第97話 女装趣味!?
「じゃあわたし、研究部屋に行っていますね。リーリエちゃんが使うための『封魔の水』を用意しなければいけませんので」
「君が作るのか――? 済まないな。面倒をかける」
「いいえ、イゴール先生の指示で作る事になったんです。自作した方が安くつきますし。追加で備品を買う予算がないとの事で――それに、わたし自身の勉強にもなりますし」
「ふぅん――あのオッサンの事だから、予算を浮かせて自分のゴーレムの資材に注ぎ込んだりしてなきゃいいけどな」
「あははは……さすがにそれは無い――と思いたいです。ああ見えて学校での振る舞いはちゃんとなさってますし」
とアイリンはヨシュアの冗談に苦笑する。
「いやいや。世の中そんな実はいい人ばっかりじゃねーぜ、アイリンちゃん」
「そうですか? わたしの知っている人はみんないい人ですけれど?」
きょとんと首を傾げて言うアイリンは、純粋無垢な子供のような表情だった。
彼女自身まだ十六、七程の少女だが、それよりももっと幼く見えた。
「それが言えるってのは、君が幸せだって事なんだろうな」
ヨシュアの言う通りだろう。
そしてそれは、微笑ましい事である。
「はい、そうなんだと思います」
俺はそれを聞きながら、ユーリエの本の続きを捲ってみていた。
折角なので、探してみたい品があった。
この屋敷にはアイリンが向かった研究部屋があり、錬金術に必要な設備がある。
気が向いたら使ってもいいと、アルディラさんにも言われている。
「ふむ――」
パラララララ――
と音が立つような速度で頁を送って行く。
「……中々、そう都合よくは見つからないか――」
「うん? 何を言ってるんだよエイス」
「いや、中身を確認しているんだが、作りたいものが見当たらなくてな」
「いやいやその速度で読めてるのか!? ただパラパラやっただけで!」
「……? そうでもないさ、猟師の神アルテナの鷹の目の技能で視覚を強化すれば中身の把握は可能だ」
「マジかよ――ほんと一々とんでもないね、お前さんは――」
「普通だ。む……あったぞ。ありがたい」
「ほほう? どれなんだよ? あぁこれか?」
「いや違う」
「何だこの『子供を一時的に大人に変化させる効果』のヤツかと――ほら、成長した我が子の姿っての見てみたいだろ? 親として」
「ええぇぇぇぇぇっ!?」
と、アイリンが大声を上げていた。一体どうしたのか。
「? どうしたんだよ? 俺そんな変な事言ったか?」
「いや? 子供の成長を少し覗き見てみたいという気持ちは分からなくもないがな」
「あ、あははは。いえ何でもないんです、何でも――それじゃあわたしはこれで……」
と、そそくさと居間を後にしてしまう。
よく分からないが、ともあれ俺は自分の目当ての項目を指で指す。
その『子供を一時的に大人に変化させる効果』と同じ頁の次の項目に載っているものである。
それは――『一時的に性別を逆転させる』というものである。
「――これだな」
「これ? えぇ~……お前女装趣味でもあるのかよ!」
「そうではない。これがあれば――あの子達がどうしても母性というものが欲しくなった時には、俺が代わりをできるだろう? ステラさんの手を煩わせる事もない」
「いやお前実はあの時の事、すげー根に持ってるだろ!」
「そんな事は無い。だが、羨ましかったのも事実だ。だからこれが欲しい。幸い俺はあの子達の母親の――俺の姉さんとは顔立ちが似ていたからな。体が女性になれば、大分姉さんに近づける。あの子達も喜ぶはずだ。性格だけははまるで違うが」
エイミー姉さんは明るくて人当たりも愛想もよく、凄く包容力のある人だった。
物心がついた頃には既に両親を亡くしていた俺は、姉さんに育てられたようなものだ。
小さな俺から見て姉さんはとても大人で、姉さんと一緒ならば常に安心していられた。
俺もリーリエとユーリエにとって、そういう存在であり続けていたい。
母親代わりも出来るようになるのなら、出来るに越したことはない。
「よし、今のうちにこの部分の記載は写させてもらうとしよう。ユーリエに返さないといけないからな。ああ、この事は子供達には黙っていてくれ」
「へいへい了解」
ヨシュアの返事を聞き、俺は紙とペンを用意し『一時的に性別を逆転させる』という効果の薬の材料や製法などを写し取る。
材料は――プリズムツツジ、極楽鳥の羽、高純度の聖水、それに強力な魔素を秘めた若い女性の髪の毛などだ。
「材料に女の髪ねえ、まぁ女になる薬だからかね。強力な魔素を秘めたってのは……」
内容を見ていたヨシュアがそう述べる。
「つまり、優れた魔術の使い手の女性という事だろうな」
「だったらステラはダメだな。残念ながら。あいつは魔術なんざからっきしだぜ」
「魔術の使い手ならうちの子達なんだが――」
「若い女ってあるよな? 多分双子ちゃん達じゃ若いってか幼いだろうしな」
「ああそれに、こいつの事はあの子達には秘密にしておきたい」
「まぁなら、アイリンにでも頼んでみればどうだ? 優れた魔術の使い手って条件に合うかは知らんが、れっきとした錬金術師だしな。ステラよりはいいだろう」
まだ新米の彼女がこの本の基準に合うかは、試してみないと正直分からない。
俺の見る限り、魔術の素質自体は悪くないとは思うのだが――
と――
ボウゥゥンッ!
遠くの部屋から爆発音と、キャーという女性の悲鳴が聞こえた。
つまり研究部屋に行ったアイリンが何か爆発させたのだ。
「……少々不安だな」
「だなぁ」
俺達はそう顔を見合わせたのだった。
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