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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第三章 衣食住を整えるドラゴン
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86 ドラゴンさん、五日後

 86


「まさかー、いきなり中層に行くなんてー。しかもー、一番難易度の高い川の部屋からー?」

「しかも、あの子豚まで連れていくとはなあ」


 ソファーに座ったマリアがため息をついて、ガルズのおじさんが笑っている。

 シアンとマリアはなんとも言えない顔をして、あっちの方を向いていた。


 初めて中層の川に行った日から五日たった。

 ダンジョンの中の隠れ家にいると、お日様がないからわかりづらかったけど、時間を教えてくれる魔導具があったからわかる。

 そして、約束していた通りにマリアがやってきて、同じタイミングでおじさんたちがいろんな物を持ってきてくれたんだ。


 今はトントロとピートロが他のおじさんたちと荷物をしまってくれていて、マリアとガルズのおじさんとお話していたんだけど。


「まずはー、上層で堅実にレベルアップすると思ってたよー」

「戦闘力だけなら問題ありませんでしたから」

『それでダンジョン攻略にてこずっているんだから言い訳にならないけどね』


 ふっと笑うノクトに、シアンも唇をぐぐっとしている。


「まあ、こいつらはノクトっつう収納能力があるんだ。一般的な冒険者より物資量、運搬能力より恵まれているんだ。普通に考えたらいかんのかもな」

「それでもー、もう少し上層で経験を積んでほしかったんだけどなー」

「堅実ではありますが、それではいつまで経ってもAランクにはなれません」

『焦りは禁物なのはわかっているわ。けど、不可能に挑戦しているわけではないつもりよ』

「私はー、一ヶ月じゃなくてもいいと思いますよー」


 シアンとノクトが言うと、マリアは困ったみたいに笑って、僕の方を見てきた。


「レオン君はどうー? 中層だと大変じゃないー?」


 中層……大変?

 みんなは戦うのも、歩くのも大変みたいだけど、僕はちっとも大変じゃない。

 あ、でも、あんまりやる事がないのは大変かも。


「うん。大変」

「そうだよねー。レオン君はもっとゆっくりでもいいよねー」


 ゆっくり……は、どうかな?


「えっと、あ! うん。そうだね。もっとゆっくりやれば、手加減もうまくできるかもしれないよね?」

「え、手加減?」

「モンスターを止めるの、まちがえてぐしゃってやっちゃいそうだから。僕が倒しても仕方ないのにね」


 マリアが笑ったまま止まってしまった。

 今度はシアンとノクトが困ったみたいに笑っている。


「マリアさん、レオンの事は気になさらずに」

『その子の基準で話をすると常識が崩壊するわよ』

「なんだかー、詳しく聞くのが怖いですねー」


 マリアはじょうずに戦える人みたいだから、今度お話を聞いてみたかったんだけど……なんだかダメっぽい感じだ。

 しょんぼりしていると、ガルズのおじさんが聞いてきた。


「よくわからんが、モンスターには苦戦してねえんだな?」

「そうですね。なかなか厄介な相手ではありますが、戦えない相手でもありませんね」

『レオンがいれば絶対安全に。いなかったとしても、今の戦力なら切り抜けるには十分ね』


 ノクトがいるからモンスターがどこにいるかはわかる。

 勝てないって思ったら逃げてしまえばいいんだ。

 だから、僕がいなかったしてもシアンたちは川のダンジョンでもなんとかなる。


 僕がいなくてもっていうのがちょっとさびしいけど。


「ああ、もう、レオンはそんな顔をしないでください。レオンが悪いわけではありませんから。ただ、頼りきりになってはいけないから、仮定の話をしただけですよ」


 となりのシアンが頭をなでてくれる。

 トントロとピートロをなでるのは気持ちいいけど、なでられるのも気持ちいいなあ。


「撫でられてほっこりしてるー」

『単純ねえ』

「ふふ。わたしに撫でられて嬉しいんですよ、レオンは! そう、わたしにです! そこのところは間違えないでくださいね!」


 え、シアンだからってわけじゃないんだけど……。

 そう言おうとしたけど、どうしてかノクトとマリアとガルズのおじさんが首を振っている。

 言っちゃダメなのかな?

