93 ドラゴンさん、滝の部屋を進む
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たくさんの水がいつまでも上から下に落ちていく。
扉があったのは岩の壁だった。
壁には人が一人だけ通れそうな細い道があって、それが右と左に続いている。
落ちていく水と道の間には何もない。
上と下をのぞいてみるけど、霧で白く隠れてしまっていて、どうなっているかわからなかった。
壁のあっちこっちに光る水晶があるから、みんなにも周りが見えるだろうけど、それでも川の部屋より暗いから大変なのかもしれない。
「レオン、聞こえますか!?」
「聞こえてるよー」
大きな声で呼ばれて、返事をしたけど、シアンは耳に手を当てている。
「もっと大きな声でお願いします! わたしには聞こえません! トントロとピートロはどうですか!?」
「うぅっすっ! オイラ、元気っすぅっ!」
「お兄ちゃん! 本当に聞こえてる!? 適当に返事してない!?」
「シアン! どう!? こんな感じ!?」
「あうっ! レオン、ダメです! 今度は大きすぎます! なんだか、頭がぐわんってしましたよ!?」
僕は耳がいいから、まわりがうるさくてもみんなが何を言っているかわかる。
だけど、シアンとトントロとピートロはダメみたいだ。
大きな声でしゃべっていても、おたがいに言葉が届いてない。
口をパクパクしては、こまった顔をしている。
『大混乱ね……。レオン、こっちに連れてきなさい』
猫耳のノクトは聞き取れている。
僕を呼んでから、そのまま扉の向こうに戻っていった。
そっか。
道の方は暗いけど、うるさくなかったからお話ができる。
「シアン、トントロ、ピートロ、戻るよ!?」
「な、なんですか、レオン! 急に手を握ってくるなんて! その、手を握りたくなる気持ちはわたしも一緒――じゃなくてですね!? こう二人っきりでとか、もっとムードとかを大事にしてほしいなあって……」
「アニキっ! オイラはやるっすよっ! この水を倒せばいいっすかぁっ!?」
「アニキ様! すみません! アニキ様が困っているのはわかるんですけど、やっぱり聞こえないんです!」
うん。
聞こえてない。
ノクトがすぐに戻ってしまった理由がわかった。
ここで大きな声を出すより、ちょっと強引でも戻した方が早い。
僕はシアンの手を引いて、二匹の背中を押して、扉の向こう側に戻る。
「レオン、強引ですよ!? こんな暗い場所に連れてきて、何をするつもりです!? いえ、その、強引なのも嫌いじゃないのですが――」
『このおバカ。そろそろ正気に戻りなさい』
わたわたとあわてていたシアンだけど、ノクトにしかられたら元に戻った。
キョトンとした顔で周りを見回して、小さく息を吐いた。
「あ、ああ、なるほど。ここなら普通に話せますね」
『そういう事よ』
「うぅっすっ! ノクトのアネゴ、かしこいっすぅっ!」
「お兄ちゃん、大きい。ここなら普通に話せばいいから」
トントロがピートロに注意されてしまった。
でも、仕方ないかも。
さっきの音がまだ耳の奥に残っている感じがして、変な感じだ。
『とりあえず、お互いに見失わないように手を繋ぎなさい。レオン、あなたなら見えているのでしょう?』
「うん。シアン、左手を横に広げて。そこにピートロがいるから。ピートロも隣にトントロがいるよ。ノクトは僕が抱えるね」
そうやって、手をつないだところでさっきの部屋の話に戻る。
「しかし、あれは滝の部屋、ですね。あそこは滝の裏側といったところでしょうか」
『おそらく、そうね。しかし、厄介な場所よ。あの音じゃ、お互いの声は届かないものとして考えないと』
「あとビショビショっす」
「うん。少ししかいなかったのに、服が濡れちゃいました。それに、道は狭かったですし、滑りやすかったです。ここみたいに暗くはありませんでしたけど、さっきの部屋より暗くて見えづらいです」
みんな、たくさん気づいている。
僕も他に思った事は……。
「あの落ちている水って滝なんだよね? 上と下は見えなかったけど、横は見えたよ。少し歩いたら右も左も行き止まりだった」
「あの状況でよく見えましたねぇ」
『まあ、レオンだもの。それで、他には何かあったかしら?』
思い出してみる。
音と水ばかりしか見ていなかったけど、壁の方は……ああ、行き止まりだけじゃなかった。
「洞窟があったよ」
右にも左にも一個ずつ。
奥までは見えなかったけど、くぼんだ壁の先には道があると思う。
「洞窟。となると、その先に扉があるのでしょうか?」
『あるいは、上か下の別の崖に繋がっているのかもしれないわね』
「崖の道と、洞窟を探索する感じでしょうか?」
「でも、どこかの壁に扉があるかもしれないっす」
あの滝の落ちる壁にあったら大変だ。
見つけるのも大変だし、入るのも大変になってしまう。
「それは考えたくありませんねぇ。ノクト、モンスターは?」
『いたわね。地面や壁を這うように動くタイプが何匹も。姿までは見えなかったけどね』
そうなんだ。
しっかり見たわけじゃないけど、僕にはモンスターがいるようには見えなかったな。
ただの地面と壁だけだったと思う。
もしかしたら、隠れるのがうまいやつなのかも。
『どうする? やっぱり、やめる?』
「……いえ、危険かもしれませんが、まずは様子を見ましょう。それに、難易度の高い部屋なら、他の冒険者に見つかりませんからね。好都合です」
シアンは進むつもりだ。
ノクトもわかっていたみたいに続けた。
『そう。なら、ここで方針だけでも決めてしまいなさいな』
「ええ。まずは編成ですが、先頭はトントロにお願いします」
「うっす! がんばるっす!」
「次にピートロが。ピートロはトントロの補助をメインでお願いします」
「はい。お役に立てるように頑張ります」
「真ん中にわたしとノクトが入って、全体のフォローをします。ノクト、モンスターが近づいたら教えてくださいね」
『わかっているわ。さすがに耳元で叫べば聞き取れるでしょう。でも、どうやって他の子たちに伝えるの?』
「それはもう手振りでとしか。トントロ、ピートロ、モンスターが近づいてきたら肩を叩いてから方向を指さします。いいですね?」
「うっす!」「はい!」
「レオンは後ろから来る敵を倒してください」
この道を通った時と逆だからわかりやすい。
でも、止めるんじゃなくて倒す?
