82 ドラゴンさん、子分の力を見る
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とっても、とっても怒られた。
『まったく、このおバカは考えなしに動くんだから』
まだぷんぷんと怒っているノクトが僕のほっぺに肉球を何度も押し付けてくる。
ぜんぜん痛くないし、それどころか幸せな感じなんだけど、それを言ったらもっと怒られそうだからだまっている。
「ごめんなさい……」
結婚っていうのはとっても大切なモノなんだって。
仲良くなりたいって気持ちはいいみたいなんだけど、それだけでかんたんに言っちゃいけないらしい。
覚悟とか、お金とか、同じ価値観とか、お金とか、信用とか、お金とか、役割分担とか、お金とか、将来設計とか、お金とかがないと失敗するんだとか。
たしかに、僕はそれをほとんど持ってない。
というか、それがどういうものかもわかっていない。
これではしかられてしまうはずだ。
『物を知らないのは知っているけど、それでも軽はずみな行動は相手を傷つけるかもしれないのだから、気をつけなさいな』
「うん。わかった。シアンもごめんね」
シアンはまだ動かない。
まっかっかなまんまだ。
あーとかうーとかうなっている。
これも僕が失敗しちゃったせいだ。
次はまちがえないぞ!
「ちゃんと準備できたら、お願いすればいいんだよね」
『……一番大切な気持ちがあながち間違っていないから否定できないのが問題よね』
まちがってないならいいはず。
よくわからないいろいろが集まったら、またシアンにお願いしよう。
とりあえず、わかるやつから……お金だ。
「ノクト、お金をもっと集めないと!」
『まあ、あたしたちも借金の返済はできても、これからの生活費は必要なんだからそれはいいのだけど……そうね。時間も限られているのだし、明日からと言わず今からでも行きましょうか』
お金を手に入れるにはモンスターを倒す。
本当は明日からって言っていたけど、これから出発するとノクトは決めたみたいだ。
ぐらんぐらんしているシアンの肩に乗って、肉球をそのほっぺに押し付ける。
『シアン、そろそろ戻ってきなさいな。レオンのアレにそろそろ耐性つけないと心臓がもたないわよ?』
「うぅ、わたしの初体験がどんどんレオンに奪われて……」
『もう、ほら!』
「はっ!?」
とうとう猫パンチをくりだしたノクト。
ちっとも痛くなさそうだけど、よわよわなシアンにはじゅうぶんだったみたいだ。
ほっぺをおさえて目をパチクリさせている。
『シアン、ダンジョンに行くわよ』
「あれ? それは明日からでは……」
『もともと今日は休養日のつもりだったからね。けど、そんな事を言っている場合じゃなくなったわ。それに、あなたも体を動かした方がいろいろ気も紛れるでしょ』
「あー、そうですねぇ」
シアンは僕の方を見てうなずいている。
目が合うと顔が赤くなるけど、さっきみたいにフラフラはしないみたいだ。
「体の調子もいいですし。はい。行きましょう」
『戦いのときはほとんどアレをしていたとはいえ、本当に筋肉痛にはならなかったわね。二日遅れ、三日遅れで来るんじゃないかしら』
「そんなご年配の方みたいに言わないでください!」
『けど、昨日の今日で生命力が急激に上がるとは思えないのだけど……』
今度はノクトが僕を見てくる。
首をかしげると、ノクトはため息をついた。
『レオンから生命力を分けてもらっていたわよね』
「ですね……」
シアンとノクトは何か考えているみたいだけど、どうしたんだろう?
