第99話 いい失敗
「ううう――」
おっかなびっくりと、アイリンはポーションになるはずだった黒い液体の入った瓶へと近づいて行く。
恐ろしくはあるが、これを子供達にやらせるわけには行かない。自分の役目だ。
しかし、何でいつも自分はこうなのだろう。
ちゃんと資料を見て、手順や用法は合わせているはずなのに――
本当に自信を無くしてしまう――
しかし今はとにかく、リーリエ達を危険な目に合わせず、あの黒い液体を処理することが最優先だ。
安全を確かめて、特に何も無さそうだったら捨ててしまおう。
アイリンはじりじりと、リーリエ達が使っていた机に近づいて――
「? あ――」
どこからか現れた小さな蜘蛛が、机の上をスススと這い始める。
そして図ったかのように、瓶に取りつき――
ポチャン。と黒い液体の中に落ちた。
「わっ!? 今クモが!」
「瓶の中に落ちたわ――」
「うっわー……! もう捨てるしかないよね、あれ!」
「えー……でもリコちゃん、もったないよ? もしかしたらちゃんと出来てたかもしれないのに!」
「いやリーリエ、あれは絶対出来てないわよ。諦めた方がいいわ」
「ユーリエの言う通りだと思う~。でもまた作ればいいじゃん」
という声を聴きつつ、アイリンは蜘蛛が中に落ちた瓶に触れた。
中の液体は黒いので、落ちてしまった蜘蛛がどうなったかは分からないが――
とにかく、今の所何ともないようだ。アイリンは瓶の蓋を取って栓をした。
もしかしたら、見た目が悪いだけで普通に出来ていた可能性もある?
――だとしても、これは捨てていいだろう。
『封魔の水』はまだあるのだし。
「ふう。とりあえず、何とも……」
瓶を取り上げ、ほっと一息。
ちょっと怖がり過ぎだったのかも知れない。
「これはもう捨てて――」
とアイリンが言った瞬間――
「待って――! 捨てないで――!」
どこからか、自分に向けた声がする。
アイリンはリーリエ達の方を振り向くが、三人とも首を横に振り、自分ではないと伝えてくる。
「え……? だ、誰――!?」
「ここです、ここ! まだ中に蜘蛛がいますよ! 開けて下さい!」
何と声は瓶の中から漏れ聞こえていたのだ。
とにかくアイリンは、声に従い瓶の蓋を開ける。
すると中から先程の蜘蛛が這い出て来た。
「ふ~ありがとうございます。危うく蓋をされたまま捨てられる所でしたね」
「え……? えぇぇぇぇぇっ!? 蜘蛛が喋ってる!?」
「あ、はいそのようですね」
と、その様子を見て子供達が興味津々に近寄ってくる。
「うわすごーい! しゃべる蜘蛛ってはじめて見たよ! こんにちは!」
「あ、はい。こんにちは」
リーリエの挨拶に喋る蜘蛛は律義に応じていた。
「ね、ねねねね! あなた、元々そうやって喋れる魔法の蜘蛛か何かなの?」
「いいえ。あの黒い水にポチャンと落ちたら、なぜか急に……」
「わ、すごい! じゃあこれってそういう効果のある薬なんだ! 見た目はあれだけど、凄い効果じゃない? これ!」
しゃべる蜘蛛の答えに、ユーリエは興奮気味だった。
目的のポーションではないが、ある意味それ以上のものができたと思ったからだ。
「そだよねぇ。あのグロい見た目から判断して、何かこう巨大化して魔物になるとかありそうだったもんね?」
リコの言う事は、実はアイリンもそれを危惧していたので、そうならなくて本当に良かった。ポーションが出来なかったので結果的には失敗だが、これはそこまで悪い失敗ではないようだ。
「あはは……そうならなくて良かったです。皆さんにご迷惑になる所でしたからね――」
「い、いいえこちらこそご迷惑をおかけしました」
アイリンは小さな喋る蜘蛛に向けてぺこりと頭を下げる。
「いえ私が落ちたのが悪いので――それでは私はこれで失礼しますね」
喋る蜘蛛はスススと机から降り、窓と壁の間に消えていった。
――そして、机の上には元の黒い液体の入った瓶が残る。
子供達は興奮気味にそれを見つめるのだった。
「うわぁ面白そうだねこれ! 何でもかけたら喋るようになるのかな!?」
「分からないから色々試したいわね! 試し甲斐がありそうよね!」
「おぉそーだ! 私が作るゴーレムにかけたら喋るゴーレムになるのかな!? だとしたら凄いねそれ! ねえねえそれ試させて!」
「あ、わたしもクルルに試してみたい~! クルルとお話しできるかもしれないよね!?」
「あぁそれいいわね! でもクルルに何かあったら大変だから、もう少し試してからにした方がいいわね」
「じゃ~私のゴーレムで試そうよ!」
非常に楽しそうで活き活きしている様子は、アイリンから見て微笑ましかった。
こんなに喜んでもらえるなら、失敗も悪い事ではないなと思う。
いや、悪い事なのだが――
原因究明はしなければならないが、この子達が楽しそうで何よりだ。
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