84 ドラゴンさん、中層に入る
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ちょっと元気のない女の子たちの背中を、トントロといっしょに押して階段を下りた。
階段の先は前と同じ広場。
転移のための塔がどーんと真ん中に建っている。
この前はここで帰ったけど、今日は先に進むんだよね。
「ねえ、シアン。ここからどうするの?」
奥にみっつ道があるのしか僕は知らない。
なんだかため息ばかりだったシアンだけど、声をかけると顔を上げてくれた。
「落ち込んでいても始まりませんね。強くなるしかないのなら、頑張りましょう。ピートロも気を取り直してください」
「アネゴ様……はい! わたくし、養豚じゃなくて、天然物になってみせます!」
「よくわからないっすけど、その調子っす! ピートロもガンバルっす!」
トントロに応援してもらって、ピートロもふんわり笑っている。
元気になってよかった。
『あなたたちも大概単純よね。まあ、切り替えられたならいいわ。初めての中層で腑抜けて不意打ちされるなんてたまらないもの』
ノクトが塔の向こう側を見る。
『あの先が中層よ。今までのダンジョンとは別物だから、気をつけなさいな』
塔の向こう側を見ると、たしかに道がある。
けど、僕でも先まではよく見えない。
前に見た時は暗いだけだったけど、今はぐにゃりって景色がゆがんでいて、長く見てると気持ち悪くなってしまいそう。
「変な感じだね」
「ですね。中層は自然の法則が狂っているというか、入り混じっているというか、そういう話ですが……ちょっと信じられない様子みたいですよ?」
「アネゴ様はご存じなのですか?」
『以前、マリアから聞いただけだから、知っているという程ではないわ。ただ、あの道の先がいきなり別の場所……洞窟ではない場所に繋がっているという話よ』
入り混じっている……別の場所につながっている……。
そっか。うん。そんな感じなのかもしれない。
こっち側の洞窟の感じが、道の中で森だったり、山だったり、川だったりの感じが混ざっているんだ。
だから、ぐんにゃりして見える。
「行ってみればわかるっす!」
『迂闊にも程がある意見だけど、ここで立ち尽くしていても始まらわないわね。全員、何が起きてもいいように心構えだけはしていなさい。道の先にモンスターがいてもあたしがわかるからいいけど、環境まではわからないわ。運が悪ければ断崖絶壁かもしれないわ』
ノクトが変な事を言う。
「え、右から森と、山と、川だよ?」
『……なんでわかるのって、レオンだものね』
驚いた顔をしたノクトだけど、すぐにため息をついてしまった。
「レオン、私には道が真っ暗で何も見えないのですが、あなたにはあの先がどうなっているか見えているんですか?」
シアンたちには見えていないんだ。
そういえば、この前は僕も見えなかった気がする。
ヘビ女と戦った時から、よく見えるようになったおかげかもしれない。
けど、見えているとはちがうのかな?
森の匂いだったり、山の渇きだったり、川の音だったり、そんなのがちょっとだけ伝わってくるんだ。
「ううん。しっかりは見えていないよ。けど、道の先の感じがわかるから、どんなのかはなんとなくわかる」
『中層攻略の最難関ポイントがいきなり崩されたわね』
「アニキ、さすがっす! よくわからないっすけど、すごいっす!」
「お兄ちゃん、ちゃんとわかってから話そ? でも、すごいのは本当です、アニキ様!」
ほめられた。やった。
よろこんでいると、ノクトが前足で地面をたたいた。
『盛り上がるのはそれぐらいになさいな。まだ、行ってもいないのだから。それで、森か山か川を選べるわけだけど、どうするの?』
ノクトが見上げるのはシアン。
シアンは少し考えて、一番左の道を杖で指した。
「川にしましょう。水辺ならわたしが対処できますし、いざという時はわたしたちでどうにかできますからね」
わたしたち、というのはノクトと合体したあれの事かな?
