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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第三章 衣食住を整えるドラゴン
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93 ドラゴンさん、滝の部屋を進む

 93


 たくさんの水がいつまでも上から下に落ちていく。


 扉があったのは岩の壁だった。

 壁には人が一人だけ通れそうな細い道があって、それが右と左に続いている。

 落ちていく水と道の間には何もない。

 上と下をのぞいてみるけど、霧で白く隠れてしまっていて、どうなっているかわからなかった。


 壁のあっちこっちに光る水晶があるから、みんなにも周りが見えるだろうけど、それでも川の部屋より暗いから大変なのかもしれない。


「レオン、聞こえますか!?」

「聞こえてるよー」


 大きな声で呼ばれて、返事をしたけど、シアンは耳に手を当てている。


「もっと大きな声でお願いします! わたしには聞こえません! トントロとピートロはどうですか!?」

「うぅっすっ! オイラ、元気っすぅっ!」

「お兄ちゃん! 本当に聞こえてる!? 適当に返事してない!?」

「シアン! どう!? こんな感じ!?」

「あうっ! レオン、ダメです! 今度は大きすぎます! なんだか、頭がぐわんってしましたよ!?」


 僕は耳がいいから、まわりがうるさくてもみんなが何を言っているかわかる。

 だけど、シアンとトントロとピートロはダメみたいだ。

 大きな声でしゃべっていても、おたがいに言葉が届いてない。

 口をパクパクしては、こまった顔をしている。


『大混乱ね……。レオン、こっちに連れてきなさい』


 猫耳のノクトは聞き取れている。

 僕を呼んでから、そのまま扉の向こうに戻っていった。

 そっか。

 道の方は暗いけど、うるさくなかったからお話ができる。


「シアン、トントロ、ピートロ、戻るよ!?」

「な、なんですか、レオン! 急に手を握ってくるなんて! その、手を握りたくなる気持ちはわたしも一緒――じゃなくてですね!? こう二人っきりでとか、もっとムードとかを大事にしてほしいなあって……」

「アニキっ! オイラはやるっすよっ! この水を倒せばいいっすかぁっ!?」

「アニキ様! すみません! アニキ様が困っているのはわかるんですけど、やっぱり聞こえないんです!」


 うん。

 聞こえてない。

 ノクトがすぐに戻ってしまった理由がわかった。

 ここで大きな声を出すより、ちょっと強引でも戻した方が早い。

 僕はシアンの手を引いて、二匹の背中を押して、扉の向こう側に戻る。


「レオン、強引ですよ!? こんな暗い場所に連れてきて、何をするつもりです!? いえ、その、強引なのも嫌いじゃないのですが――」

『このおバカ。そろそろ正気に戻りなさい』


 わたわたとあわてていたシアンだけど、ノクトにしかられたら元に戻った。

 キョトンとした顔で周りを見回して、小さく息を吐いた。


「あ、ああ、なるほど。ここなら普通に話せますね」

『そういう事よ』

「うぅっすっ! ノクトのアネゴ、かしこいっすぅっ!」

「お兄ちゃん、大きい。ここなら普通に話せばいいから」


 トントロがピートロに注意されてしまった。

 でも、仕方ないかも。

 さっきの音がまだ耳の奥に残っている感じがして、変な感じだ。


『とりあえず、お互いに見失わないように手を繋ぎなさい。レオン、あなたなら見えているのでしょう?』

「うん。シアン、左手を横に広げて。そこにピートロがいるから。ピートロも隣にトントロがいるよ。ノクトは僕が抱えるね」


 そうやって、手をつないだところでさっきの部屋の話に戻る。


「しかし、あれは滝の部屋、ですね。あそこは滝の裏側といったところでしょうか」

『おそらく、そうね。しかし、厄介な場所よ。あの音じゃ、お互いの声は届かないものとして考えないと』

「あとビショビショっす」

「うん。少ししかいなかったのに、服が濡れちゃいました。それに、道は狭かったですし、滑りやすかったです。ここみたいに暗くはありませんでしたけど、さっきの部屋より暗くて見えづらいです」