でも、僕が聞くよりも先にトントロとピートロが戻ってきた。
「アニキ! アネゴたち! ダンジョン行くって聞こえたっす!」
「わたくしたちもお供いたします」
二匹もダンジョンに行きたいみたいだ。
けど、二匹はまだ子供だから、モンスターのいる場所なんて危ないよなあ。
まあ、僕が守ればいいからへいきかな。
「うん。行こう!」
「え、連れて行ってしまって大丈夫ですか? 危険では……」
シアンが心配そうに二匹を見るけど、ノクトはちがうみたいだ。
『いいんじゃないかしら。この子たちもレオンの影響を受けているのだから、普通なんてありえないわ。どんな力を持っているか今のうちに把握しておかないと』
「なるほど。いざとなればわたしが守ればいいですしね。ええ、わかりました。トントロとピートロはわたしたちの言う事をちゃんと聞くんですよ?」
「うっす! ちゃんと聞くっす、シアンのアネゴ!」
「頑張って、皆さんのお役に立ちます!」
二匹ともやるきまんまんだ。
僕も負けていられないな。
決まったらあとは行くだけだ。
僕もシアンもダンジョンに行くときの服を着ているし、荷物はみんなノクトが影に入れてくれている。
準備はできている。
「トントロとピートロの装備はどうしよう?」
「うーん。この子たちの体に合う防具はなかなかないでしょうねえ」
『そもそも、その手で武器は持てるのかしら? 昨日は器用にナイフとフォークを使っていたけど……』
ひづめでじょうずにはさんでたよね。
トントロはちょっと大変そうだったけど、ピートロは僕よりもうまく使っていた気がする。
「その辺りは帰ってきてから考えましょうか。まずはわたしたちの戦い方を見てもらって、それから自分たちに合ったやり方を模索する感じで」
『行き当たりばったりだけど……そうね。レオンがいる限り、危険なんてないのだし、それぐらいゆるくてもいいのかしらね』
そう言ってノクトが歩き出す。
隠れ家を出て、マリアが言っていた通路の方に向かっていく。
最初は魔力の壁があったけど、それは中から出る時はジャマしないみたいだ。
すうっとすりぬけて、そのまま歩くと今度は壁にぶつかる。
『シアンは見て覚えなさいな』
ノクトが肉球で地面をポチポチと叩くと、壁がさらさらと砂になってくずれていった。
おもしろい魔導具だなあ。
「これ、かなり高級な魔導具ですよね」
『でしょうね。ほら、元に戻すから通ってしまいなさいな』
ノクトに言われて僕たちは先に進む。
壁の向こう側に来ると、はっきりと濃いマナが感じられた。
隠れ家だとちょっとわかりづらかったけど、ここがダンジョンなんだってよくわかる。
『さて、出てみたはいいけどどうするかしら?』
「当然、他の冒険者には会わないようにしないといけませんよね」
……そっか。
アルトたちから隠れているんだもんね。
他の冒険者の人に会っちゃったら、僕たちがここにいるってアルトに教えちゃうかもしれないんだ。
「ひみつにしてって言ったらいいんじゃないかな」
「アニキ、さすがっす! オイラ、お願いするっす!」
「アニキ様。お兄ちゃん。たぶん、それだと駄目だと思います……」
そうなんだ。
そういえば、女将さんも他の冒険者の人は教えちゃうって言ってたっけ。
ちゃんとおぼえていたピートロはえらいなあ。
『まあ、そういう事ね。となると、上層よりも中層に行くのが効率的かしら。この辺り、中層への主部屋の近くみたいだし』
「そうですね。あちらまで行ける冒険者は少ないですから」
シアンは少しくやしそうに肩を落とした。
「本当ならわたしだけで上層を抜けられるようになってからにしたかったのですが、意地を張っている場合ではありませんね」
『あなたの場合、戦闘力よりも体力的な問題だったのだし、いいんじゃないかしら』
そうだね。
シアンがつかれちゃったら、僕が運んであげればいいんだ。
というわけで、僕たちは中層に向かって歩き出したんだけど、すぐにノクトが足を止めた。
『モンスターよ。これは……凍傷暴れ馬。数は二匹。こちらが風上のようね。あたしたちに気づいている。正面から来るわ。距離は七十メトル先から……五秒後には来るわよ!』
僕にも見えていた。
