第106話 主婦エイス
子供達が学校に通い始めて、一週間と少しが経った。
リーリエもユーリエも、毎日楽しそうに行ってくれるので、俺としても嬉しい限りだ。
学校の自由研究でアイリンと一緒に何やら錬金術の研究をやっているようだが、それがとても楽しいらしい。
俺のここの所の日々は、朝子供達のために早起きしてお弁当を作って送り出し、帰って来るまでの間に夕食の支度のための買い物をしたり、子供達の服の繕い物をしたり、屋敷の掃除をしたり、庭の手入れをしたり――といった具合だ。
日中は子供達とアイリンは学校だし、アルディラさんは錬金術師協会に出勤。
ヨシュアとステラさん夫妻もそれぞれ働きに出ていくため、屋敷に残っているのは俺とクルルだけ、という事になる。
時々イゴールさん達ゴーレム研究者がやって来て賑やかになるが、基本的には静かに穏やかに、時が過ぎていく。
クルルは少々退屈そうだが、家に居残って家事にいそしむ俺を見て、皆は完全に主婦と言うが、それも悪くはない。
今日は家事の合間を縫って、以前フェリド師匠から持たされた魔法の文箱を通して送られてきた手紙の返信を書いた。
レティシアとネルフィからのもので、あちらのその後の状況を教えてくれていた。
スウェンジー国王とヒルデガルド姫様が面会した結果、事を荒立てずに穏便に済ませられそうだとの事だった。
結構な事である。これで変に両国関係が悪化してしまったら、その責任――は無いにしろ、きっかけの一つである俺も寝覚めが悪かったところだ。
こちらは無事にリードックの街に着き、浮遊城ミリシアの来訪を待っていると近況を伝えると、俺はクルルを連れ、食料品の買い出しのために屋敷を出た。
この街では錬金術が盛んで、街中をゴーレムが歩いていたりもする。
なので、クルル一匹が俺について外を歩いていても、大して気に留めるものもいない。
ごくごく自然に、クルルも街の風景に溶け込めてしまうのだった。
俺とクルルが出向くのは、屋敷に近い所にある食料品店である。
その途中、俺に声をかけてくる者がいた。
「よぅエイス! 買い物か? ご苦労さん!」
「うん……? ヨシュアか。そちらは何をしているんだ?」
「何にもしてねえよ、帰る所さ。今日は警備の仕事が早く終わってな」
「そうか」
「しっかしすっかり主婦してるなあ、エイス!」
と、俺の姿を面白そうに指差す。
家事をする時に着けているエプロンがそのままだったからだ。
「まぁおかげで俺もステラも働きに出られて、助かってるけどな! お前にばっかりやって貰って申し訳ないって、ステラのやつも言ってたよ」
「礼には及ばない。俺が好きでやっていることだからな。たまにはこういうのもいいさ。そちらは路銀の方は貯まりそうなのか?」
ヨシュア達バーネット一家は、『樹上都市バアラック』を目指す旅の途中だと言っていた。そのための路銀が心もとなくなったため、この街に立ち寄って働いて稼ごうとしていたそうだ。
「ああ。もうじき『浮遊城ミリシア』がやって来るってんで、大量に観光客がやってくるのに備えて人手がいる所が多いみたいだからな、仕事は選り取り見取りよ。お前さんのおかげでステラも働きに出られるからな。今のうちに貯められるだけ貯めちまおうってな」
「そうか。それは良かった」
「ま、せめて荷物持ち位は手伝うぜぇ。どこの店に行くんだい?」
「ああ、そこだ」
俺は近くの店を指差す。
野菜を中心に扱っている店で、俺はこの所毎日ここに出向いていた。
野菜の鮮度が良く、子供達に安心して食べさせることができる店だと思う。
「おうおう今日もいらっしゃい、お兄ちゃん!」
すっかり俺の顔を覚えた店主が、威勢良く、そして愛想良く声をかけてくる。
この店主は俺がエイス・エイゼルだからと言って変に畏まるわけでもなく、ただの客として扱ってくれる。単に何も知らないのか、知っていたとしてもこうなのか、それは分からないが、俺にとってはこうして貰った方がありがたい。
エイス・エイゼルの名は俺の思った以上に通り過ぎている。
そのおかげで、どこへ行っても少々堅苦しい思いをさせられてきたのである。
「やあ、こんにちは」
「クルル~クルル~!」
「おぅチビスケ! ほらこれやるよ食いな!」
と、葉野菜をクルルに与えてくれる。
草食の翠玉竜にとって、これは素晴らしいごちそうである。
「クルルルルゥ♪」
「済みません、ありがとうございます」
「いいって事よ! ここの所毎日通って貰ってるお得意様だからな」
「どうも。今日は何か入りましたか?」
「ああ。ビエルダイコンとかどうだい? 今朝採れたてだぜ!」
「ほほう……珍しい」
「? 単なるダイコンだろ? 何が珍しいんだ?」
と、ヨシュアが首を捻る。
面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブックマークや↓↓の『評価欄』から評価をしていただけると、とても嬉しいです。