 じゃあ、言わない。


「あー、仲がいいのは結構だがな。中層の最初の三択は難易度がはっきりしてるんだ。下から森、山、そんで川だ」


 ダンジョンの話らしい。

 中層の入り口から行ける通路がみっつ。

 その先が森と山と川なのは知っている。

 それに、一度は他の森と山も行ってみた。

 けど、僕たちはずっと川のダンジョンに行っている。


「しかし、一度挑戦したのに大変だからと逃げ出すのはよくありません」

「そうっす! 男なら一度えらんだ道を突き進むっす!」


 トントロがひざの上に飛び込んできた。

 ふっくらしたお腹がひざに当たって温かい。

 後ろからピートロが走ってやってくる。


「もう、お兄ちゃん! ごめんなさい、アニキ様! 皆様! お兄ちゃんがお話のお邪魔をしてしまって……」

「いいよ。トントロとピートロも仲間なんだからね」

「だな。同じパーティで戦っているなら、自分の意見はちゃんと言った方がいいぞ。背中を預けあう仲間なんだ。本音を隠しちまっていると、いざという時にしくじる」


 ガルズのおじさんの言葉に他のおじさんたちもうなずいている。

 なるほど。

 かくしちゃダメなんだね。


『待ちなさい。レオン。あなたが何か爆弾発言しそうだから先に言うわ。物には例外があるの。そして、あなたは例外側よ』

「だからー、黙ってようねー?」


 ダメらしい。

 人間ってむずかしいなあ。

 首をひねっていると、シアンがまた頭をなでてくれた。


「話を戻しましょうか。何もわたしも意地だけで選んだわけではありません」

『森と山は他の冒険者がそれなりに多いでしょう?』

「なるほどな。ギルドの息がかかってねえ奴らに見つかるのはうまくねえ、か」

「それにー、積極的にモンスターと戦いたいならー、他の人と狩場を取り合いになるのは嫌だもんねー」


 そうだったんだ。

 さすがシアンとノクトは頭がいい。


 たしかに他の人に見られたくないなら、人がいない場所にいけばいいんだもんね。

 僕とかノクトなら近づかれる前に気づけるけど、そうやって離れてしまったりしていたらモンスターと戦うのも面倒になってしまう。


「まあー、それは結果的に正しい判断になったねー」


 マリアの声がつかれている。

 シアンも気づいたみたいだ。


「もしかして、何かありましたか?」

「おう、あったぞ。エルグラド家の連中が派手に動いた」


 エルグラド家。

 敵の人たちだ。

 シアンとノクトの目が今までよりも真剣になった。


「何がありましたか?」

「エルグラド家の私設戦士団百名がー、ダンジョンの攻略に乗り出したのー」

「しかも、魔導装備を大量投入した奴らがな。この五日で上層を攻略して、昨日とうとう中層までたどり着きやがった」


 マリアとガルズのおじさんは不機嫌そうだ。


「戦士団。随分と大事になっていますが、それはわたしのせい、ですか?」


 シアンは首をかしげている。

 自分で言った事がしっくりしないみたいだ。


「違うよー。シアンさんの件はエルグラド家にとって大きいけどー、それだけで私設戦士団をダンジョンに突入させたりしないからー。そもそもー、ここにシアンさんたちがいるって知らないだろうしー」

『という事は、元からエルグラド家はダンジョン攻略に乗り出すつもりだったのね』

「だな。連中、冒険者ギルドからダンジョンの主導権を奪いたいんだろうよ」


 ええっと、むずかしいお話だ。

 よくわからないでいると、ピートロが耳元で教えてくれた。


「アニキ様、つまり、エルグラド家の方たちはダンジョンを攻略したかったみたいです。最近、それの準備ができたから攻略が始まったんです」


 エルグラド家はダンジョンを攻略したい。

 そうなんだ。


「でもー、シアンさんの件は伝わっているだろうからー、見つかっちゃうと捕まえようとするはずだよー」

「気をつけろよ。戦闘が専門の連中が百人。それも、金に物を言わせて集めた魔導装備を使っている連中だ。見つかったら大変だぞ」


 想像してみる。

 えっと、強いって事だからアルトと同じぐらい、かな?

