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第105話 アイリンのキック

「みんな下がって! リーリエ手伝って!」


 ユーリエはその場に踏みとどまり、アイリンやリコ達に呼びかける。

 ここは自分とリーリエで何とかしよう、と思う。


「うん分かった!」


 以前目の当たりにした古代の魔物ヘケティオや、その配下の怪物達に比べれば、全然怖くは無い。リーリエは自信を持ってユーリエの隣に並んだ。

 が、その直後――


 バギイィィィン!


 古代のゴーレムは、ユーリエの岩のゴーレムを力任せに引き剥がした!


「!? 力が強い……!」


 そしてユーリエの岩のゴーレムを持ち上げて、投げつけてくる。


「!?」

「ユーリエ!」


 リーリエがユーリエの手を取り、風纏(ウィンドコート)で飛び上がって避ける。

 二人は無事だったが、宙に逃げている間に古代のゴーレムは次の動きを見せていた。

 離れていたアイリン達の方に向きを変えて、そちらに突進したのだ。

 まるでリーリエやユーリエの事は眼中に無いとでも言いたげな動きだった。


「あ――! まずいわあっちに……!」

「ちょっと、そっちは駄目だよぉぉっ!」


 予想外の動きをされて、慌てて攻撃用の魔術を唱えるが――

 既に古代のゴーレムはアイリン達の方に肉薄していた。

 この位置で魔術を撃てば、逆にアイリン達に当たってしまう。

 リーリエとユーリエが慌てる中、アイリンがリコとイゴールを庇うようにその前に立った。


「下がって下さい、二人とも!」


 その献身性は立派だ。穏やかで優しい、アイリンらしい行動である。

 だがリーリエやユーリエが見る限り、アイリンは魔術を自分の思うように扱えないようだし、単純な力にしてもあのほっそりした体で古代のゴーレムを止められるはずがない。

 だからその先に待つ結果が怖くなり、リーリエとユーリエは思わず悲鳴を上げる。


「アイリンさんっ! 危ない!」

「お姉ちゃあぁぁんっ!」


 あれでは大怪我をしてしまう!

 いや、怪我でも済まないかも知れない――

 しかし、突進する古代のゴーレムを前に、アイリンはすうっと大きく深呼吸して――


「はあぁぁぁぁっ!」


 ドゴオオォォォッ!


 白くてすらりとした足が鞭のようにしなり、古代のゴーレムの胴体にめり込んだ!

 その威力で古代のゴーレムの巨体が吹っ飛び、地下空洞の壁に叩きつけられた!


「え、ええぇぇぇぇっ!?」

「う、うわぁすっごおぉぉぉぉい!?」


 まるでエイスを見ているような、すさまじい威力だった。

 あの大人しそうなアイリンにこんな凄い力があるなんて、リーリエもユーリエも一瞬呆気に取られて動きが完全に止まってしまった。


「リーリエちゃん、ユーリエちゃん! あれはまだ動いているわ!」


 アイリンの指摘する通り、壁に叩きつけられた古代のゴーレムは、もがきながら再び動き出そうとしていた。


「よ、よし――! リーリエ!」

「うんユーリエ!」


 二人が改めて攻撃の魔術を古代のゴーレムに撃ち込む。

 リーリエは光の槍の魔術、ユーリエは闇の剣の魔術だ。

 古代のゴーレムにそれが当たると、今度こそその巨体がバラバラに崩れ落ちて動かなくなった。


「ふぅ……あーびっくりした」

「そうね。急に暴れだすんだもん。何でああなったのかな――」

「お、恐らくだが……二つの薬を混ぜ合わせる事によって、単に炎や氷を生むではない、また別の効果になってしまったんだろう。単純に相殺したわけではないという事だね。錬金術にはよくある事だと言えるが……」