「僕が倒しちゃっていいの?」
「ええ。最初は安全第一です。それから進むのは右方向へ。まずはレオンが見た洞窟を目指しましょう。そこなら音も酷くないでしょうから、作戦会議もできるはずですしね」
決まったらあとはやるだけだ。
僕たちはまた扉を通って、滝の部屋へと入った。
やっぱりすごい音で僕とノクトしかみんなの声を聞き取れない。
それでも最初に決めていた通り、トントロが右の方へ歩き出した。
トントロは生命力で体を強化して、ピートロは魔導の準備をして、いつでも戦えるようにしている。
僕は一番後ろからみんなを見ながらついていく。
「困りましたね。ここでは雨降探知が使えません」
シアンがつぶやいたのが聞こえた。
川の部屋で扉を見つけた魔導だよね?
あの魔導は雨を降らして、その雨が当たった物をシアンに伝えるみたいだった。
たしかにここで使っても、滝の水がじゃまだし、崖ばかりだから雨が当たらないから、うまくいかないかも。
洞窟まで半分というところで、ノクトが上を見上げて、それから叫んだ。
『上から小型のモンスターが四匹! 少し遅れて中型のモンスターが一匹! すぐに来るわよ!』
シアンが前を歩くピートロに、ピートロがトントロにそれを伝える。
足を止めて、上を見上げるけど……何もいないよ?
ただ、霧で白くなった空気と、水晶の光にてらされた崖だけが……あれ?
「何か、動いたような?」
変な感じがした所を今度はしっかりと見る。
そうしたら、わかった。
岩の壁と同じ色をした何かがいると。
あれは、灰色――ううん、まわりと同じ色をした草、みたいなのだ。
『徘徊する群生苔よ!』
「点・多数展開/15・水属性――水撃重弾!」
「点・多数展開/5・地属性――岩撃衝弾です!」
シアンとピートロが魔導を使う。
水と石の弾が草みたいなのを吹き飛ばして――いや、落ちてきた!
ぶわっと広がって、シアンとピートロを包もうとしているんだ。
「おまかせっす!」
トントロが飛び上がって、その小さなひづめをふるう。
生命力で強化された一撃で草みたいなのはボンっとはじけて、命石と魔石がパラパラと落ちていった。
それから少し遅れてトントロも落ちて――落ちてる!?
「落ちるっすー!?」
「トントロ!」
ぎりぎりで服をつかんで、そのまま抱きしめる。
危ない。
もう少しで滝といっしょに崖の下にいってしまうところだった。
がくがくとふるえるトントロの背中をポンポンしながら、僕はまた上に目を戻す。
ノクトが言ったモンスターは中ぐらいのがよっつで、大きいのがひとつ。
今の草みたいなのがよっつだったから、まだ大きいのが残っている。
「ここのモンスター、変だ」
草の後に上からやっぱり変なのがやってきた。
まわりの岩とか水晶と同じ感じの色をしていて見えづらい。
今度のモンスターはトカゲで、鱗にはさっきの草みたいなのがびっしりと生えていた。
僕よりも体が大きいのに、崖をスイスイと下りてくる。
『あれは壁這い蜥蜴の亜種かしら? どちらにしろ、デミドラゴンよ! 毒に注意なさいな!』
むっ、デミドラだ。
シアンとピートロが魔導を使おうとして、止まる。
さっきみたいに落ちてきたらあぶない。
それにデミドラたちは体の中に毒を持っているから、傷つけて血とかが降ってくるのもあぶない。
地面に下りてくるまで待つつもりなんだろう。
けど、僕はそれより先に動き出した。
まずはトントロを下ろして、と。
「こいつは僕が倒す」
さやに入れたまま剣を持って、僕は壁をのぼる。
壁に足を突き刺して、抜いて、突き刺して、抜いて、突き刺して、抜いて、突き刺して――剣が届く場所に行く。
「んっと、今だ」
剣で傷つけたら下にいるシアンたちがあぶないから、デミドラの足を払う。
ガルズのおじさんみたいに早くも工夫もないデミドラだ。
壁に手足をつけようとしたところを狙えばかんたんだった。
前足が壁をつかめなかったデミドラの体は簡単に空に浮く。
「あっちいけ!」
そのお腹の下に剣を差し込んで、滝の方にぽいっと。
力はいらない。
落ちてくる勢いを流してあげるだけでいい。
デミドラは空中で手足をバタバタしながら落ちていって、滝の中に飲み込まれると見えなくなった。
「よし」
それを見送って、僕はゆっくりと壁を歩いて下りた。
シアンたちが変な目で僕を見ているけど、どうしたんだろう?
ノクトがため息をついて、僕をじとっと見つめてくる。
『相変わらずの無茶苦茶に技術まで加わってもうだいぶカオスよね、あなた』
「? ダメだった?」
『いいえ、助かっているわ。とにかく、今は先を急ぎましょう。次の襲撃が来る前に
洞窟まで行きたいから』
ノクトはシアンのほっぺを肉球で押すと、進みなさいと示す。
僕たちはまた並びなおして、歩き出した。




