8 ドラゴンさん、強敵?と戦う
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深呼吸をひとつ。
辺りに漂っていたマナを一緒に吸い込んで、胸の奥の魂魄を通して生命力に転換、それらを一気に活性化する。
『あの人』が教えてくれた闘気法という技術の基本中の基本。
これだけで生き物の体は強くなり、硬くなり、同時に滑らかにもなる。
つまり、力は強くなって、体は頑丈になって、動きは素早くなる。
ドラゴンであっても、人間であっても。もしかしたら魔物であっても、それは変わらないのだと思う。
違うのは、魂魄によって生み出される生命力の質と量。
良質で大量の生命力があれば、それだけ強化のされ方も大きくなる。
そして、人間に生まれ変わった僕だけど、その魂魄はドラゴンの時と変わっていないらしい。
だから、人間になったとしても僕の戦い方は変わらない。
まっすぐ行って、まっすぐ叩く。
それだけだ。
「いくよー」
僕を威嚇するように唸っている濫喰い獣王種にまっすぐ近づいた。
しっかり足の指で地面を掴んで踏み出すと、またたきの間に移動できた。
うん。人間の足は難しくて使いづらかったけど、慣れてくるとドラゴンの時より動きやすいかも?
僕の動きに濫喰い獣王種は反応できなかったのか、目の前に現れた僕に驚いている。
さて、シアンとノクトの話している感じからすると、この濫喰い獣王種はかなり強い魔物らしい。
なら、ちょっと強めに殴っておこうか。
僕はその鼻先に向けて、手のひらを思いっきり突き出した。
「GYANっ!?」
最初に響いたのは大きなものがぶつかり合った時のような音で、ほとんど同時に濫喰い獣王種の悲鳴が上がった。
まるでのけぞったみたいに濫喰い獣王種の頭が持ち上がって、首から鈍い音を立てて、ひっくり返って、ぐるんぐるんと後ろに転がっていって、最初に広間へ出てきた洞窟まで戻っていく。
最後はぐったりと倒れて、そのまま動かない。
頭は変な方向に曲がっていて、何度も地面にぶつかったせいで羽は折れ、胴体も手足も傷だらけだった。
唯一、尻尾の蛇だけが、洞窟の奥側へと倒れたままピクピクと震えている。
「あれ、やりすぎちゃったかな?」
どうにも人間の体に慣れていないのと、なんだか生命力――というかマナの変換のされ方が前と違うような感じがして、ちゃんと加減ができないんだよなあ。
少し強くのつもりだったのに、一発で終わってしまった。
それか濫喰い獣王種を強く見過ぎていたのかもしれない。
強い魔物みたいだから、僕がドラゴンの時に戦っていた魔物を想像したんだけど、あの魔物たちよりは弱かったのかもしれない。
まあ、どっちにしても簡単に終わったならそれはそれでいいだろう。
「ねえ、シアン。倒しちゃったけど、よかったかな?」
「え? それは、はい。濫喰い獣王種なんかがこの上層に来ちゃったりしたら、上層の冒険者にもすごい被害が出ちゃいますし、ダンジョンの外まで出てきたらもっと酷い事になっちゃいますし、倒せてしまえるならそれが一番ですが……え? 本当に倒しちゃったんですか!?」
シアンは驚いているようだけど、僕は安心していた。
人間の常識というのがよくわからないから、間違って迷惑になっていたら大変だ。
ドラゴンの時も守ってあげていたのに、嫌われていたしなあ。
昔の事を思い出して落ち込んでいると、いつの間にかシアンが隣に来て、下から僕を見上げていた。
「あの、大丈夫です? なんだか、暗い顔をしていましたよ? 実はどこか痛めたりしてました? もしかして、わたしを庇ってくれた時ですか?」
「ううん。平気。怪我はないよ。心配してくれてありがとう」