 と、冷や汗を拭いながらイゴールが言う。


「ふぅん……? でもどうしようか? 巨人さんにもこれを試すの?」

「危ないわよ! あんな大きいのが暴れたらどうするのよ。もう使わない方がいいわ」

「ああそうだね。やはり先日と同じものがあると助かるが――」

「そ、そうですよね……早く同じものができるように頑張ります」


 と、申し訳なさそうにアイリンは言った。

 小さくなったその姿からは、先程の強烈な蹴りは想像もつかない。

 その後暫くして、リーリエ達が帰宅をする時間になった。

 夕暮れの街並みを、アイリンに連れられて歩きながら、話題になるのは先程の暴れだしたゴーレムを退治した時の事である。


「ね~ね~アイリンおねーちゃん! さっきすんごいキックしてたよね! 私びっくりしちゃったよ!」


 と、リコが目を輝かせる。


「うん、わたしもビックリした! お姉ちゃん強いんだね!」

「あたしも! アイリンさん格好良かった!」


 リーリエやユーリエにとって、強い女の人はネルフィやレティシアなど色々見てきているが、ネルフィは魔術師だしレティシアは剣士だった。

 単純な殴る蹴るが強烈なアイリンはまた印象が違っていて、しかも普段の様子があの二人と比べて一番大人しくて女の子らしいだけに、一層驚きだった。


「あははは……あ、ありがとう。錬金術師としては何の自慢にもならないんだけど、ね」


 当のアイリンは、子供達に憧れの視線を向けられて気恥ずかしそうにしていた。

 確かに錬金術に腕っぷしは関係ないだろう。


「ねえ、あれだけ力が強いなら、私が腕にぶら下がっても持ち上げられるの!? 試してみてもいい?」

「え? ええ、構わないけど……」


 アイリンの腕力は、腕にぶら下がるリコの体を簡単に持ち上げて見せた。

 そしてそのまま、歩く速度を落とさず進む。

 アイリンにとっては、リコの体重など軽いものだった。

 見た目だけは細腕なアイリンの腕にぷらぷらとぶら下がり、リコは嬉しそうにはしゃいだ。


「わーすっごい! うちのパパだとこうはいかないよね~♪」

「アイリンお姉ちゃん、わたしも~!」

「え? リーリエちゃんも? じゃあ……」

「あははは! すごーいエイスくんみたい!」


 通りかかる人たちは、子供二人を腕にぶら下げて歩くアイリンをぎょっとして見つめていた。

 屈強な大男ならともかく、アイリンの細腕でそんな事が出来るなんて驚きなのだ。


「パパよりたくましーよおねーちゃん!」

「うんうん、つよーい!」

「お、女の子への誉め言葉じゃないわよね……はぁ。こんな事より、錬金術師として一人前になりたいのに――」


 アイリンは憂鬱そうにため息をつく。


「アイリンさん、錬金術師になったのは最近なんですよね? その前に冒険者とか武術家とかやってたんですか?」


 見た目はほっそりして、可憐な少女以外の何者でもないのだが、あの蹴りやこの力を見るに相当な鍛錬を積んでいるに違いないとユーリエは推測した。

 そして錬金術師としてはともかく、武術・武芸の面では只者ではないとも。


「ええと――それはその……そうらしいけど――本当の事を言うと、わたしにも分からないの」


 と、アイリンは少し寂しそうな笑顔を見せる。


「ええっ!? 分からないってどうして……?」

「うん――わたし、この街に来てお婆様と暮らし始めるまでの事、何も覚えていないの」

「そ、それって記憶喪失――!?」

「そうみたいなの。だから、わたしにもここに来るまで何をしていたのか、正確には分からないの」

「ご、ごめんなさい。悪いこと聞いちゃった……」

「いいのよ、そんなに気にしていないし。わたしにはお婆様がいてくれるから――今は早く一人前の錬金術師になって、お婆様を安心させてあげたいの。お婆様、今までやって来た研究成果を引き継ぐ人がいなくて困っていたみたいだから……わたしがそうなれればいいなって。記憶が戻っても戻らなくても、それは変わらないから――」

「おねーちゃん、えらいっ!」

「うん、優しいね!」


 アイリンの腕にぶら下がっていたリコとリーリエが、にっこり笑顔でそう言った。


「そ、そうかしら……?」

「あたしもそう思う! 自分も大変なのに、自分よりアルディラさんの事を考えてるんだもの!」


 と、ユーリエもリーリエとリコに同調する。


「ありがとう、みんな。これでちゃんとできれば、格好もつくんだけどなぁ――」


 どうにも錬金術師としてのアイリンの修業は、今一つ上手く行っていないのである。

 何故だかやたらと戦闘能力の高い自分の体を考えれば、才能をそちらに吸い取られてしまっているのかも知れない。


「がんばろ! わたし応援するから!」

「あたしも! 出来る事あったら協力します!」

「私もだよ~! おねーちゃんがんばれっ!」

「ふふふっ、ありがとう。頑張るわね」


 こんなに素直で可愛らしい子達に応援されて、元気の出ないはずがない。

 アイリンは自然と笑顔になっていた。

 と同時に、自分にも将来こんな可愛らしい娘が欲しいな、と思えて来たのだった。

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