大きな馬のモンスターで、六本も足のある馬だ。
こっちに走ってきていて、馬のまわりはちょっとひんやりしているのがわかる。
「まずは防御ですね。面・多数展開/2・水属性――」
シアンが杖を前に出して、魔導を準備しようとする。
けど、それよりも先に動いていた。
ピートロが。
「点・多数展開/2・地属性――岩撃衝弾です!」
ノクトがモンスターの事を話している時から準備していたみたいだ。
シアンよりも先に魔導を使う。
ピートロが前に向けた手の先から、ふたつの石の塊ができあがって、すごい速さで凍傷暴れ馬に向かっていった。
石の塊は僕の頭ぐらい大きい。
それが凍傷暴れ馬の足にぶつかる。
「BUGAAAA!」「BURUUUUUUU!」
どっちの馬も足のいくつかが折れてしまったみたいだ。
それでもまだ走れるみたいだけど、さっきよりずっと遅い。
「ええっ!?」
『あら、まあ』
シアンとノクトがおどろいている間に、次に動いたのはトントロ。
「いくっす! やってやるっす! 突撃っす!」
大きく息を吸って、吐いた時には、もう生命力があふれていた。
小さなトントロの体からは湯気みたいにあまった生命力が浮かんでいる。
それだけの強化がされたトントロの動きは速い。
さっきの凍傷暴れ馬よりもずっとだ。
両手を上に伸ばして、頭から突っ込んでいって、そして――頭突きがきまった。
「いたいっすー!」
凍傷暴れ馬の胸に頭からぶつかって、コロンと転がっている。
けど、あれだけ強化されていた体はケガなんてしていない。
頭突きをくらった凍傷暴れ馬の方は吹っ飛んでいって、倒れたまま動かなくなっている。
「シアン、もう一匹」
ポカンとしているシアンのほっぺを指先でつつく。
それでモンスターがまだ残っているのを思い出してくれたみたいで、シアンは途中だった魔導を完成させた。
「あ、ええっと、もう防御はいりませんね。では――圧水刃帯」
残っていた凍傷暴れ馬の首の両側から薄い水の板が飛んでいく。
仲間がやられて、足が止まていたもう一匹は逃げる事もできないまま、首をはさまれて、ぶつんと切り落とされてしまった。
うーん。
僕、何もする事がなかったなあ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「失敗したっす。手が届かなったっす。オイラ、もっとガンバルっす!」
「いえ、努力で腕は伸びないですよ? ……伸びませんよね?」
どうしてシアンは僕に聞いてきたんだろう。
そんなの決まってるのに。
「伸ばしたいって思ったら伸びると思うよ」
「そんな信じれば夢は叶うみたいな感じで言わないでください……」
『本当にレオンの場合は伸びかねないのが恐ろしいわね。それにしても……』
ノクトは順番に凍傷暴れ馬を影にしまいながら、トントロとピートロを見た。
『強いのね。あなたたち』
「そうですね。少なくともCランクの冒険者よりは強いですよ。トントロはレベル2の全身強化を使っていましたよね? ピートロは点とはいえ、多数展開に属性化。それにあの威力なら……もう魔導使いを名乗れますよ」
ピートロに頭をさすってもらっていたトントロは胸を張った。
「うっす! まだまだっす! アニキのしゃてーとしてガンバルっす!」
反対にピートロはもじもじと体を小さくしている。
「ありがとうございます。でも、わたくしたちはアニキ様からお力を頂いただけですから」
そうなの?
シアンとノクトが僕を見てくるけど、僕もよくわからない。
でも、そういえば二匹をモンスターから戻す時にいっぱい生命力と魔力をあげたっけ。
それの事かもしれない。
とりあえず、
「トントロもピートロもがんばってえらいね」
「やったっす! アニキにほめられたっす!」
「あ、ありがとうございます。わたくし、もっと頑張りますから!」
頭をなでると、二匹ともうれしそうだった。
「……まあ、これなら中層に連れて行っても大丈夫、ですかね?」
『なんだか、レオン達がいればエルグラド家もブリューナク家も滅ぼせてしまいそうな気がしてきたわ』
どうしてかシアンとノクトはつかれているみたいだけど……どうしたんだろう?
僕は二匹をなで続けながら、首をかしげた。




