第113話 突入
「そう言おうと思っていました」
「……ああそうだな。こりゃ放っとくとヤバそうだしな。しかし、あの光の大砲はどうする? 俺らが中に乗り込んでるうちに街を撃たれたらマズくねえか?」
と、ヨシュアが言う。
確かにその通りで、俺があの攻撃に備えて待機していれば街を守る事はできるが――
攻撃を封じるために各所に現れている砲門を壊してもいが、下手に傷つけると本来の『水晶の花園』に影響が出てしまわないかが心配だ。
勢い余って『浮遊城ミリシア』事態を破壊してしまうような事になれば、俺自身が子供達の楽しみを奪った事となり、あの子達に顔向けができなくなる。
なるべく無傷のまま置いておかなければ。
「――どうするか……」
結界で街全体もしくは『浮遊城ミリシア』を包んでしまうか?
しかし流石に規模の大きな魔術になる。出来ないとは言わないが。
と、その時――
ズオオォォォォンッ!
唐突に地響きと爆音が入り混じったような音が、遠くから響く。
そして自身のように足元がぐらぐらと揺れた。
「な……なんだよおい――!?」
「ふぉう。足元が揺れておるの!?」
「と、という事は、地下の巨人が……!?」
「あっ! 光った!」
「本当……! 地下から――!」
「うぉぉ~!? 何あれ!?」
街中から緑色の太い光の柱が上空に立ち上ると、そのまま広がって街全体を覆う光の幕のようなものが形成されたのである。
あれが何かしらの魔術だとすると、相当大規模な魔術である。
「防御結界か――?」
「お、おいエイス。お前が何かやったのか……!?」
「いや、俺は何もしていない。恐らく地下の巨人の仕業だろう」
「って事はやっぱ巨人は味方って事か……」
「そのあたりは良くは分からんがな」
と言っているうちに、『浮遊城ミリシア』の砲門に再び光が宿った。
「む――!?」
俺はまた砲撃を弾く準備をしつつ様子を見守る。
巨人が張ったと思われる結界が、あの砲撃を防げるのかどうか――
バシュウウゥゥン!
結界と魔術光の攻撃がぶつかり、大きな音を立てて消滅した。
表面が波打つように歪んでいたが、防ぎ切るのには成功していたようだ。
「おお――防いだ!? やってくれるじゃねえか!」
「ああ。これならば、俺達が乗り込んで行っても問題は無いだろう」
「そうですじゃな……巨人はまだ修復中のはず。いつ力尽きるやもしれませんからの、今のうちに急いでいった方が良いですな」
「で、俺達のほかは誰が行くんですかね?」
「私が行きますわ。『浮遊城ミリシア』の研究は私の専門でもありますからの。副協会長は残って皆に避難の指示を頼むでの――地下の研究施設を開放してもいい、あそこが一番安全だろうての」
「わ、分かりました!」
「お婆様! わたしも連れて行って下さい!」
と、アイリンが申し出る。
「アイリンや。私の事を心配してくれるているのなら、ありがとうよ。だが、エイスさんが一緒だから心配はいらんでの」
「で、でも……! お婆様、わたし何だか……何だかあの『浮遊城ミリシア』に見覚えがある気がして――あそこに行けば何かを思い出せるかもしれないって、そんな気がするんです……!」
「し、しかしのぉアイリンや。無くした記憶よりも、今は自分自身の身の安全が大事じゃろうよ。危険な所に行くのは私だけでいいさね」
「だけどお婆様……!」
「それに、お前はこの子達の先生役でもあるじゃろ? エイスさんが一緒に行って下さる以上、この子達はお前が責任をもって預からないとのぉ」
と、話し合うアイリンとアルディラさんの横から、リーリエが顔を出す。
「ううん、お婆ちゃん! わたし達も一緒に行くから、先生ならアイリンお姉ちゃんも一緒に来なきゃダメなんだよ!」
と、リーリエに続きユーリエも俺の方を見て言う。
「エイス君! あたし達も行く! 連れて行って!」
「ああ、構わないぞ」
と、俺はあっさりと頷く。
離れているうちに子供達が危険な目に合うのは前回で懲りた。
いざという時の備えに守護影に守らせてはいるが、それにしてもリーリエが怖い思いをしたのは間違いがない。
下手に残していくより、側にいて貰った方が安心だ。
今街に子供達を残しても――いくら巨人が作り出したと思われる結界があるとはいえ、それでも俺の側の方が安全。俺にとってはそうだ。
正直言って、初めからこの子達は連れて行くつもりだった。
だから、簡単に承諾したのだ。
「わ! やったぁ♪」
「ありがとうエイス君!」
それを聞いていたリコも――
「んじゃ私もいこっかな! 私だけ街に残ってると、アイリンおねーちゃんも行けなくなるかもだしね!」
どうも子供達は、アイリンが『浮遊城ミリシア』に行くのを認めさせたいらしい。
何かを思い出すとか、どうとか言っていたが――
ひょっとしてアイリンは以前の記憶がない……と?
