95 ドラゴンさん、不安になる
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「ぬかりました」
ぜえぜえと息を吐きながら、座りこんだシアンがつぶやいている。
トントロとピートロもその背中に寄りかかって、ぐったりしたまま動かない。
一人と二匹の顔色は悪い。
生命力も魔力もいっぱい使ったせいで、うまくマナからの転換ができないみたいだ。
こうなると、少し休んで体の調子が良くならないと治らないと思う。
元気なのは僕と、戦っていなかったノクトだけ。
『あれだけ集まるとは思わなかったわ』
ノクトは言いながらも広げた影の中に倒したモンスターをしまっている。
これは戦っている間もずっとやってくれていた。
じゃなかったら、もう洞窟はモンスターの死体で埋まってしまって、誰も通れなくなっていたと思う。
「びっくりしたね」
ピートロの魔導でモンスターを集めた僕たちだけど、ちょっと失敗してしまった。
崖の下からやってきたモンスターを倒し終わったと思ったら、今度は崖の上にいたモンスターが集まり始めて、あわててそれを倒したら今度は洞窟の来た道からモンスターがやってきて、それも倒したと思ったら、今度は壁のすきまからぬるりとモンスターが出てきて、そうしたら、今度は崖の下からまたまたモンスターが現れて……やっと、今はそいつらを倒し終わったところだ。
出口からすっかり奥の方に戻ってしまっていて、こうしてお話ができている。
壁のすきまから出てきたヌルヌルしているのに、ピートロが飲み込まれちゃったときは本当にあわてた。
僕が声でワッとやったら動かなくなって、その間に助けられたけど、最初は手でつかめなかったからなあ。
今もピートロはねちょねちょしていて、グスングスンしている。
よっぽど怖かったんだろうな。
「でも、どうしてこんなに集まったんだろう?」
『この環境だから音を聞いて集まったわけじゃなさそうね。地面や壁の揺れに敏感なのかしら』
あー、そういう動物とかいるよね。
鼻も耳もないのに、ちょっと地面が揺れただけで逃げるの。
だったら、僕たちが戦っているのに気づいたのが集まってもおかしくない。
「しかし、もったいなかったですね」
残っていたモンスターを影にしまい終わったころ、ようやくシアンたちが立ち上がった。
シアンは滝の方を見ている。
『しょうがないわ。あの状況で素材の回収なんてできないもの』
モンスターを倒して、倒して、倒して。
出口の近くで戦っていた時は、近づかれる前に倒してしまわないと間に合わなくなりそうだったから、シアンたちが魔導で倒しちゃったのも多かった。
そんなモンスターは崖から落ちてしまったから、命石も魔石も素材も取れない。
『それでも、これだけあれば十分でしょう。道連れ兎程とはいかなくても、なかなかの数よ』
「ですね。すっぱり諦めましょう。ほら、ピートロ。この水で体を洗いましょうか」
「アネゴ様、ありがとうございます……」
『レオンとトントロは前後を警戒なさい』
シアンも本当の本当に残念がっているわけじゃなかったみたいだ。
お水を作って、それでピートロのねちょねちょを落とし始めた。
「はい。もういいですよ」
僕とトントロで道の前と後ろを警戒していると、シアンが声をかけてくれた。
「まだ、ねとってします」
「ピートロ、元気出すっす!」
元気のないピートロをトントロがはげましているけど、やっぱり顔色がよくない。
僕はシアンとノクトを見た。
「そうですね。今日はこの辺りで戻りましょうか」
『ええ。予定外の長丁場になってしまったし、もう帰り始めないと夜になるわ』
ダンジョンの中に朝も昼も夜もないけど、ノクトには時間がわかるらしい。
たしかにちょっとお腹がすいていた。
「攻略が進めば数日掛かりでの探索もしなくてはなりませんね」
『そうね。ともあれ、今は戦闘に比重を置いているのだから、まだ先の話でしょうけど。けど、そう考えるとここはいい狩場かもしれないわね』
戦っていたら勝手にモンスターの方から来てくれるんだから、強くなりたいみんなにはいいのかもしれない。