 みんな、たくさん気づいている。

 僕も他に思った事は……。


「あの落ちている水って滝なんだよね? 上と下は見えなかったけど、横は見えたよ。少し歩いたら右も左も行き止まりだった」

「あの状況でよく見えましたねぇ」

『まあ、レオンだもの。それで、他には何かあったかしら?』


 思い出してみる。

 音と水ばかりしか見ていなかったけど、壁の方は……ああ、行き止まりだけじゃなかった。


「洞窟があったよ」


 右にも左にも一個ずつ。

 奥までは見えなかったけど、くぼんだ壁の先には道があると思う。


「洞窟。となると、その先に扉があるのでしょうか?」

『あるいは、上か下の別の崖に繋がっているのかもしれないわね』

「崖の道と、洞窟を探索する感じでしょうか?」

「でも、どこかの壁に扉があるかもしれないっす」


 あの滝の落ちる壁にあったら大変だ。

 見つけるのも大変だし、入るのも大変になってしまう。


「それは考えたくありませんねぇ。ノクト、モンスターは?」

『いたわね。地面や壁を這うように動くタイプが何匹も。姿までは見えなかったけどね』


 そうなんだ。

 しっかり見たわけじゃないけど、僕にはモンスターがいるようには見えなかったな。

 ただの地面と壁だけだったと思う。

 もしかしたら、隠れるのがうまいやつなのかも。


『どうする? やっぱり、やめる?』

「……いえ、危険かもしれませんが、まずは様子を見ましょう。それに、難易度の高い部屋なら、他の冒険者に見つかりませんからね。好都合です」


 シアンは進むつもりだ。

 ノクトもわかっていたみたいに続けた。


『そう。なら、ここで方針だけでも決めてしまいなさいな』

「ええ。まずは編成ですが、先頭はトントロにお願いします」

「うっす! がんばるっす!」

「次にピートロが。ピートロはトントロの補助をメインでお願いします」

「はい。お役に立てるように頑張ります」

「真ん中にわたしとノクトが入って、全体のフォローをします。ノクト、モンスターが近づいたら教えてくださいね」

『わかっているわ。さすがに耳元で叫べば聞き取れるでしょう。でも、どうやって他の子たちに伝えるの?』

「それはもう手振りでとしか。トントロ、ピートロ、モンスターが近づいてきたら肩を叩いてから方向を指さします。いいですね?」

「うっす!」「はい!」

「レオンは後ろから来る敵を倒してください」


 この道を通った時と逆だからわかりやすい。

 でも、止めるんじゃなくて倒す?


「僕が倒しちゃっていいの?」

「ええ。最初は安全第一です。それから進むのは右方向へ。まずはレオンが見た洞窟を目指しましょう。そこなら音も酷くないでしょうから、作戦会議もできるはずですしね」


 決まったらあとはやるだけだ。

 僕たちはまた扉を通って、滝の部屋へと入った。


 やっぱりすごい音で僕とノクトしかみんなの声を聞き取れない。

 それでも最初に決めていた通り、トントロが右の方へ歩き出した。

 トントロは生命力で体を強化して、ピートロは魔導の準備をして、いつでも戦えるようにしている。

 僕は一番後ろからみんなを見ながらついていく。


「困りましたね。ここでは雨降探知レインディテクションが使えません」


 シアンがつぶやいたのが聞こえた。

 川の部屋で扉を見つけた魔導だよね?

 あの魔導は雨を降らして、その雨が当たった物をシアンに伝えるみたいだった。

 たしかにここで使っても、滝の水がじゃまだし、崖ばかりだから雨が当たらないから、うまくいかないかも。


 洞窟まで半分というところで、ノクトが上を見上げて、それから叫んだ。


『上から小型のモンスターが四匹! 少し遅れて中型のモンスターが一匹! すぐに来るわよ!』


 シアンが前を歩くピートロに、ピートロがトントロにそれを伝える。

 足を止めて、上を見上げるけど……何もいないよ?