子供達はそれを知って、アイリンを後押ししているのだろうか。
だとしたらそれはそれで、子供達の優しい気持ちを尊重してあげたいものだ。
それに伴い得る不測の事態は全て排除するのが、親たる者の務めである。
「んー……いいか? エイス」
「ああ、構わん」
「そっか、じゃあいいぞリコ」
ヨシュアの返答にリコがぴょんと飛び跳ねる。
「ひゃっはぁ♪ じゃーアイリンおねーちゃんも一緒に行けるね!」
「だよね、お婆ちゃん?」
「アルディラさん、行かせてあげて下さい!」
と、子供達に言われてはアルディラさんも折れる他は無いようだった。
「ふむぅ……仕方ないのお。分かったアイリン、ついておいで」
「あ、ありがとうございますお婆様! リーリエちゃんユーリエちゃんリコちゃん、ありがとう!」
と、アイリンは子供達に笑顔を向ける。
「ううん!」
「何か思い出せるといいね、アイリンさん!」
「だね! それにアイリンおね~ちゃんパパより強いから、パパより役に立つよ!」
「うっせぇな、リコ!」
「……そうなのか?」
「うん本当だよ! アイリンお姉ちゃん、すっごい怪力なんだよ!」
「いやリーリエ、アイリンさんも女の子なんだから、そういう言い方しちゃだめよ」
「そ、そうよ……! とにかくエイスさん、ご迷惑かも知れませんが、よろしくお願いします」
俺は恥じらう様子のアイリンに頷いて応じる。
「いや――では早速向かうとしようか。夕食の時間に間に合うようにな」
「うんうん! エイスくん準備ばっちりだもんね!」
「あははは、そうよね。エプロンだもん!」
今更ながらに、俺の姿を見た子供達が笑顔になる。
「やれやれ――ホント締まらねえ姿だねぇ」
ヨシュアがひょいと肩をすくめる。
「……では行こうか、善は急げだ」
俺は空に浮かぶ『浮遊城ミリシア』を見つめる。
「なあエイス、ちょい待ち。水を挟んで悪いんだが、そういやこれ街全体を結界が覆ってるよな? どうやって外に出るんだ? まさか無理やりぶち抜いて行くのか?」
「いや、地下を掘って道を作ればいい」
「おぉなるほど、それも魔術でか?」
「ああ。もう作った」
俺が指差した先では、通りの真ん中に大きな穴が開いていた。
街の外まで続く地下道だ。
それ程深い位置までは掘っていないので、地下深くにある巨人の居場所の洞穴に影響は出ないはずだ。
「はやっ!? いつの間に!?」
と驚いているヨシュアを尻目に、俺はルオさんに呼び掛ける。
「この地下道で街の外に出られますから、外に逃げたい人はこちらから逃げて頂いても構いません。まあ、それほどの時間をかけるつもりもありませんが……」
「わ、分りました。街の外に逃げたい者にはこちらを案内します」
「お願いします。それでは失礼――」
と、俺は魔術を発動しリーリエ、ユーリエ、リコ、アイリン、ヨシュア、アルディラさん、クルルの六人と一匹を伴って、空高く浮かぶ『浮遊城ミリシア』の上部表面に移動した。
城の外周部、城門へと続く前庭のあたりの位置だ。
絵に伝わるような、緑豊かな美しい庭園ではなく、無機質な黒色の岩と鉄の中間のようなものばかりの、殺風景な光景である。
子供達の見たがった『浮遊城ミリシア』は、こういうものではない。
面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブックマークや↓↓の『評価欄』から評価をしていただけると、とても嬉しいです。




