プロローグ1 最強の騎士
プロローグ1のみ三人称です。
次回分からは主人公の一人称となります。
アクスベル王国は、スラナイ山地付近――
王国軍所属、白竜牙騎士団は人里離れたかの地に展開していた。
白竜牙騎士団は大国アクスベルの騎士団の中でも序列一位。
最精鋭と呼ばれる騎士団である。
その精鋭の騎士達は、王命を受けここに発生した魔物の討伐にやって来たのである。
放っておけば周囲の人里に深刻な影響を及ぼす。
国内の魔物の駆除も騎士団にとっては大事な務めである。
「怯むなッ! 団長が到着なされるまでに片付けるぞッ!」
「たまには俺らの力を示し、団長にはご安心頂こうぜぇ!」
「ですが無理は禁物です! 負傷者の退避は最優先で!」
不在の白竜牙騎士団長の代わりに、三人の副団長達が部隊の指揮を執っている。
若く麗しい赤髪の女騎士――レティシア・レンハート。
剃り上げた頭の筋肉の塊のような巨漢――バッシュ・ボールドル。
やや線が細いが頭の切れそうな金髪の青年――セイン・セラヴィス。
いずれも一流の実力を持つ騎士達である。
彼ら三人がいれば、団長が不在でも騎士団の作戦行動は可能だ。
団長は王都での式典があり、今回の討伐には遅れて合流することになっていた。
彼の手を煩わさぬよう、レティシア達は到着前にカタを着けるつもりだった。
そしてそれは、現実のものとなりつつある。
このあたりに巣くっていた魔物は。粗方全滅している。
今回は経験の浅い者の訓練も兼ねるため、実力の高い経験豊富な騎士達は後詰に置き、若手を前面に立てている。
それでも、流石は最精鋭の白竜牙騎士団に入る程の者達だ。
何の問題もなく魔物達を制圧して行く。頼もしい若手達である。
レティシア自身まだ十九歳であり、年齢で言えば間違いなく若手なのだが。
ちなみにバッシュは四十代。セインは二十代の後半である。
「どうやら、団長にお預かりした者達を一兵も損じる事無く帰れそうだ――」
レティシアは満足そうにそう呟いていた。
が――突如、大きく地面が揺れ出した。
ドドドドドドド――!
それは、地中から何かがせり出してくるが故の振動だった。
人を遥かに上回る巨体を露にしたのは、黄土色の表皮を持つ巨大なドラゴンだった。
ギャアアアアアァァァン!
巨大な咆哮が、空気をビリビリと震わせた。
数多の魔物の中でも最強最悪の種族。それがドラゴンである。
「――なっ!? 地竜! こいつが潜んでいたのか……!」
「これに引き寄せられて、雑魚が集まってたんだな……!」
「いけない、隊列を組み直しましょう!」
セインの言う通りである。
今最前線に立つのは、騎士団の中では比較的経験の浅い弱い騎士達だ。
ドラゴンほどの魔物は、全力を尽くさねば討ち取れない。
並の騎士団なら半壊――いや敗走もあり得る。
そんな醜態を晒して団長に期待外れだと思われたくは無い。
それに、部下の命は出来るだけ守るのが指揮官の務めだ。
「……私が前に出る――! バッシュとセインは指揮を続けてください!」
「いや俺も出るぜぇ。剣姫レティシアちゃんのお顔が傷ついたら、悲しむ男どもが多いからなぁ」
「そんな事、どうだっていいでしょう。女だって国と人々のために戦います」
「いや済まねえ、自分より若いのに早死にされるのは嫌なんでな」
バッシュが剃りあがった後ろ頭を掻いて見せる。
「そういう事なら、共に戦いましょう」
「ああ――!」
自分とバッシュが協力すれば、地竜とて倒せないわけではない。
団長から預かった部下達は自分が護って見せる。
そうすれば――少しは団長も褒めてくれるだろうか。
その位のささやかなご褒美は、期待してもいいだろうか。
これから命を張るのだから。
そんな風にレティシアは思うのである。
「じゃあセイン、指揮をお願いします!」
「分かりました――!」
と――
ビュウウウウゥゥンッ!