 ただ、霧で白くなった空気と、水晶の光にてらされた崖だけが……あれ?


「何か、動いたような?」


 変な感じがした所を今度はしっかりと見る。

 そうしたら、わかった。

 岩の壁と同じ色をした何かがいると。

 あれは、灰色――ううん、まわりと同じ色をした草、みたいなのだ。


徘徊する群生苔リビングモスよ!』

ポイント多数展開マルチ/15・水属性ブルー――水撃重弾アクアバレット!」

ポイント多数展開マルチ/5・地属性ブラウン――岩撃衝弾ストーンバレットです!」


 シアンとピートロが魔導を使う。

 水と石の弾が草みたいなのを吹き飛ばして――いや、落ちてきた!

 ぶわっと広がって、シアンとピートロを包もうとしているんだ。


「おまかせっす!」


 トントロが飛び上がって、その小さなひづめをふるう。

 生命力で強化された一撃で草みたいなのはボンっとはじけて、命石と魔石がパラパラと落ちていった。

 それから少し遅れてトントロも落ちて――落ちてる!?


「落ちるっすー!?」

「トントロ!」


 ぎりぎりで服をつかんで、そのまま抱きしめる。

 危ない。

 もう少しで滝といっしょに崖の下にいってしまうところだった。

 がくがくとふるえるトントロの背中をポンポンしながら、僕はまた上に目を戻す。


 ノクトが言ったモンスターは中ぐらいのがよっつで、大きいのがひとつ。

 今の草みたいなのがよっつだったから、まだ大きいのが残っている。


「ここのモンスター、変だ」


 草の後に上からやっぱり変なのがやってきた。

 まわりの岩とか水晶と同じ感じの色をしていて見えづらい。


 今度のモンスターはトカゲで、鱗にはさっきの草みたいなのがびっしりと生えていた。

 僕よりも体が大きいのに、崖をスイスイと下りてくる。


『あれは壁這い蜥蜴ハイドリザードの亜種かしら? どちらにしろ、デミドラゴンよ! 毒に注意なさいな!』


 むっ、デミドラだ。


 シアンとピートロが魔導を使おうとして、止まる。

 さっきみたいに落ちてきたらあぶない。

 それにデミドラたちは体の中に毒を持っているから、傷つけて血とかが降ってくるのもあぶない。

 地面に下りてくるまで待つつもりなんだろう。

 けど、僕はそれより先に動き出した。

 まずはトントロを下ろして、と。


「こいつは僕が倒す」


 さやに入れたまま剣を持って、僕は壁をのぼる。

 壁に足を突き刺して、抜いて、突き刺して、抜いて、突き刺して、抜いて、突き刺して――剣が届く場所に行く。


「んっと、今だ」


 剣で傷つけたら下にいるシアンたちがあぶないから、デミドラの足を払う。

 ガルズのおじさんみたいに早くも工夫もないデミドラだ。

 壁に手足をつけようとしたところを狙えばかんたんだった。

 前足が壁をつかめなかったデミドラの体は簡単に空に浮く。


「あっちいけ!」


 そのお腹の下に剣を差し込んで、滝の方にぽいっと。

 力はいらない。

 落ちてくる勢いを流してあげるだけでいい。


 デミドラは空中で手足をバタバタしながら落ちていって、滝の中に飲み込まれると見えなくなった。


「よし」


 それを見送って、僕はゆっくりと壁を歩いて下りた。

 シアンたちが変な目で僕を見ているけど、どうしたんだろう?

 ノクトがため息をついて、僕をじとっと見つめてくる。


『相変わらずの無茶苦茶に技術まで加わってもうだいぶカオスよね、あなた』

「? ダメだった?」

『いいえ、助かっているわ。とにかく、今は先を急ぎましょう。次の襲撃が来る前に

洞窟まで行きたいから』


 ノクトはシアンのほっぺを肉球で押すと、進みなさいと示す。

 僕たちはまた並びなおして、歩き出した。

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