シアンに見つめられてノクトがうなずいた。
『そうね。レオンがいるのだから、大概の理不尽は薙ぎ払ってしまいそうだけど、それに頼り切っては強くなれないものね』
「ええ、もう何度も言っているような気がしますが、レオンに任せきりでは仲間と言えませんからね!」
トントロとピートロもうなずいて、僕たちは左の道を進んでいった。
最初は僕で、次にシアンとノクトで、ピートロ、トントロが最後だ。
僕には道がぐんにゃりしているだけだけど、みんなは真っ暗で一歩前も見えないみたいだから、手をつないで歩いていく。
シアンが十歩、二十歩、三十歩と数える声だけがする中、だんだんと景色がはっきりと見えるようになっていった。
道の先から川の流れる音が聞こえてきて、水の匂いが届く。
そして、前に出した足がバシャっと音を立てた。
「川だ……」
道の先は広い、広い、広い川だった。
右から左に流れていく水。
それがずっとずっと先まで続いている。
天井の水晶から届く光がキラキラと光っていて、ちょっとまぶしいぐらいだ。
それ以外は何もない。
ただただ、ザーザーと水の流れる音がしていた。
「――っ、まぶしいですねぇ」
後ろのシアンがつぶやく。
どうやらみんなにも見えるようになったみたいだ。
ふりかえると、みんなが変な場所から出てくるところだった。
なんだろう、これ。
形は『迷宮の狭間亭』とか、ダンジョンの入り口とかで見た扉のわくの部分と同じなんだけど、そんなのが空中に浮いているんだ。
扉の向こう側は通ってきた道が見えるんだけど、扉の裏側は川になっている。
あまり物を知らない僕でも、これが普通じゃないのはわかった。
『なるほど、これは心の準備をしていても動揺してしまいそうね』
最初に口を開いたのはノクト。
僕といっしょに扉を見つめて、ため息をついていた。
「なんっすか、これ!?」
「扉の向こう側が……通路なのに、裏側は……川?」
トントロとピートロもおどろいている。
そーっとトントロが扉の裏側をのぞきこむけど、すぐに戻ってきた。
「アニキ! 裏は壁っす!」
「なるほど、これも一種の転移の魔導なのかもしれませんね」
「でも、わたくしにはどんな魔導が使われているかもわかりません」
シアンとピートロが扉にさわりながらつぶやいている。
本当に、ダンジョンって変な場所だよね。
と、ノクトが猫耳をピンと立てた。
そして、すぐにぴょこぴょこと動かして、するどく叫ぶ。
「モンスターの気配よ! 数は三。場所は……扉を背にして右手、五十メトル! 小さいわね。今のあたしよりも小さいぐらい。だけど、速いわ!」
ノクトも知らないモンスターなのか、ふんわりした事しかわからない。
けど、それだけ教えてもらったら僕にも見える。
あれは……お魚、なのかな?
「透明なお魚が来てるよ」
服のお店で見た透明な板。
あんな感じに透けたお魚だ。
それがスーッと川の中を泳いで近づいてきていた。
「透明な魚……氷精鋭魚です!」
『水中で見えづらい上に、全身の鱗がカミソリみたいになっているわ。近づかれる前に倒してしまいなさいな』
シアンとピートロが魔導の準備を始めるけど、ちょっとお魚の方が早くなりそう。
僕が前に出ようとするけど、それより先にトントロが動いた。
大きく息を吸って、今までよりも生命力をたくさんにして、体中を強くしている。
「オイラにおまかせっす!」
トントロが飛んだ。
きれいだなと思った。
凍傷暴れ馬の時みたいに腕を伸ばして、ピーンと体を足の先まで伸ばして、しっぽもきゅっと立てている。
小さくてもまんまるな体は空気をスルッと流して、風のように飛空。
そして、頭から前に飛んでいって……そのままバッシャーンとおなかから落ちた。
氷精鋭魚のずっと前で。
高い水の柱が上がった。
「痛いっすー! はずしたっすー! あ、水、水、鼻と耳に入ったすー! ゴバゴバっ!?」
「トントロー!」
トントロがおぼれそうだ。
僕はあわててトントロを助けに行く。
氷精鋭魚も気になるけど、体の小さいトントロはしっかり立っていないと、水に沈んでしまう。
助けてあげないと大変だ。
「お兄ちゃん……」
「ちょっとかわいそうですけど、ファインプレーですよ」
シアンとピートロの声が聞こえる。
どうしたのかと思えば、近づいてきていた氷精鋭魚が空から落ちてくるのが見えた。
ぽちゃんと川に落ちた三匹はぐったりして動かない。
なにがあったんだろう?
首をかしげていると、ノクトがたんたんと教えてくれた。
『トントロの着水の衝撃で吹き飛んだようね。気絶しているだけだから、とどめを刺しておきなさい』
そういう事らしい。
川に流されていく氷精鋭魚は、こまったみたいに笑っているシアンと、落ち込んでいるピートロが魔導を使って倒してくれた。
その間に、僕は水中でバタバタしているトントロを抱き上げた。
「トントロ、へいき?」
「アニキ……ありがとうっす! ひどい目に遭ったっす!」
うん。元気みたいだ。
「大変だったね。でも、次は気を付けてね」
「うっす! 次ははずさないっす!」
トントロはまだまだやる気だ。
さすがに今のは危ないからダメだと思うんだけど……。
なんと言って止めようかな考えていたけど、先にそれを止めたのはピートロだ。
「お兄ちゃん……体当たりは禁止だからね?」
「ええっ!? どうしてっすかオイラの最強の技っすよ……うっ、ピートロ。そんな目でオイラを見ないでくれっす……」
じーっとピートロに見つめられて、トントロはしぶしぶ納得してくれた。
「仲良し兄弟ですね。少しうらやましいです」
『そうかしら? そうなのかもしれないわね。ほら、いつまでもお話していないで探索を始めるわよ』
影に氷精鋭魚をしまったノクトに声をかけられて、僕たちは川を進む事にしたのだった。