 そんな人たちが魔導装備を使って、たくさん、たくさん、シアンを捕まえようとやってくるとしたら……。


「大変だ。手加減、できないかもがもがもが」


 ぼそっとつぶやいたけど、ノクトの肉球に口をふさがれてしまった。

 どうして、こういういじわるをするんだろう?


『……その時は逃げるから安心なさいな』

「え、ええー。そうしてもらえるとー、二重、いえ、三重の意味で安心ですー」


 あれ、逃げるのが正解なの?

 シアンに目で聞いてみるとうなずいているからそうらしい。


「と、ところで、あんちゃんは随分とボロボロになってるな。パーティーの前衛はトントロが頑張ってるって話だったのに、どうしたんだ?」


 グラマンのおじさんが僕を見て聞いてくる。

 ボロボロって、ああ、服の事かな。


「うん。服が弱いからすぐにダメになっちゃうんだ」


 魔導装備のコートはきれいなままだけど、下に着ている服はやぶれてしまう。

 モンスターにやぶかれるんじゃなくて、僕がちょっと動くとやぶけてしまうんだ。

 そのたびに、ノクトが服を出してくれるけど、それも数が減っている。

 シアンが直してくれるんだけど、戦うとやぶれちゃってこまっていた。


「だから、魔導装備がほしかったんだけどなあ」


 買う前にアルトに見つかって、そのままだ。


「服が弱いから、魔導装備ったあ剛毅だな。さすが、金を持ってる冒険者だ」

「グラマン、言い方」

「皮肉に聞こえんぞぉ。わりいなぁ、あんちゃん」


 何かダメだったかな?

 でも、おじさんたちが悪い感じじゃないのはわかるからうなずいておく。


「わりいわりい。そうだ、ギーグル。お前が魔導装備、作ってやったらどうだ?」


 作れるの?

 そういえば、この前もトントロがギーグルのおじさんは武器を作れるって言っていたような気がした。


「……いい。だが。時間。あと、魔力」

「時間がかかるし、魔力も使っちまうから無理ってか。別にいいだろ。それぐらい。恩人だぞ?」

「本業がダメになんとぉ、目立っちまうなぁ」

「俺らは普通にダンジョン攻略してねえといかん。変に思われて、そこからこいつらに支援しているのが知られるのはうまくねえからな」


 おじさんたちでお話しているけど、やっぱりダメみたいな感じなのかな。

 時間と魔力が足りない、みたいな?


 じょうぶな服が手に入るかもって思ったけど、残念だ。


 そうしていたら、トントロが僕のひざの上で立ち上がった。


「なら、オイラがアニキの装備を作るっす!」

「トントロ?」

「お兄ちゃん?」


 ぴょんと飛び降りたトントロは、そのままギーグルのおじさんにしがみついて、まんまるな目で見上げた。


「オイラ、アニキに少しでも恩返ししたいっす! だから、ギーグルのオジキ、オイラに教えてほしいっす!」

「………」


 ギーグルのおじさんはしばらくだまっていたけど、トントロを持ち上げて、目を合わせて話しかける。


「厳しい」

「うっす! オイラ、根性あるっす!」

「そうか」


 ギーグルのおじさんはうなずいて、それから僕たちにも一人ずつうなずいていく。

 そして、最後にトントロを肩の上に持ち上げた。


「弟子」

「オイラ、ガンバルっす!」


 なんだか、そういう事になったらしい。

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