「すみません。お待たせしました……」
「うっす! もういけるっす! ピートロの分まで、オイラががんばるっす!」
話しているとトントロがピートロの手を引いてやってきた。
調子の戻らないピートロを守ろうとしているトントロはお兄ちゃんだ。
僕は二匹の頭をなでてあげる。
「うん。でも、今日はもう戻ろうって」
「そうなんすか? うっす、戻るっす!」
「すみません。足を引っ張ってしまって……」
「いえいえ、元から今日はこの部屋の様子を見るだけのつもりでしたからね。ピートロのせいなんかじゃありませんよ」
『そうね。体力的な問題ならシアンだって同じでしょうしね』
普通に話しているようだけど、シアンもやっぱり顔色はよくない。
シアンとピートロは本当にたくさん魔導を使ったからね。
滝の部屋のモンスターは毒を持っているのがいたから、そういうのは近づかれる前に倒そうとしていた。
「じゃあ、帰りましょうか」
『レオン。悪いけど、帰りの戦いは任せてしまっていいかしら?』
「うん。がんばる」
ここで休んでから戻った方がいいのかもしれないけど、またモンスターに襲われるかもしれない。
なら、帰り道は元気いっぱいな僕が戦えば安全だ。
そうして、僕たちは洞窟を戻って、最初の扉まで戻る事にした。
洞窟ではコウモリとヌルヌルが出てきたけど、生命力をのせた声で倒せた。
細い道に出てからも、上から下からモンスターがやってきたけど、全部剣で落として、とどめを刺して、むずかしくない。
たまに僕じゃなくて、後ろのみんなの方を襲おうとするのもいたけど、そういうのは壁に手足を刺して回り込めばいい。
「しかし、相変わらずレオンの戦闘は圧巻というか、理不尽というか!」
『参考にはできないタイプよね』
「アニキ、カッコいいっす! 強いっす!」
「聞こえないけど、お兄ちゃんが何を言っているのかわかる……」
後ろのみんなもちょっと元気になってきたのかな?
もう戦えるのかもしれないけど、僕に任せてくれるみたいだ。
そろそろ、扉かなって前を見た時、変な感じになる。
「……?」
これ、前にもあったような?
ずうっと遠く。
目でも、耳でも、鼻でもない――別の感覚。
それが教えてくれている。
僕、ミラレテいる。
背中がゾクゾクした。
怖いとも、悲しいともちがう。
もっと気持ち悪いナニカ。
「誰!?」
声を上げるけど、滝の音に消されてどこにも届かない。
なのに、ミラレテいる感じが強くなって――右!
「!?」
滝。
白い煙。
ゆらゆらとゆがんだ水面。
そこに赤黒く輝くふたつの光。
それは誰かの『目』だと本能が教えてくれた。
「――君は、誰?」
きく。
けど、声は返ってこない。
ただ、その目はニイッとワラって、そのまま消えてしまった。
そして、変な感じが消えた。
目の前には白い滝の流れだけが残っている。
今の変なできごとに僕は何も考えられない。
この胸の中にあるのはなんだろう?
とっても、とっても、とっても、いやな感じだ。
「……レオン? レオン!? どうしましたか!?」
『急に止まって、何かいたの? あたしには何も感じられないのだけど? レオン、聞こえている?』
「アニキっ! どうしたっすかっ!? おなか痛いっすかっ!?」
「アニキ様! あの、アニキ様!?」
みんなの声が聞こえて、ようやく僕は自分がひざをついているのに気付いた。
ふりかえると、心配そうに僕を見るシアンの顔が近くにあった。
そのすぐ後ろにはトントロとピートロが同じように僕を見上げている。
なんだか、とっても心が落ち着いて、僕はシアンたちをまとめて抱きしめた。
「ちょっ、レオン!? あああああの、当たってます! わたしが当てているわけじゃなくて――なんなんですか、これ!? 当てさせられています!? セクハラ? パワハラ? ラッキー……いえ、決して許せないわけじゃありませんが、まだ早いと言いますか!!」
「うっす! 集まるとあったかいっす!」
「アニキ様、大胆ですぅ……」
みんながわいわい話しているのを聞くと安心する。
『なにやっているんだか……』
ちょっとはなれた場所でノクトがため息をついていた。