「いえ、むしろ感謝するのはわたしの方です。助けるつもりが助けられてしまいました。それにしてもこの強さ、ドラゴンだったというのも本当に本当なのかもしれません。だとしたら、わたしは信じてあげられなかった事に……」
シアンはちょっとショックを受けている様子だ。
約束を守れなかった事とか、僕が元ドラゴンというのを信じていなかったと反省しているみたい。
僕としては守ろうとしてくれただけでも十分嬉しかったんだけどなあ。
『二人ともまだよ』
なんと言って慰めようかと考えていると、ずっと黙って濫喰い獣王種を見ていたノクトが叫んだ。
「まだって、何が?」
『こいつ、まだ生きてるわ』
言われて濫喰い獣王種を見ると、確かに起き上ろうとしていた。
不思議な事にその首がちゃんと正しい方向に戻っているし、体の傷や羽も見ている間にも治っていく。
僕たちを見る目は、怒りと憎しみでいっぱいだ。
完全に死んだと思ったけど、すいぶん生命力の強い魔物なんだな。
「でも、やる事は変わらないかな」
僕はシアンとノクトの前に出て、もう一回濫喰い獣王種を殴るために踏み込もうとする。
けど、それより先に濫喰い獣王種が動いた。
僕たちに背中を向けて、洞窟へと一直線に。
「……あれ? 逃げちゃった?」
茫然と見送ってしまう。
逃げるならそれでいいかな?
シアンが言うには、普通はこの辺りにいない魔物らしいし。
本来、いるべき場所に帰るなら無理に命を取らなくてもいいだろう。
『ダメよ、追いなさい!』
「なんで?」
ノクトの指示に首を傾げる。
確かに僕を恨んでいる様子だったけど、どっちが強いかはあいつもわかっているだろう。
いくら魔物でもこれだけ力の差のある相手に向かってこないと思うんだけど。
『濫喰い獣王種は他の生物を捕食して、強化と進化をするモンスターよ。進化するためにはかなりの大量のモンスターを食べないといけないから、群れない濫喰い獣は淘汰される。でも、ここは上層。あいつが普段住処にしている中層じゃないわ。上層のモンスターなんてすぐに食い尽くすでしょうね』
「ちょっと待ってください。そんな事になったら……」
『五種のモンスターを百匹くらって濫喰い獣王種だけど、十を越えたら濫喰い獣帝王種ね。もう、下層のモンスターと同格よ』
ふうん。
難しい話はよくわからないけど、ここで放っておくと食べ過ぎて大変になるって事でいいのかな。
でも、魔物を食べるのに時間がいるよね。
このダンジョンの上層がどんなふうになっているのかわからないけど、僕が洞窟を歩いている時は全然魔物もいなかったし、あの濫喰い獣王種が獲物を見つけるまで時間がかかる。
ノクトは追いつけるかどうか心配しているかもしれないけど、僕が走ればすぐに追いつけるはずだ。
「あ」
『……なに? なんだか、急激に嫌な予感がするわ』
思い出した。
この洞窟にはさっき何故か広間へと殺到していた魔物たちがいたんだ。
それは僕の闘気法で倒したからいいんだけど、その死体はそのまま洞窟に残ってしまっている。
「あいつって魔物の死体を食べても強くなるの?」
『なるわね。ちょっと、待ちなさい。まさか、あなたが持っていた道連れ兎は本当にあなたが倒したやつだったの?』
「そうだよ。さっき話した通り」
シアンとノクトが緊張する気配。
『道連れ兎に誘われてやってきたモンスターの死体なんて絶好の餌じゃない!』
「追います。せめて、食事を止めませんとって、レオン!」
洞窟へと向かおうとする一人と一匹の前を僕は走る。
洞窟の奥から急に強い魔力の反応を感じたんだ。
さっきの濫喰い獣王種のブレスとは比べ物にならない程の強力な魔力量。
それは僕たちへと放たれたブレス――洞窟全てを埋め尽くす大きさで放たれた魔力の砲弾だった