85 ドラゴンさん、川の中でお食事中
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「本当に川ばかりですねえ」
そんなふうにつぶやいたシアンが足を止める。
『休憩にしましょうか』
僕の頭の上にのっていたノクトにみんながうなずいた。
よわよわのシアンはいつもの事だけど、トントロとピートロもつかれてしまったみたいで、元気がなくなっている。
僕は気にならないけど、水の中を歩くのが大変みたいだ。
いわれてみると、たしかにズボンがいつもより重い気がするし、川に入っているひざから下の部分は動きづらいかもしれない。
特にトントロとピートロは体が小さいからつらいらしい。
二匹は腰の下まで水の中だからかな。
『レオン、その子たちをここに上げてあげなさいな』
ノクトは影から机を出してくれた。
僕はトントロとピートロをその上にのせて、シアンを手伝って座らせる。
冷たい水の中を歩いているのに、シアンはかなり汗をかいていた。
「ありがとうございます……」
声にも元気がない。
トントロとピートロはぐだーっと机の上で寝ころがってしまって動かなくなっている。
『中層はさすがに難しいようね』
ノクトにシアンがうなずいている。
「モンスターが強くなっているのもありますけど、それ以上に環境がきついですね」
『稼ぎというなら悪くなさそうだけど』
ノクトが自分の影を見下ろしている。
あの影の中にしまわれたモンスターの数は……十よりもずっと多くなっていた。
『氷精鋭魚が二十七匹に、首切り鋏蟹が五匹。それから寄生水連が八体ね』
「あとは半人半魚でしたね。さっきのでもう二十匹を超えましたよね?」
『ええ。二十三体よ』
シアンもノクトもすごいなあ。
たくさんの数をちゃんと覚えている。
『ちなみに、合わせていくつかしら?』
「ええっ!? 二十七、と、五と……はち……」
ぜんぜん指が足りない。
どうしよう。
そうだ! トントロとピートロに借りて……ダメだ! 二匹はひづめだった!
「答えは六十三ですよ、レオン」
シアン、計算がすごい!
指を使ってないのに答えがわかるなんて、どんな魔導を使ったんだろう?
『もう……シアンは甘やかしすぎよ。レオンは本当に勉強を頑張りなさいな』
「うん。帰ったら教えてね」
夜に少しずつ教えてもらっているんだけど、計算だけは苦手だ。
人の言葉とか、普通とかは覚えるだけだから、そんなに難しくないんだけどなあ。
でも、それもちゃんと必要な時に思い出せないといけないらしいし、普通の人間になるって大変だ。
「けど、ここまでこれたのはレオンのおかげですよ。レオンがいなければ早々に撤退していましたからね」
『そうね。それは否定しないわ』
それってここまでの戦いの事かな。
たしかにシアンたちだけで戦うと危ないみたいだったから、ちょっと手伝ったりしたけど、本当にちょっとだけだよ。
「僕は止めてただけだよ?」
僕がモンスターを倒しても、みんなは強くなれない。
だから、僕は近づいてくるモンスターを止めるのしかしてない。
川に声をぶつけるとお魚も、カニも、お花も、人っぽい魚も、だいたい動けなくなるから、とっても簡単だった。
コツは生命力をいい感じに乗っける事。
強すぎても弱すぎてもダメ。
あとは動かなくなったのを、みんなが倒すのを待てばよかったのだけど、ひとりだけ何もしてないみたいでさびしい。
そのお手伝いだって、ノクトから言われた時だけだったし。
僕、こんなのでいいのかな?
「すごい事なんですよ? 大勢に襲われた時、相手が足を止めてくれたおかげで対処できたんですから。それに何より。レオンがいてくれる、というだけで心に余裕ができるんです。この気持ちの部分は大きいですよ」
『いざとなれば、あなたに抱えてもらって戻れるのもね』
役に立っているならよかった。
僕はほっとできたけど、シアンとノクトは違うみたいだ。
難しい顔で周りを見ている。
「しかし、本当に広いですねえ。岸も見当たりませんし」
『この様子だと果てがあるかもわからないわね』
シアンとノクトは川のはしっこが気になるみたいだ。
ノクトの言う通り、たくさん歩いたのにいつまで経っても地面は見えないし、そんなふんいきもない。
「このまま歩く?」
「そろそろ引き返すべきタイミングかもしれませんねえ。この天才のあたしも足が重くなってきましたし、トントロとピートロも……」
机の上の二匹はぐったりしたまま。
初めての戦いではりきっていたけど、それだけ生命力や魔力を使ってしまっているから、シアンよりもつかれてしまったんだ。
「この様子ですしね。お昼ご飯を食べたら戻りませんか?」
そういえば、今日は朝を食べてから何も食べてない。
今は何時ぐらいなんだろう?
『そうね。あの扉を見失いでもしたら大変だし、ここは焦らずに攻略していくのが正解ね。食事は……保存食で我慢なさい。こんな場所では料理できないでしょ』
ノクトが影から食べ物を出してくれた。
これはとってもかたいパンだ。
シアンや女将さんの料理と比べたらあんまりおいしくないやつだけど、匂いに気づいたトントロとピートロがガバッと起き上がる。
「メシっす!」
「お兄ちゃん、ダメだよ。ちゃんといただきますしないと」
用意されたパンにとびつくトントロと、注意しているけどそうっと手を伸ばしているピートロ。
とてもお腹が減っていたみたいだね。
「せめて、スープぐらい用意しますかね。体が冷えていますから」
『あなたも余裕ないんだから無理しないでおとなしくしてなさいな。大方、レオンに女子力アピールしたいだけでしょう』
「な、なんのことかわかりませんね!」
シアンは料理がしたかったみたいだけど、ノクトに止められてかたいパンをかんで、かんで、かんで……ちぎれなくて、お水でやわらかくしてから食べ始めた。
僕も周りをながめながら、パンを食べていく。
「……?」
途中でなんか変な感じがした。
なんだろう、これ。
ずうっと遠くの方。
目でも、耳でも、鼻でもない。
ナニカがナニカを感じたんだ。
背中がぞくっとするナニカを。
「レオン? どうかしましたか?」
シアンに声をかけられる。
それだけで僕の感じた変なナニかは消えてしまった。
どんなに集中しても何も伝わってこない。
「レオン?」
「ううん。なんでもないよ」
僕は残っていたパンを口の中にほうりこんだ。




