第115話 四神将ドルト
「……このままでは通れんな。どうするか――」
と言っても、壊して進むか、開ける方法がないか調べて進むかだ。
時間は無いので、現実的には――
「と言っても、開ける方法も分からんしなぁ……手っ取り早く行けばどうだ?」
「そうだな――破壊するしかないか」
門を壊すくらいならば『水晶の花園』への影響もさほどないだろう。
俺は門に一歩を踏み出し――
すると不意に門の表面に波紋のような歪みが生じた。
「方法なら――まだありますよ」
声と共に、歪みの中から人影が浮き上がって姿を現した。
「だ、誰っ!?」
「な……!? 何者だ――!?」
ヨシュアやアイリンの声を背中で聞きつつ、俺は現れた人物に注目した。
――と言っても、純粋に人物かどうかは分からない。
左右非対称な不自然な形の鎧を身を纏い、背からはうっすらと輝くような光の翼が見える。顔立ちは美しい青年だが、その顔色は異様に青白い。
何より異様なのは、肌の表面に光る魔術紋がびっしりと浮き上がっていることだ。
その色は、自由と風の神スカイラを想像させるような薄い黄緑色である。
先程襲って来た鎧兵士達を束ねるような、指揮官のような存在だろうか?
『浮遊城ミリシア』にこのような存在がいるなど、当然聞いたことは無い。
要塞のように変化したこの姿の時のみ現れる存在なのだろうが――
「……何者だ?」
「天空城塞を守護せし四神将が一、ドルト――古の盟約により禁門を預かる者」
「……つまり門番か?」
「左様」
「で、この門を壊さずに進む方法とは?」
「簡単な事。我を倒して見せればよろしい。我は禁門であり禁門は我。我の存在無くば、禁門も消滅いたします」
「なるほど――だが何故それを俺に教える?」
「ふふ……余りに長い間眠っていたが故、暇を持て余しておりまして。折角ですので、我が命を狙う不届き者の血が見たいのです」
「……なるほどな。遠慮はいらんようだ」
「無論。力の限りを尽くして我に抗い、そして遥かなる実力差に絶望する様を見せて頂きたい」
「いいだろう。ヨシュア――」
と、俺はヨシュアを振り向く。
それを見た四神将のドルトと名乗った異様な男は、歓迎するように頷いて見せる。
「当然何人で向かって来ても構いませんよ? 楽しみは多いほうがいい――」
何かを悟った表情のヨシュアが、応じてくる。
「分かったぜ、エイス。俺もやるぜ……!」
「いや、そうではなく――この買い物籠を持っていてくれ。中身が飛び出してしまうからな」
つまり、それ程の高速でこれから動く予定である。
「ぶっ……! そういや持ったままだったな――はいはい持っててやるよ。ったく完全に買い物帰りの主夫だよな。気楽なモンだぜ……」
「買い物帰りの主夫は、子供や家族のための食事を用意するという使命を負っている。それは神聖なものだ、気楽とは言えんな」
「へいへいそっちの話には後で付き合うから、さっさと倒しちまえよ。今まで通りこいつも一撃なんだろ、どうせ」
呆れ気味のヨシュアの発言を聞き、ドルトが哄笑を上げた。
「はっははは! 魂の無い鉄屑共と我を同じと考えるか! 愚かしい! 滑稽だ!」
「知らんな。では行くぞ」
「ふははははは! どこからで――」
どこからでもかかって来い――と、恐らく笑おうとしたであろうドルトの顔面が、ぐにゃりと歪んだ。
俺の拳打が突き刺さっていたからだ。
「むぉおオオオオオオオオォォォォォォーーーーーー!?」
遠く長く響く絶叫を残しながら、ドルトの姿は遥か彼方に飛んで行き、やがて見えなくなった。
子供達の目の前だ。敵は見えない所まで弾き飛ばして倒すのがいい。
「……確かに絶望だな。実力差があり過ぎて、武人として全く心が躍らん」
俺は見えなくなったドルトに同意する。もはや聞こえはしないだろうが――
騎士として強敵にまみえて心が躍るなどと言った事は、俺には元々皆無だが。
そんな事より子供達の一挙手一投足に心が躍るのだ。
「――扉が消えたな。では中に入ろう」
確かにドルトが述べていた通り、彼を倒すと音もなく扉が消え去っていたのだ。
俺達は城の中に侵入して行く。
こちらの建物の材質も、先ほどまで見て来た石とも鉄ともつかない黒いものだ。
階段であるとか窓であるとか、そういう構造物のようなものは見えるが、殺風景という印象は変わらない。
そんな風景をアイリンは食い入るように見つめていた。その様子が、何となく俺には気にかかった。
「アイリン、どうかしたのか?」
「あ、いえ――でも何だか……わたし、ここに見覚えがあるような気が……」
「本当か? こんな場所、そうそう他にはなさそうだが」
「そうですよね……そんなわけないのに。変ですよねわたし――でも大丈夫ですから!」
アイリンは少し頭を振って、気を取り直している様子だった。
会話をしながら、俺達は中庭のような場所を抜け、その先にあった広間へと足を踏み入れていた。俺達の声と足音だけが響き、場内は異様に静まり返っていた。
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