突如その場に突風が吹いた。
超高速でやって来た何かが放つ風圧だ。
その何かとは――白竜牙騎士団の騎士にとっては言わずもがなだった。
突風と共に副団長達の前に、一人の青年が降り立っていた。
年の頃は二十と少々。正確には二十二。
引き締まった、均整の取れた体つき。
濃い茶色の髪。深い青色の瞳は何の感情も感じさせないような、捉え処の無さである。
かなりの無表情で、口数も多くないのである。顔立ち自体は、整っているのだが。
だがそれを、謎めいていて素敵だと言う王侯貴族の淑女も多い。
アクスベル王国白竜牙騎士団長かつ筆頭聖騎士――エイス・エイゼルである。
聖騎士というのは、各騎士団を率いる騎士に与えられる称号である。
最精鋭の白竜牙騎士団を率いるエイスは、すなわち筆頭聖騎士になる。
それはこの国で最強の騎士であるという事も意味する。
いやこの国どころか――
アクスベルの至宝と言われ、数々の戦場や魔物の討伐で常勝無敗。
国王をしてエイス一人いれば万軍に勝ると言わしめた、王国史上最強の騎士なのだ。
この歳ながら武勇伝、英雄譚は数知れず。
一人で千人の兵を倒したという程度の話なら、枚挙に暇がない。
エイスの存在故に、他国がアクスベルへの侵攻をタブー視するほどなのだ。
軍神、守護神、救世主。彼を呼称する表現は多い。
今までも、そしてこれからも――
「……すまん。遅くなった」
エイスはぼそりと、静かに告げる。
「だ、団長――! お帰りなさいませ!」
レティシアはその場で膝をつき、深々と礼を取ってエイスを迎えた。
彼女にとって、エイスは絶対的な尊敬の対象なのである。
「ああ……あれは?」
と、エイスは地竜に視線を向ける。
すでに動き出し、こちらに迫ろうとしている。
「突然現れたんでさぁ。ついさっきね」
「で、あれを使ってこれから訓練か?」
「い、いえ――流石に地竜は危険過ぎます。人的被害が出ないようにと考えていた最中で――」
とのセインの言葉に、エイスは頷く。
「なら、あれは俺が倒していいか? それが一番安全だ」
「は、はい、団長!」
セインに続きレティシアもバッシュも頷く。
部下達の了解も得たので、エイスは無造作に地竜の前に出る。
それを配下の騎士達は、食い入るように見つめていた。
これから見られるのだ――エイス団長の人知を超えた神技、絶技を。
それを見逃すまい。そして盗めるものは少しでも盗もうと。
その向上心は、大変結構な事である。
彼らに地竜を任せる事も不可能ではないだろう。
が、被害が出そうな上、時間がかかり過ぎる。
時間――エイスには、それが何よりも大事だ。
何故なら――
(よし! 今すぐ倒して全力で戻れば……あの子達の寝る時間に間に合うッ! 何日かぶりにお休みなさいが言えるッッ!)
あの子達とは、エイスが引き取って育てている姪っ子達の事だった。
他界した姉の子で、双子の姉妹なのだ。
あの天使たちとの時間を得るためなら――
地竜などいくらでも屠ってくれよう。
無造作に近づいてくるエイスに、地竜は馬鹿にするなと怒りの咆哮を上げる。
ギャオオオォォ……ォ――
咆哮が尻切れトンボになる。
それもそのはず、途中で首が落ちたからだ。
一瞬にして、エイスが巨大な地竜の首を刎ねていた。
見ていた騎士達は精鋭だが、殆どの者は一筋の光が走ったように見えただけだろう。
それほどに、エイスの絶技は常人とかけ離れていた。
さらに複数の光が走ると地竜の体がバラバラに崩れ落ちた。
「ん……片付いたな」
「「「「おおおおおおおおおおっ!」」」」
配下の騎士達から歓声が上がった。
戦士の神フィールティの技能である身体強化術【気装身】。
剣神バリシエルの技能である高速剣技【神閃】。
自由と風の神スカイラの高速移動用魔術である【風纏】。
愛と水の神アルアーシアの武具強化魔術である【猛き祝福】。
それらの力の複合剣術なのだが、威力の程は御覧の通りだ。
複数の神の技能や魔術を使うなど、常人では考えられない。
それを四つもなど、突き抜け過ぎて完全に人外の領域だ。怪物じみている。
技能や魔術は、各人が加護を受けた神に属するものが使用可能となる。
神とは擬人化された高次の存在であると共に、世界を構成する最も根源的な真理だ。
力の法則や構成そのものなのである。人はそれを神と呼んだのだ。
神の加護の証は、生まれつき各人の体のどこかに現れる守護紋だ。
それが、人の才能であり適性であるとも言える。
例えば戦士の神の加護を受けた者は戦いに向く。
自由と風の神の加護を受けた者は早く移動する魔術に適性がある。
ただ、圧倒的大多数の人間は神の加護をいずれか一つしか持たない。
天才と呼ばれるものでも、二、三個。
それをエイスは――現存すると言われる二十六柱の神全ての加護を持ち合わせていた。
どういうわけか、生まれた頃から――である。
故に様々な能力の掛け合わせが可能。
そして、その結果は圧倒的であり人外の領域。
生ける奇跡――
全ての神に愛された者――
エイスのことをそう呼称する者もいる。
「団長お見事です!」
「ふぃ~相変わらずデタラメな腕前ですなあ」
「この目で見ないととても信じられない出来事ですからね……!」
色めき立つ副団長達に、エイスは無表情で告げる。
「みんな、済まないが後始末を頼めるか? 皆を率いて王都に帰還するように。俺はこの後急ぎの用事があるんだ」
副団長の三人は、エイスが急ぐ理由が分かっていた。
早く家に帰って、娘たちとの時間を取りたいのだ。
だから、文句を言わずに承諾する。
「「「了解しました!」」」
「ありがとう。ではな――!」
ビュウウウウゥゥンッ!
また突風のような速さでエイスは王都方向に去って行った。
全身全霊の、速度で。
エイス程になれば、急ぎの移動に馬など不要。
むしろ遅くなってしまう。自力で移動した方が早いのだ。
(待っていろ二人とも! 俺は! 必ず! 君たちに! お休みなさいを言うッッ!)
アクスベル王国の平和は、今日もこうして守られているのだった。
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