くまで続いている。
ヴォルダの体は俺の狙い通りに右側の廊下の奥の奥の方に吹っ飛び、更に突き当りの曲がり角の縁の柱に激突して方向を変え、左折に成功、完全に視界から消えて行った。
「……確かに先程の奴より手強かったな」
主に、子供達の見えない所に吹き飛ばすために方向を微調整するのが――だ。
少々自信が無かったが、上手く行ってくれたようだ。
やはり子供達に見せない方がいいものもあるので、この辺りは気を遣うのが保護者の務めであると俺は思う。
「おじちゃんほんとすっごいね~~! あの人達強そうなのに、全然楽勝だもん!」
「でも見てて誰が強いのか全然分からないね? 皆同じようにやられちゃうから」
「そうね――今の人も実はそんなに強くなかったのかも?」
「……まあ彼らの名誉のために言っておくと、それほど弱くは無いがな」
「そうなんだ――どのくらい? ウチのパパよりは強いの?」
「……まあ、あまり大きな声では言えんが――恐らくはな」
「この間のヘケティオって言ってた蛙のお化けよりは?」
と、リーリエも質問してくる。
「それは、あのヘケティオの方が上だろうな。あれはああ見えて相当な化け物だ」
あれは恐らくフェリド師匠すらも上回り、冗談抜きに野放しにしておくと一国すら滅ぼしかねないものだった。
「ってか何ソレ!? そんなお化け見た見たかったな~」
「ええっ!? 危ないよ、あれは本当に怖かったもん!」
「さ、ヨシュアやアイリン達を探して合流しよう。急がないとな」
俺は子供達を促して先に進み始めた。




