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第7話 一生の思い出を作りに

 陛下の元を辞し、王城を出て行く俺を三人の副団長達が見送ってくれた。


「それでは――な。三人とも世話になったな。俺の我儘で迷惑をかけて済まない」


 俺は一人一人に、握手を求めて行く。

 はじめは、最も年長で愛想のいい中年のバッシュだ。


「初めて会った時から思ってましたが……やはり団長は変わったお方ですなあ」

「そうか?」

「そりゃあそうですぜ。騎士団長にまで昇り詰めた方が、娘といる時間が欲しいって辞めちまうなんて前代未聞です。そりゃあ地位も名誉も金もどうでもいいって事ですから。まあ、団長の場合全てにおいてそんな感じでしたが――秀で過ぎるが故にそうなるのか、そういう人間でないと突き抜けられないのか……そこは分かりませんがね」

「……」

「たった一つ、どうでもよくねえ事が出来たって事なんでしょう? だったらそれが何であれ、凡人である俺にゃあ止められませんわ」


 ひょい、とバッシュは肩をすくめる。


「ああ――そういう事だ。俺は生まれて初めて、生きがいと言うやつを感じている」

「でしたら、娘さん達を思う存分可愛がってやってください。きっと幸せですぜ、その子達は――ではお達者で、団長」

「ありがとう。白竜牙の後の事は頼む」


 そして、やや気弱だが冷静で確かな判断力を持つセインと握手を。

 セインは見るからに落ち込んでおり、とても残念そうな顔をしていた。


「セイン。世話になったな。今後の事を頼む」

「残念です……団長。僕はあなたの残す英雄伝説をもっともっと間近で見ていたかったです――将来はそれを本にするつもりだったんですが……」

「いや……止めてくれ。恥ずかしい。」


 セインはそんな事を考えていたのか。今初めて知った。


「済まないな、セイン。俺は英雄であるより、娘達の父親でありたいんだ。その事が自分自身ではっきりしてしまった。だから、もうここにはいられん」

「ええ……団長にとっては、それがお望みなのですよね――でしたら、後の事は我々にお任せ下さい。今までありがとうございました……!」


 セインは両手で強く、俺の手を握り締める。

 暫く固く握手をした後、俺は最後にレティシアに向かい合う。


 レティシアの事は、昔から知っている。

 俺の師匠であり、俺達を辺境ニニスから王都に誘ったフェリド・レンハートはレティシアの祖父だ。王都に出て来てから、すぐに彼女の事を紹介された記憶がある。

 その後、騎士学校では俺の後輩として入学して来た。


 そこでは上級生が下級生を指導しつつ取り組むような課題もあった。

 そういう場合、俺と彼女は良く組ませてもらっていた。

 騎士学校には平民出身の俺を疎んじる者も多かったが、彼女は俺達平民の姉弟を取り立てようとする師匠と同じで、そういう偏見は持っていなかった。

 だから積極的に、俺の所にやって来ては指導を仰いで来た。

 上手く応えてあげられたのかどうかは、分からないが……


「レティシア。済まないがフェリド師匠にも、エイスが世話になったと感謝していたと伝えておいてくれるか? あまり王都に長居せんほうが良さそうだからな」


 陛下は俺を快く送り出して下さったが、リジェールをはじめ良からぬことを企む輩は出るかも知れない。早く去った方がいいだろう。


「分かりました。団長」


 レティシアは凛とした眼差しで俺を見つめていたが――

 瞳の端から、潤んだものが一筋、こぼれ落ちた。


「あ……! す、済みません……!」


 レティシアは俺に背を向け、俯いてしまう。

 俺はその肩をポンと叩く。


「白竜牙の後の事は頼むぞ。それから――師匠の事もな」

「団長――いえ、エイス先輩……」


 そう呼ばれるのは、何年ぶりだろう。

 俺達が正式な騎士になる前の事である。


「何だ?」

「私は――お子様達が羨ましいです。私達が知り合った後から生まれて来たのに……短い間で、そんなにも先輩の心を掴んでいるんですから」

「そうだな――あの子達が今の俺の全てだ」

「……きっと幸せにしてあげて下さい」

「勿論だ。それでは、みんな元気でな」


 立ち去ろうとする俺を、レティシアが呼び止めた。


「あ……! 待って下さいエイス先輩!」

「?」

「あ、あの……! 私に何か出来る事はありませんか!? もし先輩が望むのでしたら、私は……その――!」


 俺はもう一度、レティシアの肩に手を置いた。


「このまま研鑽を重ねて、女性初の白竜牙騎士団長と筆頭聖騎士になってくれ。リジェール殿やフリット殿にその椅子をくれてやるのは、少々癪だ。大丈夫、お前ならやれる」


 レティシアは俺の手にそっと手を重ね、暫し俯いていた。

 次に顔を上げた時には、彼女らしい凛とした眼差しを取り戻していた。


「……分かりました! その言葉、肝に銘じます」

「ああ――それでは、みんな元気でな」


 それ以上振り返る事無く、俺は自分の館へと急いだ。

 すると庭先に停めてあった幌馬車に既に娘達が乗り込み、俺を待っていた。


「エイスくん遅いよぉ~! ずっと待ってたんだよー!」

「いっつもお仕事遅くて、あたし達を待たせるんだから……!」


 リーリエもユーリエも、待ちくたびれたのか、ぶうと頬を膨らませていた。

 この大人の都合の事など何も考えてくれない理不尽さ。俺にはそれが心地いい。

 騎士団長だとか筆頭聖騎士だとか、小難しい理屈は抜きにして、俺と彼女達だけの世界に俺を引き摺り込んでくれるのだ。

 その空気、空間が俺は好きだ。これが家族と言うものなのだ。


「待たせて悪かったな。さあ、もう行こうか」


 俺は御者台に乗り、愛馬ビュービューの手綱を手に取った。


「うん……! 行こう行こう! わーい旅行だぁ~♪」

「あたしエイスくんのお膝に乗るから! いっちば~ん!」


 すっとユーリエが俺の膝の上を占領した。


「あーずるいユーリエ! わたしもぉ~!」

「ダメダメ一人用なんだから!」

「ぶー!」

「はいはい。じゃあリーリエは肩車にしよう。後で交代でな」

「分かった~! わーい!」


 リーリエが俺の背中をよじ登って肩に座った。

 少々髪を引っ張られるのなど、日常茶飯事である。


「よし、じゃあ最初の目的地は『浮遊城ミリシア』だ」


 目的地の設定は、家族会議の結果である。

 やはり二人とも『浮遊城ミリシア』名物の『水晶の花園』を見たいらしい。

 俺達は見送ってくれるマルチナさんに別れを告げて、館を後にした。


 俺の肩と膝ではしゃいでいる天使達の相手をしながら、俺は願っていた。

 これから行くこの旅が、彼女達にとって一生の思い出になりますように――と。

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